2015年2月1日日曜日
日本の教育に欠けている「agency/agent」
2018年11月11日日曜日
教育とイノベーション
2021年8月28日土曜日
再読『歴史をする』
最近のいろいろな出来事を見ていると、歴史から学ぶことの大切さを痛感します。
そこで、再度『歴史をする』を読んでみました。
この本の功績の一つとして、「Agency」ということばを私たちに教えてくれたことがあります。同書11ページの脚注によると言葉の意味は次のとおりです。
原語は「環境に影響を及ぼす力」という意味の「Agency」で、OECD(経済協力開発機構)の「教育とスキルの未来~Education 2030」では、それを「変革を起こすために目標を設定し、振り返りながら責任ある行動をする能力」と定義されています。また、国際バカロレア(IB)では、エイジェンシーの要素として「オウナーシップ(主体性)」、「選択」「声」を挙げています。
「変革を起こすために目標を設定し、振り返りながら責任ある行動をする」という点は重要です。たとえば、このことは近年特に問題となっている気候変動問題にそのまま当てはまる言葉です。
先月7月21日に経済産業省から2030年度を目途とした「エネルギー基本計画」が公表されました。その計画によると、2030年度に設定したCO2排出量の目標値が達成されたとしても英仏の現在の排出量よりも多いという何とも情けない目標です。その内容を見ていくと、全体の4割を占める産業界からの排出量が多いのが原因です。しかも、現在の排出量からの削減割合の多くを家庭からの部分に頼ろうとしています。特に、産業界の部分でびっくりするのは、鉄鋼業界が削減ではなく1%弱の「増加」という目標値になっていることです。これに経産省も環境省も合意しているわけです。
これが未来への「責任ある行動」なのか、大いに検討する余地があります。今やSDGsに配慮しない企業は生き残ることができないと言われる状況になっているわけですから、国際競争力の点からもCO2削減は待ったなしの最優先課題です。「変われない」企業は生き残ることができないのと、同様に私たちも社会の変化に対応して「変わる」ことが求められています。しかし、この変革が難しいです。こうした変革のためにも、私たちは歴史から学ぶ必要があります。
『歴史をする』の325ページに次のような一節があります。
私たちは、誰もが、継続的に演じられている歴史というドラマへの参加者なのです。私たちは、歴史の影響を受ける者であると同時に、歴史に影響を与えるエイジェント(主体者/行為者)でもあるのです。現代においてもなかなかなくならない問題と一時的に生じる問題への参加を含む、日々の生活の総体として私たちは歴史をつくりだしているのです。
気候変動問題も、まさに社会の一員として、この社会の抱える問題に主体者としてかかわっていくことが求められている一つの事例です。そうした主体者/行為者を育てるために教育のあり方を引き続き考え、実践していきたいものです。
2025年6月22日日曜日
子どもたちが楽しく夢中で取り組む授業 と 教科書を押さえる退屈な授業 とのうまいバランスはあるのか? (教師と生徒のエイジェンシーで共に創る授業=The Co-Constructed Classroom ①)
という悩みを抱えている先生は結構多いのでは? あるいは、後者の授業に疑問をもちつつも、前者の授業にどういう移行できるのかを悩んでいる先生は?
ちょうど、台湾にあるインターナショナル・スクールで教えているAnn Lautrette先生が書いたThe Co-Constructed Classroom: Why agency in curriculum, pedagogy and
assessment is the key to an inclusive classroomを読みました。意訳すると、『共に創る授業──カリキュラム・教え方/学び方・評価における教師と生徒のエイジェンシー(主体性)こそがインクルーシブな授業の鍵』というタイトルです。
内容的には、『みんな羽ばたいて』『学びの中心はやっぱり生徒だ!』『あなたの授業が子どもと世界を変える』『プロの教師がすすめるイノベーション』(これらの本は、カナダを含む北米の本)などと似ています。
著者は、イギリス人なので、英語圏では、この方向でかなり進みつつあることが分かります。どの方向かというと、教師(ないし教科書)中心の授業から生徒中心とは言わないまでも、生徒と教師が一緒につくる授業です。それが、まさにこの本のタイトルになっています。そのためには、生徒が(そして当然、教師も!)①カリキュラム(何を学ぶか)、②教え方・学び方、そして③評価の仕方に声を発する/エイジェンシーを発揮する必要がある、ということです。逆に言えば、教科書をカバーする授業である限りは、教師も生徒も声を発する/エイジェンシーを発揮することはできませんから、退屈で残るものの少ない授業が約束されていることを意味します!
本の最初のところには、次のように書かれています(The Co-Constructed
Classroom のKindle版の位置: 53~65より)。
最終的に、私たちは自分たちの教え方に対して自信をもてる地点にたどり着きました。それは、自分たちが「何をしているか」ではなく、生徒たちが何をしているかに焦点を移すことができるようになった地点です。
私たちは、キャリアの初期のある時点で、「教えること」を心配することから「学ぶこと」を心配するように変わりました。
私自身について言えば、当初は、教育(授業)とは教師が「する」ものであり、結果として、生徒に「施される」ものだと理解していました。
20年前には、生徒の主体性(student agency)や、生徒の声や選択(student voice and
choice)は、教育の中で大きな位置を占めていなかったように思います。
しかし今では、生徒の学びにとって多様な教育方法(pedagogies)が有効であると理解が進んできたので、このアプローチは依然として「3ステップのプラン」★1として使えるかもしれませんが、探究学習(inquiry-based
learning)★2や、「I do, you do(まず教師がして見せて、生徒がやる)」モデル★3、あるいはまったく別のもの★4でもいいのです。
日本では、上に書かれているのと似たような状況にすでに来ているでしょうか? それとも、まだでしょうか?(ぜひ、上に引用した箇所をもう一度読み直してください。)
これから何回かにわたって、教師と生徒が、①カリキュラム(何を学ぶか)、②教え方・学び方、そして③評価の仕方にエイジェンシーを発揮して取り組める授業のつくり方について紹介していきます★5。
★1これは、典型的な授業の組み立て方です。(日本では、どのようなものがありますか?)少し長くなりますが、「3ステップのプラン」について書いてあることを下で紹介します。日本の指導案を見ても、同じ気がしますが・・・(でも、真ん中は、教師主導になっていませんか? 最後も、教師がまとめをしていませんか? または、機械的でマンネリ化した振り返りになっていませんか?)
●授業の最初
導入は、何か面白いもので始めましょう。生徒たちの興味を引くこと(釣ること)が絶対に大切です。もしそれができなければ、その時点でもう授業中ずっと生徒の関心は戻ってこないと思ってください。教師の教えたいことが、生徒に届くことはないでしょう。
導入はbell work, a bell ringer, a question of the day, a
warm up, a do no(「ベルワーク」「ベルリンガー」「今日の質問」「ウォームアップ」「Do Now」)など、呼び方は何でも構いません。
それと、授業の目的を明確に、はっきり伝えるのを忘れないでください。そうしないと、生徒たちは何を学ぶのか分からないままになってしまいます(同上、位置: 29~32)。
以上は、常に、当てはまりますか? 少なくとも、ライティングやリーディング・ワークショップ(「作家の時間」や「読書家の時間」およびそれらの他教科への応用である「社会科ワークショップ」「数学者の時間」「科学者の時間」あるいは、この下で紹介している★2の探究学習では、毎回の授業では毎回というわけではない気がします。ミニ・レッスン的な形でははじまりますが。
●授業のメインの部分
それから、授業のメインの部分では、生徒に何かを提示する必要があります。新しい概念やトピック、つまり彼らが学ぶべき内容です。授業の目的としてあなたが伝えたものですね。
でも、あまり長く話しすぎないでください。生徒たちは長時間集中できません。彼らに何か作業をさせましょう。話すことも必要ですが、読むことも、書くことも必要です。
この部分では、全員が成長・進歩することが必要です。そして、あなたは一人ひとりをサポートしなければなりません。同時に、全員を常に評価(アセスメント)し続けることも必要です。全員がどういう状況かをちゃんと覚えておいてください。あとでそれが必要になります(同上、位置: 34~36)。
まさに、見取り(見取りをして終わりではなく、それをどう活かすかがないと、見取りをしている意味がない。個別の指導やフィードバック、全体の教え方等に活かす)! それが「指導と評価の一体化」ということそのものなのでは!
●授業の最後の5分間
何をするにしても、授業の最も重要な部分であるPlenary(全体でのふりかえりの時間)のために5分は必ず残しておいてください。もしこれをやらなければ、生徒たちはあなたから学んだことをすべて忘れてしまい、すべてが無駄になってしまいます。
Plenaryでは、目的をもう一度繰り返さなければなりません。絶対に繰り返す必要があります。そして、全員がその目的を理解したかどうかを確認しなければなりません。
生徒が何人いようと関係ありません。あなたに与えられているのは5分だけですから、付箋をちゃんと用意しておいてくださいね。なぜなら、出口チケット(exit tickets)はあなたの味方ですから(同上、位置: 38~40)。
作家や読書家の時間では、最後の5分間は必ず共有の時間として確保されています。その意味では、ミニ・レッスン→ひたすら書く(ないし読む)→共有(作家の椅子ないし読書家に椅子)は、上で紹介されている流れになっています。というか、それの上を行く形で最初のミニ・レッスン以外は、生徒がする(エイジェンシーをもつ)形になっています! 毎回の授業が、パターン化されているので、生徒たちは何を期待されているのか、自分が何をすべきかが容易に予想でき、その分、主体的に行動することができるのです(本物の作家や科学者などのように)。それに対して、教師がその場の成り行きや気分ですることを判断したり、変えたりしていると、生徒たちが自分で考えて、判断して、行動することはできません。
★2では、https://docs.google.com/document/d/1Wu_UtIPHoPQQOSbsA_8NNFa1X9W0MN3zxS6gxisks-o/edit?tab=t.0(200%にしてみてください)などがあります。
★3は、『「学びの責任」は誰にあるのか?』で詳しく紹介されているモデルです。教師なら誰もが知っておくべき内容です。元々は、読み方の指導で開発されましたが、いまではすべての教科で応用されています。
★4には、『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』で紹介されているアプローチが、よく知られており、欧米ではかなり普及しています。他には、算数・数学教育から生まれたhttps://projectbetterschool.blogspot.com/search?q=%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E6%95%99%E5%AE%A4 などもあります。これも、算数・数学だけでなく、すべての教科に応用できる方法です!
★5 本のタイトルとブログのタイトルにある「子どもたちが楽しく夢中で取り組む授業」の条件として、「教師のエイジェンシー(主体性)」は欠かせないです。別な言葉でいうと、「教師が本気でやりたい授業」ということです。教師が忖度してやっている授業は、子どもたちも見抜いてしまい、お付き合いする選択肢しかありませんから。
「子どもたちが楽しく夢中で取り組む授業」と、文科省のキャッチコピーの「主体的で対話的な深い学び」ないし「個別最適な学び」と「協働的な学び」を置き換えられるかというと、厳しいです。まず、これらは教え方・学び方しか対象にしていません。カリキュラムと評価は無視しています。文科省は、一方で教科書をカバーする授業を教師に強いながら、「主体的で対話的な深い学び」ないし「個別最適な学び」と「協働的な学び」を教師に期待しているわけですが、両者は相容れないことをご存じないようです。教科書がある限りは、「主体的」も「個別最適」もほぼあり得ませんから! それほど、何を学ぶかと、どう学ぶかは密接に関係しており、切り離せません。
さらに、文科省はほとんど評価にも言及していませんが、https://wwletter.blogspot.com/2023/11/blog-post.html の「主体的に学習に取り組む態度」のところをお読みください。こちらも、生徒の学びの態度や量を評価するというよりも、9割がたは教師の側(教える内容、方法、態度・姿勢)を評価しているとしか言えないでしょう。カリキュラムと教え方・学び方と評価の3者は切り離せないのです!
2022年11月20日日曜日
採用時に教師に求められる資質
このリストは、アメリカのある公立の小中一貫校の教員採用時★に使われているチェックリストです。
このリストのどれだけが、養成課程で扱われているでしょうか?
あるいは、現職研修で?
それとも、扱うことには無理があるのでしょうか? つまり、これらは持って生まれる(か、あるいはそうでないかの)資質ばかりで、あとから努力しても身につかないものでしょうか?
一方で、これらのほとんどは、教師だけでなく、まともに機能する社会人・組織人としての特徴ではないでしょうか? (その中には、校長、副校長、教育委員会の職員、政治家等も含まれます。しかし、政治家や校長等のなかには、ギヴァーの会 The Giver:
『ギヴァー』と関連のある本 134 『にげて さがして』ヨシタケシンスケ作
(thegiverisreborn.blogspot.com) の最後の方に書かれている人たちが残念ながら少なくありません!)
その意味では、すべての生徒(人間)にもってもらいたい資質・特徴です。
いったい、それらはどのようにしたら身につけたり、練習したりできるのでしょうか?
これらのほとんどは、知識というよりは、EQ、感情と社会性のスキル(SEL)、ソフトスキルないし「habits of mind(思考の習慣)」★★と言われているものです。
★欧米の公立学校の多くは、採用が学校単位になっています。学校理事会(保護者、地域住民、教師、そして高校では生徒も、プラス校長の約10~15人ぐらいで構成)が最高意思決定機関です。ここが、校長の人選も、カリキュラムの承認等、学校を運営する際の重要事項はすべて決定します。校長は、教師の採用を含めて、日々の学校運営の最高責任者です。会社組織でいえば、理事会が株主で、校長がCEO=社長という感じです。
いい校長は、30才ぐらいで採用され、定年までいます。理事会が居続けてほしいからです。悪い校長は、任期途中でも辞めさせられます。校長は、自分の教育方針に合った教師を集め、合わない教師は排除することになります。
上記のリストは、20年以上前にデンバー郊外の小中一貫校でもらったリストを訳したものです。実際の選考には、校長ひとりでやる学校もありますし、選考委員会に任せるところもあります。後者には理事会とは別の人たちが選出されます。いまいる教師数人だけでなく、保護者、地域住民、そして生徒まで含まれることもあります。
それほど、教育における「アカウンタビリティー」やagency, ownership, empowermentなどを大切にしている表れです。「アカウンタビリティー」については、
ちなみに、上のリストは『校長先生という仕事』は2005年に出た本に掲載されています。資料収集は、2000~2002年ごろにしました。図書館で借りて読んでください。校長ではない人が読んでも参考になることが満載です。以下のアマゾン書評者が書いているように。
2005年9月19日に日本でレビュー済み
私は、非営利の"学校"も、営利"企業"と然程変わらない「組織」、という印象が強く残りました。
ですから、この本の中に度々出てくる組織改善の具体的な手法、"チームワーク"と"支援型リーダーシップ"は、NPOや企業の方にも参考になると思われます。特に、役員や管理職にある方々には読んでもらいたい1冊です。
地域住民や親としては、"学校"というものを良く知ることで、より良い協働の相手となれるのではないでしょうか。
将来的には、日本の学校の現状と、海外の事例を知り、市民として声を上げていくことで、未来の子供達に良い環境を残せるのではないか。そう感じました。
(小難しすぎず、興味がつのり一気に読んでしまえる本です)
当然のことながら、校長の採用や教育長の採用にも、同じようなものがあります。しかし、日本にはないでしょう! なにせ、人事は「ブラックボックス」化していますから。その辺のことについても、『校長先生という仕事』には書いてあります。
★★「思考の習慣」については、来春に出版予定のStudents at the Centerの訳本の中で詳しく紹介されています。
なんと、この本のサブタイトルはpersonalized
learning with habits of mindで、いま日本で脚光を浴びている(? それとも、文科省と教育委員会だけで騒いでいる?)「パーソナライズド・ラーニング」(←これは、いったい何と訳したらいいでしょうか? 「個別最適化」でないことだけは確かだと思うのですが・・・)と「思考の習慣」を扱った内容なのです! そして、後者は学校で扱えるし、扱うべきだし、身につける最大限の努力をすべきものとして捉えられています。ある意味で、「思考の習慣」を身につけずにパーソナライズド・ラーニングをしたところで意味がないという論調です(それに対して、日本でいま言われている「個別最適化」の中でこれらの要素はどのくらい含まれているでしょうか?)
上の「採用時に教師に求められる資質」と「思考の習慣」には、かなりのオーバーラップがあると思いませんか?
2021年2月14日日曜日
生徒が『私にも言いたいことがあります!』と言える授業
それは、誰にとっても学びが最大化することではないでしょうか? もちろん、おとなしく聞いていても、考えている人はいます。が、話している人ほどではない可能性は高いです。話すことは確実に考えた結果ですから。
それでは、生徒(それも、できるだけ多くの生徒)が考えて話す授業はどうつくり出せるのでしょうか?
一つ確実にいえることは、教師が口を閉じることです!
この本の、50ページには、それがコラムの形でまとめられています。
■生徒の声に耳を傾ける=教師が口を閉じる(ジェフ・ウィルヘルム)■
教師の力量というものは、話すこと、目的を示すこと、コントロールすることを通して生徒に働きかける技量を示すものではありません。むしろ、聴くこと、配慮すること、協働することといったように、生徒と一緒になって活動する姿勢にこそその真骨頂があります。そうするからこそ、生徒たちは自ら活動するようになるのです。
「口をふさいで教える」には、新しい考え方やこれまでとは違う学習の進め方、そして目的が明確となっている活動が必要です。
「身につけること」には、思考、会話、記述、構成、演出、そして考えること、話すこと、書くこと、構成すること、演じること、応用することなどが含まれます。
「チームで取り組むこと」には、傾聴、観察、反応、見ること、反応すること、そして生徒に継続的な刺激をもたらし、学ぶ技量を育てるといったさまざまなやり方で協働することが含まれます。
「教えること」には、時に知識だけでなく、知りたいという意欲やそれを知るためにはどうしたらいいのかということにまで及びます。
「学びそのもの」には、なぜ学ぶのか、どのようにして学べばよいのかも含まれます。恐らく、生涯にわたる継続的な自己探究の姿勢とスキルにもかかわってくるでしょう。
こうしたことのすべてが、「口をふさいで教える」ことの意義であり、ドナルド・フィンケルが『Teaching
with Your Mouth Shut.(教師が自分の口を閉じて教えること)未邦訳』という本のなかで書いていたことと同じです。フィンケルは、教師が口を閉じて教えるときにはやるべきことがたくさんあることを示し、それは、生徒が活動に主体的に取り組み、理解を構築する際に貢献するものだと指摘しています。
活動のすべては、生徒に自分の声とお互いの声に耳を傾けさせるものです。そして、教師に対しては、生徒の声に耳を傾けさせるものともなります。
『私にも言いたいことがあります!』の著者は、同じ第2章の別なところで、次のようにも書いています。
生徒たちが自らの力への自信を高め、自分たちの可能性に気づき、能力を最大限に引き出し、個人の成長につながる自己決定ができるようになれば主張(=自分の声)はより明確なものになり、それを外に向かって表現できるようにもなるのです。生徒の声が熱を帯び、教室や学校の活動に参加する意欲が高まるのですから、私たち教師はそれを促進し、価値づけるようなやり方を生みださなくてはなりません。
生徒は、教室で起こることについて決定したり、企画したり、組み立てたり、反応したりするための「声(意思・主張)」があるとき、初めて学習内容を身につけるより良いチャンスを手に入れることになります。これらの機会は、生徒たちの思考に対する有意義な挑戦となるでしょう。またそれは、生徒が協働的・協力的な授業を通して、学習、成長、変更、修正、そして理解の深化を振り返ることにも直結しています。
これは、このブログで繰り返し紹介してきた「エイジェンシー(主体者意識)」https://projectbetterschool.blogspot.com/search?q=agencyや、文科省が5年ぐらい前から言い出しているアクティブ・ラーニングそのものと言えないでしょうか? この本には、それらを実現するための具体的な方法と事例が満載です。
ちなみに、この最後の引用に対する翻訳協力者のコメントを紹介します。「賛成です。黙ってノートを取ることを求められてきた生徒たちに、自分の思うことを書いてよい、話してもよい、助けてもらってもよいという場を提供しただけで、生徒の顔つきが変わりました。今年度はまだ対話のドリル的なものしか提供できていませんが、これからどんどん解放していこうという気持ちになりました!」
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2017年6月18日日曜日
いい「問いかけ」してますか?
2021年11月7日日曜日
新刊『国語の未来は「本づくり」』
訳者のマーク・クリスチャンソンさんによる紹介文です(「訳者まえがき」より)。
皆様は小学校でどのような国語の授業を受けましたか?
1980年代、私は日米の公立の小学校で数年ずつ学びましたが、どちらの学校でも読むことと書くことは基本的に強制されてやるものでした。
国語は得意だったので「好き」ではありましたが、点数をとること以外、特に学校の読み書きに興味はありませんでした。
指定された教科書や本を読み、テストを受け、指定された題や形式の作文を書いて先生に成績をつけてもらう流れで読み書きを覚えました。
現在の日本の国語教育はどうでしょうか? 今でもその形式が多いと思います。
しかし、それで良いのでしょうか? そして今後はどうあるべきなのでしょうか?
と聞かれても「他に方法があるの?」と思う方もいるでしょう。
教師主導の教え方しか経験したことがないと、他の方法をイメージするのは困難です。
私もそうでした。
私は教員になって何年も自分が受けたような一方通行の教え方を(生徒への愛情をもって工夫しつつも)再生することしかできず、生徒全員に基本的に私が決めた同じことをやらせ、同じ基準で優劣の評価をつける授業だけを続けていました。
ただ成績が欲しくて合わせているだけの生徒、退屈そうにしている生徒、完全についていけない生徒がいる現実に違和感を感じつつ。
●「ワークショップの授業」との出会い
皆様はワークショップ(the workshop model)という教え方をご存知でしょうか? (1ページのコラムで概要を説明していますが、日本では「作家の時間」や「読者家の時間」と呼ばれている学習者主体の教え方です。)
私はこの教え方に出合い、自分の教育観が大きく動きました。
2009年、『イン・ザ・ミドル』の原書(当時は未邦訳、訳が出たのは2018年)を全国各地の仲間とオンラインで一緒に読み進めるブッククラブに参加したのですが、その学びの中で目から鱗がポロポロ落ち続けることとなりました。
最初は斬新すぎて理解できず、受け入れられない部分もありました。
「これ、無理でしょ!」という感じでした。
しかし、生徒に自由な選択と主導権を与えて意欲を引き出すことの価値は明らかで、是非自分でもやってみたいと思い、稚拙ながら実践することにしました。
2012年、私は国際基督教大学で教えていたのですが、You: A Course of Personal Writingという英語教育プログラム内の選択科目をつくりました。そして十数人の勇気ある大学生たちが登録してくれ、みんなで試行錯誤しながらワークショップによる作家活動を中心にした学びを行いました。
帰国子女から英語が苦手な生徒まで様々な英語力の生徒が教室に集い、助け合いながら自由に選んだ題材やジャンルの作品づくりに打ち込みました。一学期に三つ以上の作品をクラスのLMS上に「出版」する<このブログは、http://you-personal-writing.blogspot.com/で見られます。>、という基本的な目標以外は自由にさせ、創造力豊かなフィクション、ノン・フィクションの作品ができあがりました。
教員経験15年目にして、初めて学習者に主導権を与えることによって強い学びの意欲と主体性が発生することを体感できました。
●本書を訳そうと思った理由
現在私は小学校で世界市民の養成をしています。慶應義塾横浜初等部の開校時からEnglish
for Global Communication(GC英語科)のカリキュラムのデザインをとても優秀な同僚たちと協力しながらさせていただいています。おそらく近い将来にAIがやってくれるようになる外国語としての「英語」よりもさらに大切な地球市民としての意識、課題発見・解決力、異文化理解、そして人間関係づくりと対話の力に重点をおいた授業をつくる方法を模索する毎日です。
専門は英語教育と異文化交流であり、日本の国語科は教えたことがありません。
そのため「国語の未来」を語る本を出すには百年早いと全国の国語の先生たちから怒られそうです。
しかし、日本と英語圏の「橋渡し」は私の教育者としての使命の一つであり、本づくりを通して行われるアメリカのワークショップの読み書き教育の紹介がこのようにできることをとてもうれしく思います。
そして事前に告白しておきます。自分の小学校の授業ではまだ「ワークショップ」を実践していません。(中略)しかし、この本にあるようなアメリカの低学年の「作家の時間」の本づくりを日本の小学生が英語でやる可能性は十分にあると考えています。一人一台のディバイスが配られ、教師に頼らずとも小学生が自分で表現したい英語の語彙や文法を自分で調べて学べる環境はほぼ整いつつあります。それが整えば英語の自由な「本づくり」は十分可能です。
そのようなことを考えている時、本書の原書のEngaging Literate Mindsという魅力的な本のブッククラブへの誘いがあり、その流れで和訳してみることになりました。
本書はアメリカの小学校の国語の教え方を紹介していますが、日本の「国語科の未来」にも「英語科の未来」にも大いに刺激になる内容が詰まっています。
読み書きをどのように教えると子どもたちが夢中になって学ぶのか? その答えを求めているすべての教育者のためにこの本を訳したいと私は思いました。
●この本の三つの魅力
①
子どもたちの作品が素晴らしい!
最大の魅力は著者たちの教室にいた低学年(5才から8才)の子どもがつくった実際の物語や詩などの作品とその作品づくりのプロセスがとても分かりやすく紹介されている事です。自分がつくりたい本を自由につくることを許された子どもたちの素晴らしい創造力と思考と成長を知ることができます。
②
主体性を引き出す方法が具体的
この本の著者たちは子どもの主体性を徹底的に重んじる教育を追求し実践しています。アクティブ・ラーニングを掲げる多くの教室では教師が用意してきた活動を行い、最終的に教員が設定した学びの着地点に子どもが時間内に到着するように導きます。
教師が前に立って板書している従来の知識偏重のチョーク・アンド・トークよりはアクティブですが、所謂「アクティブ」な活動において子どもの「主体性」は実際にどのぐらいあるのでしょうか?
この本で紹介されているワークショップの授業では、5歳から子どもが自分で「作家」として、自分が選んだ題材の本をつくります。自分でテーマを決め、他の子どもや教師と相談しながら、自分の中から溢れ出るアイディアを絵と字を合わせて一つの作品にし、出版します。「やらされた読み書き」ではなく、主体的な読み書きをすることによる教育効果の高さをこの本は論じ、方法論を提示しています。主体性(agency)の定義を語るコラムも、21ページにあります。是非、この言葉は探究すると同時に実践してください。
③
社会性(と感情)を育む方法が具体的
私たちは一体どのような社会をつくりたいのか、そしてそのためにはどのような市民を学校で育てるべきなのかという本質的な問いもこの本は追求します。
教室は人間社会の小宇宙です。助け合うこと、他の人を大切にすること、認め合う健全な人間関係を読み書きの授業を通してどのように築くことができるのか、という視点が各章に入っています。自由で民主的な社会の市民のあるべき姿をどのように学校を通して具現化できるのか語っています。特に最終章(「人はどうあるべきか?」について子どもと考える)はインパクトがあります。理想的な教育とはどのようなものであるべきなのか多いに考えさせられます。
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