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2013年11月3日日曜日

「朝の読書」=今の学校が抱える課題



いまはかなり広範に行われている「朝の読書」について考えたことを書き出していきます。

1.その前に、いまも1学年10学級というマンモス校は存在するのでしょうか?
  基本的には、校長が生徒たちの顔と名前が一致できるぐらいの規模が理想とされています。子どもたちのことを知らないで管理職は勤まりませんから。(海外のある私立校の校長は、親の顔まで覚えている規模、と言っていました。そこまで対人関係を大切にしています。それに比べて、日本の公立や私立校はいかに保護者を軽視・無視していることでしょうか!!)そうなると、「学校の中の学校」というアプローチが可能です(『効果10倍の学びの技法 ~ シンプルな方法で学校が変わる』の239ページで紹介)。10学級の中学校だったら各学年3~4クラスずつ3学年で、300人強という生徒数です。そのぐらいなら、生徒たちにとっても、教師たちにとっても一体感を感じられる規模なのではないでしょうか? さらには、学校をこの一体感の持てる単位にして運営している例は、いい学校のつくり方について書いた『いい学校の選び方』★の「いい学校のイメージ」(5~14ページ)の中に紹介しました。

2.「朝の読書」は小学校から高校まで、いまとなってはかなり普及しています。しかし、そもそもその紹介の仕方もあって、朝、登校してから勉強が始まる前のあいだに、静かな時間をもって集中すること、おとなしくすることに重きがあるようです。もちろん、本に親しみ、読む力をつける、ということも目的に掲げられていると思いますが、それはどちらかといえば、二の次の目的です。(よく言えば、一石二鳥。悪く言えば、本音と建前の使い分け、です。)
 もう10年以上前になりますが、秋田のあるグループに招かれたオーストラリアのある州の教育委員会の指導主事が、訪ねた学校のすべてで朝の読書が行われていて、東京に戻って私とその体験を振り返って、怒り出しました。「あれは、教育活動とは言えない!」というのです。「何も教えていないじゃないか。ただ、読ませているだけというのは無責任だ」と。私は、一応、上のようなことを説明しましたが、まったく受け入れてくれませんでした。要するに、学校で行うことは「教育活動」であるべきだ、というわけです。しかし、朝の読書はどう考えてもそういうふうにはなっていないと。

3.私も実際に、朝の読書風景をいくつかの教室で観察したことがありますが、このオーストラリアの指導主事が言うことは否定できないと思います。
 約10分間、読みたい本を読む時間です。教師も一緒に読んでいることは少なかったように記憶しています。
 読むのが好きな子や、朝の読書に慣れて、その価値を見いだせている子たちは、それでもいいのですが、読むのが嫌いな子、苦痛な子、自分にあった本が見いだせていない子(いったい、この種の子たちが何割を占めていると思いますか?)たちにとっては、この約10分間は、ひたすら耐える/我慢する/おとなしくしている時間以外に何物でもありません。いったい、どういう教育的価値があるのでしょうか? これは、最たる「隠れたカリキュラム」です。学校側はよかれと思って子どもたちにやらせているのですが、その意図とは違うことを子どもたちは学んでいるのですから。この場合学んでいるは、「読むのは、退屈、面白くない、我慢する時間、意味のない時間」です。
 そして、それを改善しよう、そういう子たちを救済しようという仕組みがまったくありませんから、「無策」以外の何物でもありません。ただひたすら時間さえ提供すればOKというのです。オーストラリアの教育者が怒り出すのも無理はありません。日本人の教育者で怒り出す人がいないのが不思議なぐらいです。どなたか聞いた方いますか?? この取り組みは、はっきりおかしい、という人を。


   <メルマガからの続き>


4.アメリカなどの欧米でSustained Silent Reading(ひたすら静かに読む)という形で実践されていたことを、日本で導入・普及する段階で朝の授業前の時間に行うというように、すり替えられました。アメリカなどでは、単に読むのではなく、読むことが指導される時間の中にこれが位置づけられて行われている場合がほとんどです。
下の表は、日本の朝の読書と読むことに特化した授業の一つであるリーディング・ワークショップのアプローチの違いを整理したものです。(表を左クリックし、黒い画面が出たら、今度は右クリックを押して「画像だけを表示」を左クリックすると、+のサインが出て、それをもう一度クリックすると画像が拡大されて、見やすくなります。画面左上の元に戻る「←」をクリックするとブログ画面に戻ります。)
あまりの違いに愕然としてしまうのではないでしょうか。オーストラリアの指導主事は、右側が読むことを教えることだと思っていますから、日本で朝の読書を見せられて、「こんなのを教育活動と捉えて実践していることはおかしい」と思い、憤慨したわけです。

5.要するに、朝の読書をやり続けていては、読むのが嫌いな子たちにとっては拷問的な部分が無きにしも非ず、ということです。好きになれる要素や、読む力をつける要素が皆無なのですから。
 それに対して、リーディング・ワークショップではそれがふんだんに設けられています。
 まずは、教師のサポートが得られます。選書の。具体的な読み方の。そして読んだものをどう扱うかの。(この辺については、『「読む力」はこうしてつける』をぜひご覧ください。)
 読むことは、決して個別な作業ではないことも、友だちと読み合ったり、ブッククラブなどをして体感していきます。読むのが得意でない子や嫌いな子ほど、読むという行為をソーシャルなものにした方が好きになる可能性は高まります。一人で黙々と読むアプローチは、最初から好きではないのですから。それを、時間を設定して強いたところで、好きになれるはずがありません。(この辺については、『読書がさらに楽しくなるブッククラブ』をぜひご覧ください。)

6.国語の読む領域(一般的には、読解教育)と、朝の読書や図書の時間をどう関連づけるかが大きく問われています。まったく関係ないもの、別の物と捉えて取り組んでいる限りにおいては、おそらく子どもたちには矛盾したメッセージを送り続けている部分があります。そもそも、国語の読解と読書をわける必要性があるのでしょうか?
 似たようなことは、各教科に読むということがあまりにも少ないこととも関連します。算数・数学、理科、社会の主要教科を考えただけでも、教科書だけでそれらの教科を学んだ時と、教科書以外の多くの関連した本や資料を使って学ぶ時につくられるイメージはまったく異なったものになります。「教科書をカバーするだけで忙しい」などと言っていられるでしょうか? 読むのを好きになり、かつ読む力を身につけるのと同じように、子どもたちがその教科を好きになり、その教科で身につけるべき力を身につけることがテーマなのですから。 教科書をカバーすることに固執することは、目的と手段を捉え違えているとしか思えません。

7.根本は、自立した読み手、学び手に育ってもらうために、朝の読書、読解教育、国語、算数・数学、理科、社会等がどう寄与しているのかを問わなくてはなりませんが、私たちは日々の授業のこなすことに忙しいあまり、そもそもの目的を忘れてしまいがちです。

 以上7点、少しは、習慣でやり過ごしていることを見直すきっかけになったでしょうか?


★ 日本ではまだ、『いい学校のつくり方』というタイトルではニーズがない、ということで、このタイトルにせざるを得ませんでした。出版界では、一番本を読まないのが学校関係者ということになっています。(教科書をカバーしていればいいのですから、読まなくなります。)保護者の方がはるかに本を読むと思っているので、こういうタイトルになってしまいます。

2014年11月30日日曜日

読む力をつける


『「読む力」はこうしてつける』(吉田新一郎・新評論2010)は、子どもたちに読む力・書く力をつけさせるには格好の本です。私も大学の授業で利用しています。

私の勤めている大学では、1年から4年まで週に1コマ「セミナー」という授業があります。

要は小中高でいう「学級活動」+「読み書きのリテラシー」の時間というとわかりやすいと思います。その「読み書きのリテラシー」の部分で、この本を利用しているのです。

 

この本の中に「第7章・質問する」という項目があります。

98ページには、「質問力の向上によってもたらされる効果」として、以下のように整理されています。

 

・質問することの価値を知っていて、読む前、読んでいる間、読んだあとに質問ができる。

・意味をはっきりさせるため、書いてあることを予想するため、書き手の意図や書き方を知るため、書いてあることを疑って見るためなど、様々な目的の質問ができる。

・質問をすることで理解が広がる(深まる)ことが分かる。したがって、記憶にも残りやすくなる。

・質問が、文章(ないし作者)とのやり取りを可能にする。

 (以下 略)

 

私の担当しているクラスの学生は小学校教諭や特別支援学校教諭を目指している者がほとんどですので、この「質問する」ことがいかに大切かを繰り返し学ばせたいと考えています。

105ページに「レッスン⑦詩を使った質問づくりの練習」がありますが、これを先日実施しました。詩は、この本でも紹介されている「世界は一冊の本」(長田弘・みすず書房2010)を使いました。

 

まず、朗読してから、学生たちに思いついた質問をワークシートに書かせます。

こんな質問が出てきました。

「権威をもたない尊厳とはどういうこと?」

「マヤの雨の神の閉じた二つの眼とは?」

「トンブクトゥってどこにあるの?」・・・・

 

「これはどんな意味なのか」、「もしかしたら、こんなことを作者は言いたいのでは」

など、いろいろと意見が出てきます。このあたりのやり取りが面白いですね。

この詩は、読み手に様々なことを考えさせてくれる、とても面白い詩だと思います。

 

この「読む力・・・」には、「読む力をつける」効果のある方法がたくさん紹介されています。特に、小学校の先生方に読んでいただきたい本です。

2024年6月23日日曜日

(若手)教師におすすめの本・第2弾

 前回https://projectbetterschool.blogspot.com/2024/05/blog-post_19.html

は5人の日本の先生たちのおすすめの本を紹介しました。今回は、6人の先生たちのリストを紹介します。

その前に、前回の記事では「常に、学び続けているモデルを生徒たちに示し続けることが教師の大切な役割ではないでしょうか? そのためには実験というか、新しいことにチャレンジし続けることが不可欠です」と書きました。教師の役割について書いてあるとてもいい本があります。

 ピュリアスほか著の『教師―その役割の多面性』(文教書院、1970年)です。全部で22の教師の役割が紹介されています。これは、55年前に出版された本なのに、内容的には今でも十分に参考になります(ということは、教育分野の成長の速度があまりにも遅すぎるということ?)。

それでは、先生方の本のリストをお楽しみください。(と同時に、ご自分のリストをぜひつくって、pro.workshop@gmail.com宛にお送りください。その方が、はるかに学べます!)


F先生(大学・国語専門)

1『一斉授業をハックする』新評論

2『教えることの復権』ちくま新書

3『雑文集』村上春樹、新潮文庫

4『読んでいない本について堂々と語る方法』ちくま学芸文庫

5『現代思想入門』講談社現代文庫

6『幼児期』岩波新書

7『種をまく人』あすなろ書房

8『特急二十世紀の夜と、いくつかの小さなブレークスルー』早川書房

9『アフォーダンス入門 知性はどこに生まれるか』講談社学術文庫

10『学力とは何か』中内敏夫、岩波新書

『みんな羽ばたいて』と『たった一つを変えるだけ』

 

G先生(中学校、理科) ~ 思いついた順です

ジェニ・ウィルソン (), レスリー・ウィング・ジャン (), 吉田新一郎 (翻訳)『増補版 「考える力」はこうしてつける』新評論、2018

岩瀬直樹 ()『クラスづくりの極意―ぼくら、先生なしでも大丈夫だよ』 農山漁村文化協会、2011 

ダン ロススタイン (), ルース サンタナ (),吉田 新一郎 (翻訳)『たった一つを変えるだけ: クラスも教師も自立する「質問づくり」』 新評論、2015

平野朝久(著)『はじめに子どもありき』東洋館出版、1995

佐伯胖 ()「学び」の構造』東洋館出版、1975

今井むつみ(著)『学びとは何か――〈探究人〉になるために』岩波新書、2016

ピーター・グレイ (), 吉田 新一郎 (翻訳)『遊びが学びに欠かせないわけ―自立した学び手を育てる』新評論、2018

 

H先生(高校・英語)

宇佐美寛『私の作文教育』さくら社, 2014

人は、ある読者に何らかの影響を与えようとして文章を書く。----この目的を達成するために必要なことは何でしょうか。そして、この立場に立つと、いかにひどい文章が巷に溢れていることでしょう。著者はそれを嘆き、丹念にそれを批判していきます。それを通して、一文一義、引用する、細部を具体的に書く、などの大切さを伝えています。

宇佐美寛・池田久美子『対話の害』さくら社, 2015

対話は、それ自体は善でも悪でもありません。ただし、強い立場の者が仕掛けた対話には警戒を要する、と著者は言います。テレビでも放映されて話題になった、マイケル・サンデル氏の「ハーバード白熱教室」の実践を、実証的に批判しながら、授業づくりの本質に迫ります。

田中克彦『ことばと国家』岩波新書, 1981

ある時期まで国語の教科書に載っていた、ドーデの「最後の授業」の作品で、フランス語教師のアメル先生が、アルザス地方を去る時に、「フランス語は世界で一番美しいことばだ。」と言い、「フランス万歳!」と黒板に書いた場面は、矛盾に満ちていると著者は言います。国語や外国語教師だけでなく、すべての教師に勧めたい1冊です。

長田勇・桜井均・石井仁・遠藤忠『なぜ少女は走ったか---文化分析としての教育学』川島書店, 1990

生徒のためにという大義名分で行われた、罰マラソンで、少女が死んだ。----教師の何気ない行為、それを疑うことがない日常の信念の中に、大きな問題が隠れていて、時に、それが悲惨な結果を引き起こします。様々な事例を取り上げ、具体的に分析と検討することで現代の学校教育の問題を考えます。

小浜逸郎『学校の現象学のために』大和書房, 1995

「子供は天使である」「悪いのはいつも大人であり教師だ」「子供は学びたがっている」「学校では子供が神様だ」といった世間の通俗的な言説を、著者は切れ味よく批判していきます。子供中心主義か管理主義かといった二項対立の言説に依拠することで、学校現場の現実が見えなくなっている、と著者は警告しています。

向山洋一『いじめの構造を破壊せよ(教育新書121)』明治図書, 1991

いじめ問題を根本から解決する具体例を読むと、教師がいじめをする子供の差別構造に気づかせ、子供に心底から後悔させることが大切だと著者は言います。論旨は明快で、方法論も確かです。向山氏の初期の著作で、入手しにくくなっていますが、この本は優れた本だと思います。

鶴見俊輔『教育再定義への試み』岩波書店, 1999

「人は、生まれ、育ち、おいて死ぬ。その一生を支え続ける『教育』は可能か」と帯に書かれています。

葛藤に満ちた自分自身の人生体験と、様々な人々との交流を振り返りながら書かれている本書は、単なるハウツー本にはない深さがあります。私にとって大切な本です。(この本も1990年代ですね!)

 

I先生(元中学校理科、校長、大学教授)

 『たった一つを変えるだけ』(新評論)・・・まずはここから。

 『世界は一冊の本』(みすず書房)・・・本がいかに大切か

 『ギヴァー』(新評論)・・・世界・歴史・人間を考えるために

 『心の病気をどう直す』(講談社現代新書)・・・心の病とどう向き合うか

 『学校の戦後史』(岩波新書)・・・これまでの日本の教育の歴史を踏まえる

 

J先生(中学校理科、現在小学校校長)

ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ

「考える力」はこうしてつける

オープニングマインド

作家の時間

宿題をハックする

不安な心に寄り添う

質問・発問をハックする

ケーガン協同学習入門

人的環境のユニバーサルデザイン

「読む力」はこうしてつける

学びはすべてSEL

 

K先生(中学校・英語)

EQ20』『チーズはどこへ消えた』『ケーキの切れない非行少年たち』『発達障害の人がみている世界』『飛びはねる思考(東田直樹)』『さあ、才能に目覚めようストレングスファインダー20』『7つの習慣』『ライフシフト』『他者と働くーわかりあえなさ から始める組織論』『本当の心の力』『自分の小さな箱から脱出する方法』『ものがわかるということ』『好きノート(たにかわしゅんたろう)』『ことばのかたち(おーなり由子)』『すきなこと にがてなこと』『21世紀に生きる君たちへ(司馬遼太郎』『14才の君へ(池田晶子)』『せんせいのつくりかた これでいいのかな と考えはじめたわたしへ』『SELを成功に導くための5つの要素』

2016年8月21日日曜日

教師に「コーチ」という存在がいたら


  欧米では、自校の教師に教え方の指導(=授業改善)をすることは校長の役割の一つに含まれています。(詳しくは、『校長先生という仕事』のパート3、特に、187~210ページを参照ください。日本も建前的には、そのようになっていますか? しかし、実態はほとんど伴っていません!
 しかし、20年ぐらい前から、校長一人がその役割を担っていては、なかなか教え方(=授業)の改善は実現しないということで、読み書きのコーチを中心に多様なコーチが配置されるようになっています。★ ~ ある意味では、それほど教え方=授業の改善を重視しているという証しです。日本も、建前的には校内研究等をしていますから、重視しているとも言えますが、そのやり方に関しては停滞感というか、嫌悪感をもっている教師が少なくないのが現状ではないでしょうか? 毎年、同じようなことを繰り返しても、さっぱり教え方=授業がよくなるとは思っていません。★★
 日本では、最近、管理職以外に担任を持たない教師が増えています。しかし、それで学校はよくなっているでしょうか? 学校が抱える様々な問題に対処するために不可欠ということで配置されているようですが、その多くは教え方=授業の改善が図られないがゆえに存在し続けている問題のような気がします。そのためにも、問題を事後処理する人を増やすよりも、問題を事前に防ぐ人を配置した方が、誰にとってもはるかにいい選択のはずです。(これは、医者を増やすよりも、医者にかかる必要のない健康増進を図る=医療の世話にならなくて済む人を配置する選択と似ています。コストの面も含めて、どちらがより望ましいかは明らかではないでしょうか?)

 読み・書きの指導に特化したコーチが、どのような仕事をしているかを描いた本があるので紹介します。(出典:Becoming a Literacy Leader, by Jennifer Allen、初版。数字はページ数です。) ~ こういう役割を担う人を今の学校で確保することは難しくとも、個々のアイディアから学べることは多いはずです!!

第1章・誰もが自分のためにある、と思える読み・書きの部屋
7 教師たちのオアシスとなるスペースにしたい。空間がつくり出す環境は大切!! ~ こういう発想、日本の教員研修(=教師の学び)にありますか?
9 私の部屋は、子どもたちを対象にしているように見えるが、注意してみると教師用であることがわかる。 基本的に魅力的なレイアウトは変わりない!! ~ 教師を対象にした読み・書きの部屋自体が、教室のモデルとして位置づけられている。図書館は教室の図書コーナーのモデルになっているでしょうか?
  教師がすぐに教室で使える掲示物で壁を一杯にする。
  レイアウト自体も、教室の図書コーナーそのもの。置いてある本まで。 ~ このことからも、いいモデルを示すことが最良の方法であることがわかる。

10 紹介する本や掲示物は、定期的に変えていく。多様な可能性をモデルとして示す。
   ノンフィクションの読み方。関連する雑誌の記事など。
 読み聞かせのおすすめには、特に力を入れる(先生たちが常に探しているから)
   教師のニーズを満たすものという視点で、情報を集め続ける。絶えず集めていれば、負担にはならない。
   とにかく教師に役立つものを集めて、紹介するのは自分の大切な役割。(教師一人ひとりはなかなかその時間がないから。)
11 たくさんのメンター・テキスト(=モデルとなる本)は、教師はありがたがる
13 理解のための方法用へのメンター・テキスト類 ~ 「理解のための方法」については、『「読む力」はこうしてつける』と『理解するってどういうこと?』を参照してください。
15 作家で選書したカゴ、テーマで選書したカゴも用意。
16 教師用の本のコーナー、読み聞かせ用のコーナーも。

17 教師たちのミーティング用のスペース

19 教師が読んでいる教育書の紹介コーナー

第2章・PD(教員研修)★★★
24 自分を紹介するのに7つのストーリーしかないとしたら、何を紹介するか? ~ Paul Newmanの映画撮影からヒント。これを書き出すことで自分が出る!!
 校長が代わって伝統的な職員会議から、学びをつくり出す(学びの場としての)職員会議へ移行し、私も役割をもたされるようになった。★★★★
25 2年間も失敗続きのPDをリードしていた体験が反面教師。やり方が、教員を主役にできなかった。教員たちは「やらされ感」満載の時間だった。

33 スタッフが、自由に自分が書いた「7つのストーリー」を共有し始めた ~ 学びもドンドン増えた。
 雰囲気、主体性、実際に使えるもの、身につくものは、全部比例関係にある。これは子どもたちにも言える。

42 とても大切な教師同士が高め合うピア・カンファランスと、その手順

44 自分の学校でのPD=授業改善が成功した理由
     責任の移行モデルの使用★★★★★ ~ 授業も同じ!
     振り返りを重視した探究活動としてのPD ~ 授業も同じ!
     予想できる(安心できる・期待できる)構造で展開する ~ 授業も同じ!
     共有できる参考資料の確保・提供 ~ 授業も同じ!
     自分にとって意味のある内容を扱う ~ 内容と方法(スキル)の両方に価値がある!! 授業も同じ!
     実際に短い文章を書く ~ 授業も同じ!


★ コーチは、一つの学校にフルタイムで張り付く場合もありますし、二人の教師が一つのクラスをもって、臨機応変に校内の他の教師をサポートする場合もありますし、さらには、一人のコーチが二校ぐらいの学校を掛け持ちする場合など、様々な境遇で仕事をしています。上で紹介したのは、最初のケースです。

★★ 授業をよくする方法は、校内研究や研究授業以外にたくさんの効果的な方法があります。それらを紹介した本が『「学び」で組織は成長する』と『効果10倍の学びの技法』です。


★★★★ 『「学び」で組織は成長する』の中の会議の章を参照ください。

★★★★★ 『「読む力」はこうしてつける』の66~68ページを参照ください。この子どもを対象にした授業でとても効果的な方法は、教師を対象にしたPDでも効果的だということです。

2014年6月22日日曜日

世界は一冊の本


長田 弘さんという詩人が書いた「世界は一冊の本」という詩があります。

 

今年の前半の授業で、「教育方法論」を5クラス担当しているのですが、そのうちの2つは中高の教員免許を取るための必修科目になっています。そこでテキストに使っているのが「「読む力」はこうしてつける」(吉田新一郎・新評論)です。


その第7章「質問する」に、レッスン7「詩を使った質問づくりの練習」があります。ここで使う詩の例として「世界は一冊の本」が著者のおすすめとして紹介されています。

早速授業の中でもその詩を読みました。

学生たちから出された反応は?

 

「『200億光年のなかの小さな星』とは地球のことなのか?」

「『人生という本を、人は胸に抱いている』とはどういう意味なのだろうか?」

「『マヤの雨の神の閉じた二つの眼』とは一体どんなものなのだろう?」

「『黙って死んでゆくガゼルやヌーも本だ』とはどういうこと?」 など

 

様々な質問がありました。

この章のなかに、「Mosaic of Thought」からの引用として、質問の効用がいくつも紹介されています。

たとえば、「質問することで理解が広がる(深まる)ことが分かる。したがって、記憶にも残りやすくなる」とか、「質問には『浅い質問(表面的な・やせた・正解がある)』と『深い質問(深く考える・太った・正解がない)』の2種類があることがわかる」

 

これによって、よく学ぶには「質問する」ことがとても有効であることが実感を通して学生たちは納得できたようです。

また、「「考える力」はこうしてつける」(ジェニ・ウィルソン&レスリー・ウィング・ジャン/吉田新一郎訳・新評論)の「第5章・質問」も質問の種類、質問を効果的に使うことなど、さらに自問、自己評価についても学ぶことができます。ここまでくると、質問が学ぶことに深くかかわり、学校での授業の中核の一つであることがわかります。

 

私の担当する科目は教員免許取得に必須の科目なので、仕方なく受講している学生も多いと思います。しかし、ときどき授業後に「先生の授業が履修している科目の中で一番面白いし、ためになる」と声をかけてくれる学生がいます。

こんな声を聞くと、うれしくなります。

 

微々たる実践ですが、学生たちが「学びの原則」、「マルチ能力」「ほんものの評価」などの話を通して、これまでの暗記優位の20世紀型学力観から抜け出し、未だにそれらに固執している現状を変える力になってほしいと切に願います。

2018年7月8日日曜日

プロジェクト・ワークショップの増補版『作家の時間』



 プロジェクト・ワークショップは、欧米で主流になりつつある極めて効果的な教え方の一つであるワークショップの学び方・教え方を日本の実情にあった形で実践し、その学び方・教え方を各教科領域で普及させることを目標としたチームです。そして、その取り組みの第一弾が『作家の時間』でした。
『ライティング・ワークショップ』(ラフル・フレッチャー&ジョアン・ポータルピ)を参考にしながら、書くことを好きにするだけでなく、自立した書き手を育てるための教え方・学び方を日本の小学校の先生たちが実践してまとめました。
 作家の時間では、書き手は、友だちや教師と助け合って学び、より良い書き手へと成長していきます。『作家の時間』もまさしくその学び方にのっとって、プロジェクト・ワークショップのメンバーで助け合いながらつくりあげました。
 今回の増補版には、中学高校での実践を加えました。ちょうど10年前にスタートさせた「作家の時間」の中高チームと英語チームのメンバーに声を掛けて、原稿を追加しています。(小学校での実践の部分は、変更なしです。)

 プロジェクト・ワークショップは、「書く」こと以外を学ぶときにも、ワークショップがきわめて効果的だと考えています。ワークショップの教え方は、学習者を主体的な学び手に変え、教室を学習者にとっても教師にとっても学びを楽しみながらも、学習内容を身につけることができる場に変えていくと確信しています。

本書の続編として、「読み」の新しい学び方・教え方を紹介している『リーディング・ワークショップ』(2010年)と『読書家の時間』(2014年)がすでに出ています。

 上記以外にも、メンバーが『「読む力」はこうしてつける』(2010年)、『読書がさらに楽しくなるブッククラブ』(2013年)、『理解するってどういうこと?』(2014年)、『たった一つを変えるだけ』(2015年)、『算数・数学はアートだ!』(2016年)、『好奇心のパワー』(2017年)、『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』(2017年)、『PBL 学びの可能性をひらく授業づくり』(2017年)、『「学びの責任」は誰にあるのか』(2017年)、『増補版「考える力」はこうしてつける』(2018年)、『読み聞かせは魔法!』(2018年)、『言葉を選ぶ、授業が変わる!』(2018年)、『最高の授業』(2018年)、『イン・ザ・ミドル ナンシー・アトウェルの教室』(2018年)などの執筆や翻訳に関わっています。

 また、ライティング・ワークショップ(WW)とリーディング・ワークショップ(RW)関連の継続的な情報提供を目的とした「WW/RW便り」というブログ(Facebookは「RW/WW便り」)を、2010年の5月から毎週金曜日に出しています。さらに、メンバーがライティング・ワークショップとリーディング・ワークショップの研修会も随時実施しています。

 この「PLC便り」は、WWRWの原理を学校経営というか教師の継続的な学びに応用したブログ/Facebookと捉えることもでき、2011年の10月から毎週日曜日に出し続けています。学校経営と教員の学びということに関しては、「ボタンの掛け違い」が多すぎです。その最たるものが、「研修」と「研究」かもしれません。どうも、そう言った途端に「思考停止」状態になりませんか?

 なお、国語以外の教科への応用プロジェクトとして、現在、「数学者の時間」「市民/歴史家の時間」「科学者の時間」を実践中で、できるだけはやく、これらの実践記録を皆さんにお届けしたいと思っています。
 日本での実践記録よりも前に、算数・数学用には『数学的思考を育む(仮題)』(2018年)と、理科用の『科学的探究心を育む(仮題)』(2018年)の翻訳本を先行して出す予定でいますので、お楽しみください。

◆ 『作家の時間』増補版の割引情報
1冊(書店およびネット価格)2376円のところ、
PLC便り割引だと    1冊=2000円(送料・税込み)です。
5冊以上の注文は     1冊=1800円(送料・税込み)です。

ご希望の方は、①冊数、②名前、③住所(〒)、④電話番号を 
pro.workshop@gmail.com  にお知らせください。

※ なお、送料を抑えるために割安宅配便を使っているため、到着に若干の遅れが出ることがありますので、予めご理解ください。

2019年6月23日日曜日

「選択する学び」のバリエーション


 2週前に『教育のプロがすすめる選択する学び』を紹介しました。今回は、自分自身の「選択する学び」の歴史を振り返ってみました。そこから、自分自身が長年にわたって著者と同じく、「選択する学び」の信奉者(?)であったことが分かりました。

まず、この本の中でも繰り返し(vページや8ページなどで)登場する
1 リーディング・ワークショップとライティング・ワークショップ
  https://sites.google.com/site/writingworkshopjp/teachers/osusume (現在は、これらの算数・数学、理科、社会科版を応用/開発中です!)
2 一人ひとりをいかす教え方(『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』と『一人ひとりをいかす評価』)
3 探究学習(『たった一つを変えるだけ』や『PBL――学びの可能性をひらく授業づくり』)
の3つは確実に挙げられます。1と3は、ある意味で同じとも言えます。その核には、サイクルを回すこと、自立した学び手になることがあります。そして、生徒たちは一律ではないので、常に多様性を前提に対応することを考えると2も切り離せなくなります。
そして、他にも次のようなものを紹介してきました。

4 リーディングとライティング・ワークショップの「聞く・話す」版として捉えられるウェブ討論(『最高の授業』)
5 一斉授業を中心に据えた教え方に代わる、学びの責任を生徒に移行していく教え方・学び方(『「学びの責任」は誰にあるのか』およびリーディングとライティング・ワークショップ関連の本はすべて)
6 教師が出す宿題から、生徒が主体的に取り組む家庭学習(『宿題をハックする』)
7 マルチ能力と学び方のタイプ(『マルチ能力が育む子どもの生きる力』、思考の6段階(『「考える力」はこうしてつける』と『シンプルな方法で学校は変わる』)
8 理解や読みの方法(『読書がさらに楽しくなるブッククラブ』の76~80ページ、『「読む力」はこうしてつける』、『理解するってどういうこと?』)
9 教師の言葉遣い(『言葉を選ぶ、授業が変わる!』と『オープニングマインド』)
10 従来の読み聞かせ以外の3つの効果的な読み聞かせの方法の紹介(『読み聞かせは魔法!』)
11 算数・数学を嫌いにしてしまい、数学的思考も身につかない教え方から、算数・数学を好きになり、かつ数学的思考も身につく教え方への移行を可能にする『算数・数学はアートだ!』と『教科書では学べない数学的思考』
12 読み物教材に代わるアクティブ・ラーニングの道徳の教え方・学び方(『人間関係を豊かにする授業実践プラン50
13 評価の仕方(『テストだけでは測れない!』、『一人ひとりをいかす評価』『成績をハックする』)
14  効果的とは言い難い教員研修に多様な選択肢を提供する『「学び」で組織は成長する』、『シンプルな方法で学校は変わる』、『効果10倍の教える技術』
15  学校や学びのリーダーのあり方や方法を提示している『校長先生という仕事』『エンパワーメントの鍵』『教育のプロがすすめるイノベーション(仮題・7月出版予定)』
16  効果的・効率的とは言えない職員会議やコミュニケーションを、(いろいろな意味で)やって得する会議や話して/聞いて得するコミュニケーションに転換する『会議の技法』と『好奇心のパワー』
17  多様ないい学校や授業のつくり方を紹介している『いい学校の選び方』
18 授業で中・高生が(からだもこころも!)動かないというのは学びの質と量を最低限に押さえているようなものです(小学生も同じですが)! こころとからだを学びにいかすための方法としての『ドラマ・スキル』
19 学びが得られているとは言い難いPTAに、学びを中心に据えた参加者主体の活動のあり方を紹介している『ペアレント・プロジェクト』(この本には、教員研修を含めた大人を対象にした「学びの原則」的なものも書かれています!)
20 主にはテストや入試によって固定マインドセットが染み付いている日本の教育界に、より大切なマインドセットである成長(ダイナミック)マインドセットの身につけ方を紹介している『オープニングマインド』
21  従来の国際理解教育に代わる開発教育(いまのESD)、過去志向の人権や平和教育に代わる未来志向の人権・平和教育、公害教育やアウトドア教育に代わる教科と連動した環境教育(http://eric-net.org/about-eric01.html)なども紹介してきました。

これらの核には、すべて「選択をする学び」が据えられています。ぜひ、『教育のプロがすすめる選択する学び』と一緒に、ご自分の関心分野の情報をお読みいただければ幸いです。

2016年5月15日日曜日

子どもたちが理解できるように教えるには?



今回は、その第2弾で読むときに使っている理解の方法を紹介します。
読む際に何よりも大切なことは、理解することです。(他に、何があるでしょうか? そういえばありました。楽しむことです!)
誰もが認める理解や解釈とまでは言わないまでも、自分なりの理解や解釈、つまり自分なりの意味をつくり出すことが「読む」ということです。間違っても、すでに存在する誰かがあらかじめ決めた理解や解釈を覚えることではありません。あるいは、すでに存在する意味を与えられることでもありません。主体的に考えて納得した意味をつくり出すことです。
本や記事、あるいは絵や図表あるいはメディア等を理解するときに使っている方法は、以下の7つであるというのが1990年に提示されました。★

     自分や、他の読み物や、世界とのつながりを見いだす。
     イメージを描き出す。
     質問をする
     著者が書いていないことを考える(つまり、行間を読む)。
     何が大切かを見極め、他の人に説明する。
     様々な情報を整理・統合して、自分なりの解釈や活かし方を考える。
     自らの理解をチェックし、修正する。

読書好きな人は、これらを自然に使いこなしています。しかし、日本の国語教育で教わるのは、この中のどれでしょうか?★★ 他の教科でも、教科書を読むときを含めて、これらはすべて不可欠なのですが、教える/教わるでしょうか?

ちなみに、上記の7つの方法を算数に応用した本が、Math Adapting Reading Strategies to Teach Mathematics, K-6  By Arthur Hydeです。関心のある人は覗いてください。

私たちは、読む時だけでなく、書く時も、聞く時も、話す時も、つまりは考える時はいつもこれらの7つの方法を使っています。対象をよく理解するためには不可欠なので。

なお、これら7つの方法を詳しく紹介した本として、『「読む力」はこうしてつける』と『理解するってどういうこと?』がありますので、興味を持たれた方はぜひご覧ください。


★ 私が、小・中学校時代を過ごしたのは、1960年代ですから、残念ながらこれらの恩恵を受けることはありませんでした。でも、いまの子どもたちはしっかり受けているでしょうか?

★★ 学習指導要領を読むと、半分ぐらいしか扱わないことが分かります。それは、日本の国語界がまだこの理解するのに必要最低限の7つの方法を認知していないことにあります。あるいは、依然として「教材中心アプローチにこだわりすぎている」ことが原因のようです。一人ひとりの子どもにとって意味のある読み物を読むことが優先されるべきなのですが、相変わらず「すべての子どもにとって“いい”(と思われる教材)教材」を読んで解釈させることにこだわりすぎています。そんなものなどあるはずがないのに。あなたは、目の前にいる子どもたちをより大切にしますか? それとも、権威があると思われている教科書をカバーすることをより大切にしますか?