2020年2月16日日曜日

「最優先事項を優先する」の実現の仕方


 本プログの2月2日号(http://projectbetterschool.blogspot.com/2020/02/blog-post.html)で、第三の習慣の中身は、
① 第2の習慣を身に付けたなら、それを具現化し、自由意志を発揮し、毎日の瞬間瞬間において実行する。
② 価値観に調和した生活を送るために、効果的な自己管理を行う。
③ 重要だが緊急でない活動を行う。
④ 重要でない活動に対してノーと言う。
⑤ デレゲーション。人に仕事を委任する。
だと紹介しました。

あなたがたくさんしなければいけないことを、その「重要性」と「緊急性」で4つに分類したとすると、それぞれにはどのような項目があがりますか? 思い浮かぶものを書き出してみてください。
 上の図のⅠ~Ⅳの中で、優先順位が一番高いのはどれでしょうか?
第三の習慣は、普通私たちが考えてしまうように、Iではなくて、Ⅱであると教えてくれています(上記のリストの③です!)。
ⅢとⅣは、できるだけ④で対処。
その中で緊急性が高いので、何らかの形で対処しなければならない時は、できるだけ⑤で対応するようにします。
Ⅰですら繰り返しが多い場合は、⑤で対応できるようにしていくことが望まれます。

 Ⅰ~Ⅳの項目例を紹介すると、下の図(時間管理のマトリックス)のような項目が含まれます。

 このリストから分かることは、私たちは緊急性の高い項目で忙殺されるということです。そして、なかなか③=第Ⅱ領域の「重要だが緊急でない活動を行う」に時間を割けないことです。もし割けていたら、学校や授業は飛躍的によくなっているはずです。
 それでは、どのようにしてその時間を確保したらいいのでしょうか?

 まずは、 2月2日の「PLC便り」で紹介した
第一の習慣・主体的である
第二の習慣・終わりを思い描くことから始める(=自分のビジョンをもつ!)
の2つからはじめてください。第二の習慣で自分の優先順位がかなり明確になります。自分の優先順位がはっきりしていないと、周りのリクエストに引きずられてしまいます。
 第二の習慣+第一の習慣の「主体的に行動する」によって、②、④、⑤がやりやすくなります。
 ということは、どれだけビジョンと優先順位を明確にできるかがカギです。
 ちなみに、私にとってビジョンのつくり方で一番参考になったのは、『エンパワーメントの鍵』という本でした。

2020年2月9日日曜日

理解を深める6つの試行錯誤ツール



3学期も残すこと30日を切りました。みなさんは年度末に向けて、子どもたちの学習の成果を何で測っていますか? まさかの業者テスト平均80点以上!? 人がものごとを本当に理解したとき、学習が身についたといえるのは、学んだことを別の場面においても活用できること。そのひとつが「学習の転移」と呼ばれています。

WigginsMcTighe2011)は、学習の転移を生じさせるために、教育目標を3つに分類し、効果的な6つの学習者の試行錯誤ツール(mental manipulation)を紹介しています。これらを通して他の文脈においても学習が転移することを可能とし、深い理解が得られます。学習の転移を期待していない学習は、ただの知識のストックにしかなりませんね。

WigginsMcTighe2011)による教育目標の3分類

Acquisition 
基本的な知識と技術の「習得」のことです。この段階では、学習者は、学習内容の基本的なことを自動化できることが目標となります。学習の流暢さがなければ、使えるようにはなりません。例えば、基本的なかけ算九九を流暢に使えなければ、複雑な思考プロセスを要求される3けた÷2桁の小数のわり算の解法へと、効率的に進むことができないからです。ここでの教師の役割は、学習内容を伝達するティーチャーです。

Meaning Making 
物事を深く理解するには、学習者による積極的な知的作業を通した「意味づくり」が必要です。つながりやパターンを探したり、推論を行ったり、理論を形成したり、テストしたりすることです。ここでの教師の役割は、学習者自身の試行錯誤(意味をつくり出すプロセス)をサポートするファリシテーターです。

Transfer 
知識と技能を習得し、その意味を理解したら、別の文脈や新しい状況に効果的に「転移」させる能力のことです。ここでの教師は、陸上競技のコーチのような役となり、学習者自身が自立してやっていくことです。

これらの3分類を意識して授業計画をすることは、学習者が学んだことを長期記憶にとどめておくためにとても効果的とされています。暗記だけでは、学んだことが脳内で他のネットワークにリンクされていないとても弱く孤立している状態で、学習の転移は期待できないということです。★★

理解を深めるための「学習の意味づくり」には高度な思考作業が伴います。この理解は、教師による一方的な情報伝達ではできません。事実や手順といった知識・技能は教えることはできますが、理解そのものは学習者自身が頭の中に自分で構築しなければならないのです。新しい状況に知識を転移して運用できるようにするための効果的な6つの思考作業を以下に紹介します。

理解にむけた思考作業6ツール 〜知識づくりのmental manipulation

1 要約と統合
多くの情報の中から、優先順位の基準を設けて、それらの情報を新しく統合する知的作業のこと。具体例としては、ペア読書したことの要約、Twitterへの学習まとめ投稿、欠席者への学習説明書など。「どのようにあなたはこの知識を使用できますか?」「今まで理解していなかったけれども、今日、あなたが理解したことについて書いてください」

2 類似点と相違点
一定のパターンを認識することにより、その先を容易に「予測」できるようになります。1357・・・とつながる数値からこれまでの数列パターンから予想できます。このパターンを形成する基本的な方法の1つは、類似点と相違点を探すことです。
① 概念の特定
② その概念の例とちがう例を生徒に示させる
③ それらの共通点とちがい
④ +と−の例をさらに追加
⑤ クラス全体で肯定的な例と否定的な例を確認
⑥ その概念を示すデモンストレーションをさせる

3 シンボル化する
学習したことから、ラップをつくる、ボードゲームにする、PowerPointのスライドにする、動画を撮る、学習したことを使ったアート作品への応用など、さまざまな形式に変換します。

4 予想
予想があたると(生存の基本予想が正しいとドーパミンが出て)ますます予想作業は強化されるため、すべての生徒が予測を行うことが重要です。小学校3年生の理科では、子どもたちに、示した物の中でどれが水槽に浮かび、どれが沈むかを予測させてみます。中学校国語教師は、小説の題名に文学的な特徴がどのように反映しているのか生徒に予測させたりします。ミニホワイトボードに予測を書き込んだり、賛成または反対の合図をしたり、スマートフォンアプリを使用もします。全ての生徒は自分の予想が正しいかを知りたがっているからです。

5 図にする
目に見えないものを「見える化」することによって、新しい情報の理解を助けてくれます。マインドマップ、物語構造図、ベン図など、生徒が独自に図式化することで、積極的に意味を構築することができるようになります。

6 質問をする
学習者に、持続的な探究と意味づくりを促進するために、正解が多様でありインターネットで検索することはできない問いを投げかける。「芸術は文化を形作るだけでなく、どのように反映しますか?」「これは誰の「物語」ですか?」「効果的な問題解決者は、スランプになったときに何をしますか?」「技術が変わると誰が勝ち、誰が負けますか?」「老化は病気ですか?」


どうでしたか? 授業のまとめに使えそうなことはありましたか? 理解を深めるために、年度末の学習のまとめに試行錯誤のツールを組み込んで、学習者自身が知識を構築するアウトプットを意識的にデザインしてみることをオススメします。



Jay McTigheJudy WillisUpgrade Your Teaching Understanding by Design Meets Neuroscience」のChapter5 Teaching Toward AMTを参考にまとめてみました。


★★ この本は、脳科学をもとにした学びを体系化したもので、いたるところに学習に関する脳科学の情報が紹介されています。特に、この学習目標では、学習者の事前知識を有効活用することがとても効果的とされています。事前に知っていることが刺激されていないと脳内でリンクするものがなく、記憶に残らないからです。短期記憶は一時的なものでしかなく、精神的に操作(思考)された場合のみ、長期記憶へと変換されます。その際、学習者が読書、聴覚、視覚化、運動など様々な感覚を使って学習する方法が効果的です。このような感覚刺激は、短期記憶の活性化させ(樹状突起、シナプスを介して)、つながりを増やし、長期記憶を構築します。6つのツールを使って、脳内にさらなる精神的な負荷をかけることで短期記憶を統合し、転移可能な知識を備えた長期記憶ネットワークへと結びつけることができるようになります。



2020年2月2日日曜日

あれもこれもではなく、取り組むことを減らす!


 学校や授業をよくするために、一番大切なことは何でしょうか?

 Leading with Focusという本は、やることを増やすのではなく、減らすこと。焦点を絞ることだと主張しています。
 しかし、文科省のアプローチは「あれもこれも」の増やすアプローチを長年とり続けています。(それを揶揄して、現場の先生方は「不変と流行」という言葉で、「どうせ流行はすぐにウヤムヤになるので、しばらくおとなしくしていればいい」と腹をくくっています。)どれだけの流行が過去20年ぐらいでもあったでしょうか? 「生きる力」「新しい学力観」「指導と評価の一体化」「総合的な学習の時間」・・・そして最近では、「アクティブ・ラーニング(主体的かつ対話的で、深い学び)」「英語教育」「プログラミング教育」「道徳教育」「探究学習」・・・これらのどれだけが果たしてすでに「死語」になっているでしょうか?

 あなたは、『7つの習慣』という本をご存知ですか? 90年代の半ばにベストセラーになった本です。★ 「成功する人たちがもっている7つの習慣を明らかにした」というようなサブタイトルがついた本です。最初の3つは、個人レベルに関して、です。

第一の習慣・主体的である
第二の習慣・終わりを思い描くことから始める(Begin with the End in Mind)★★
第三の習慣・最優先事項を優先する

 あなたは、これら3つを日々学校で実践できていますか?
 今回のテーマは、第3の習慣です。
 「最優先事項を優先する」 ~ 言葉でいうのは容易ですが、これを実行することは(特に、学校では?)かなり難しいかもしれません。しかし、2つ以上の最優先事項があると、失敗を約束することになります。しかも、それらの最優先事項の失敗だけでなく、他にたくさんやらなければならないことも、です。(このことが、学校および授業をなかなかよくできない最大の要因といえるかもしれないのに、文科省(や教育委員会や管理職)は何年経ってもこのことに気づけません!)
 「最優先事項を優先する」を実現するための方法として『7つの習慣』は、次のようなことを提案してくれていますが、あなたは実行できていますか?(~以降青字は、筆者のコメント。)
① 第2の習慣を身に付けたなら、それを具現化し、自由意志を発揮し、毎日の瞬間瞬間において実行する。 ~ どれだけ「自由意志」を発揮できていますか?
② 価値観に調和した生活を送るために、効果的な自己管理を行う。 ~ そのほとんどは、タイム・マネジメントということになります。
③ 重要だが緊急でない活動を行う。~ 何が重要で、何が重要でないかを見極められる? ウ~ン、これは容易ではありません! まさに、クリティカル・シンキングです。下も!
④ 重要でない活動に対してノーと言う。
⑤ デレゲーション。人に仕事を委任する。 ~ あなたは授業のどれくらいを生徒に任せていますか? 任せられると思いますか?

 個人レベルでこれらを実践することは、とても大切ですが、学校の場合は、それをいかにして組織レベルでやるかという一層ハードルの高いことに挑戦することになります。この点については、『7つの習慣』の残りの4つの習慣よりも、Leading with Focusの方がはるかに参考になります。
 効果的なリーダーシップを5つの段階で紹介してくれています。

1. しっかりリサーチする ~ 情報を集めて、何が大切なのかを見極める。これがいい加減だと、この後すべてのステップが徒労に終わることになります。個人レベルでも、組織/学校レベルでも、これがちゃんとやれているところはとても少ないです。
2. 減らす ~ たくさんの可能性の中から、最も重要なものを選び取る。リーダーはもちろん、スタッフも最重要なことに絞る必要があります。それは、二番目、三番目(あるいは、それ以下)のものに時間を費やすことは、一番目の優先事項に費やす時間を奪い取るからです。(文科省は、一度に「アクティブ・ラーニング(主体的かつ対話的で、深い学び)」「英語教育」「プログラミング教育」「道徳教育」をと言っているわけですから、「何もしなくていい」と暗にメッセージを発信していることになります!!)一つだけでも、しっかり身につけてやれるようになるには、相当の時間がかかります。まず、それをしないし、しかたもわかっていません。結果的に、「総合的な学習の時間」は20年以上経っても、当初の思惑とは程遠い実践しかできていません(そして、いまとなっては消えゆくだけ?)。
3. 明確にする ~ 優れたリーダーは、このような文科省や教育委員会の打ち上げ花火を見通して、一つないし多くても二つのことに焦点を絞ります。焦点を絞ることが、練習を通して身につけることにつながります。しかし、それは残念ながら既存の校内・校外研修には存在していません。行われている教員研修は、大雑把で、表面的で、曖昧です! 要するに、フォーカスされていない!!
4. 繰り返し練習する ~ 日本の教員研修を「繰り返しの練習」と捉えて実践されている例はどれほどあるでしょうか? 「一度の話を聞けば、わかる/できる」という錯覚(というか幻想)の下に行われているものがほとんどです。それでは、授業の悪いモデルとして行われているだけです。https://projectbetterschool.blogspot.com/search?q=%E3%82%B5%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88の表を思い出してください。ここでは、スポーツや趣味の世界では当たり前のことを、教え方に応用するイメージが一番わかりやすいと思います。スポーツや趣味の世界では、繰り返しの練習とコーチングがすんなり受け入れられていますから。教育も同じです! (モニタリングとフィードバックは、ステップ5のテーマです。)
5. 継続的にモニタリングとフィードバックをする ~ 「一度の話を聞けば、わかる/できる」の幻想で教員研修も授業も行われていますから、これが存在しないのが日本の教育界です。また、研究授業を中心にした研修や人事考課の体験が悪いことも要因です。モニタリングとフィードバックが役立つ/楽しい体験として捉えられていませんから。おすすめは、「大切な友だち」です。https://projectbetterschool.blogspot.com/2012/08/blog-post_19.htmlこれなら、両者に受けること請け合いですから。

 以上は、学校/組織レベルを中心に説明しましたが、これの個人レベルは、
https://wwletter.blogspot.com/2018/01/blog-post_26.html の図を参照してください。
 今回紹介した「焦点を絞ること」はとても重要なのに、日本の教育界は軽視どころか無視し続けています。その方が、仕事をしているように装えるから(忙しい方がいいこととされているから)? それとも、単に皆が思考停止に陥っているからでしょうか?

★ 私は同時期に知った『エンパワーメントの鍵』の方を、はるかにおもしろいと思ったので、そちらを訳しました。
★★ この「終わりから逆算して行動する」を実践したら、「教科書をカバーする」アプローチは取れないです。終わった段階で、カバーした内容を身につけている生徒は極めて少ないですから。そうではなくて、https://sites.google.com/site/writingworkshopjp/teachers/osusumeで紹介しているライティングとリーディング・ワークショップ関連の本や、『だれもが科学者に慣れる!』のアプローチだと、年度末に自立した学び手(書き手、読み手、探究者、思考者)になることを目標に設定して、教科書も活用しながら取り組みますから、結果的に子どもたちは教科書の内容の何倍も学ぶし、身につけることになります。まさに、生徒たちが主体性やオウナーシップをもって学び、エンパワーされるので深い学びが実現されるからです。http://projectbetterschool.blogspot.com/2020/01/blog-post.html

参考: 『Leading with FocusMike Schmoker
    『7つの習慣』スティーブン・R・コヴィー

2020年1月24日金曜日

教科書は教材のひとつ

最近ある本の「あとがき」に次のようなことを書きました

 「学校」という言葉から連想されるものとして多くの人は「教科書」を第一に挙げるのではないでしょうか。ただ「教科書」には一般的なイメージとして、退屈で面白くないという印象もともなうように思います。

 そのような退屈な教科書もわが国では、その宿命として、学習指導要領が変わるたびに一新され(ほぼ10年周期)、その間、改訂版が出されるとしてもそのときどきの社会情勢や新たな知見とは3,4年のずれが生じることになります。特に大きな影響があるのが理科、社会科だろうと思います。
 最近、『「鎖国」を見直す』荒野泰典/岩波現代文庫2019を読みました。
 この本は、現在でも我が国の多くの人が、江戸時代は「鎖国」状態にあったと信じている常識が「実はそうではありませんでした」と史料をもとに解説しています。長崎におかれた出島を通じてオランダなどとの交易があったことは私たちも学生時代に学んだことですが、実は長崎以外にも、対馬、琉球(これは主に薩摩藩)、松前の3か所が交易の窓口として開かれていたというのです。筆者の荒野さん曰く、「江戸時代にはこれら4つの口」があり、そこから海外の産品や情報が出入りしていたようです。私たちのイメージとしては、厳しく海外との交易は制限されていたのが江戸時代だという感じではないでしょうか。
 その原因の一つとして、荒野さんは次のように指摘しています。

江戸幕府の正史である『徳川実記』という資料のなかに書かれていた「異国渡海之禁」を日本史研究者の山本博文さん(東京大学大学院情報学環教授、史料編纂所教授)の指摘があるまで、多くの研究者がすべての日本人の海外渡航を禁じていたと誤読していたため、それが長らく私たちの発想を縛ってきたというのです。

また、別な要因として、明治政府が自らの立場の正当性を主張するために、ことさら江戸幕府の施策を貶め、「鎖国」→「開国」の流れこそ、新しい国造りという「坂の上の雲」的な精神に合致すると考えたことも影響しているようです。
このように「鎖国」という歴史上の一つの出来事をとってみても、研究の成果によってその解釈が変わってくることがあります。教科書の記述はその制作された時点での事実に基づいたものであり、絶対ではないということです。

また、「鎖国」を暗記すべき項目として捉えるならば、何の面白みもない学習になります。ところが、「鎖国」を問いの出発点として、ダイナミックな人間社会の営みを描き出すこともできるのです。しかし、教科書の限られたスペースでは、このような面白い人間ドラマを描くことは不可能です。ですから、教科書の語句だけを追う授業では無味乾燥なものになってしまうのは当たり前です。他の教科にしても、重要な部分だけを決められたスペースに入れ込むために、どうしても「退屈で面白くない」ものになってしまいます。
したがって、これから求められる授業とは、たとえば、この「鎖国」を出発点として、縦横無尽に人間社会の営みを描き出す広がりのある探究型の授業が基本になるものでしょう。

そのような授業では、教科書はたくさんある資料の一つという扱いであり、単元の学習内容に関連する資料を様々なところから集めてくる必要があります。アメリカの学校での実践事例では「テキストセット」という形式のものがあります。これは、教師(または図書館司書)によって作成されたあるテーマに関するさまざまなリソースで構成された資料のコレクション(セット)のことです。こうした資料をもとに、生徒はそれぞれの探究課題を追究することになります。 

理科においても、すでにこのブログでも紹介されている『だれもが<科学者>になれる』(新評論)のような探究型の授業がスタンダードになる必要があります。

また、教科書は今後も学校教育のなかで、形はどうであれ、引き続き主たる教材として使用されることになると思いますので、それをいかに効果的に利用していくか、その点も忘れてはならないと考えます。その話は次回、私の担当する回ですることにします。

2020年1月19日日曜日

深い学び 再考


 「深い学び」については、https://projectbetterschool.blogspot.com/2017/03/blog-post_19.htmlで触れています。しかし、すでに形骸化してしまったというか、「不変と流行」の流行として洗い流されてしまったのでしょうか?★ 学校現場でその言葉自体聞くことはあるでしょうか? 先生たちは、日々の実践でどれほど意識しているでしょうか?

「主体的、対話的で深い学び」は、このブログが始まったときから、その言葉はあえて使っていませんが、中心テーマの一つであり続けています。
たとえば、先週の「PLC便り」も、それを見事に実践している授業の紹介でした。
そして、「主体的、対話的で深い学び」が起こっている時に、教師がしていることと生徒がしていることの違いを明確にしています。(教科書中心の一斉授業との対比で。)

 これらを別な言葉でいうと、生徒たちがオウナーシップをもった授業であり、エンパワーする授業です。(両方とも、カタカタですみません! 概念自体が、日本の教育では乏しいので、いい日本語にまだなりません。)
 「オウナーシップ」は、「自分のものと思えること」です。「主役意識がもてること」です。「エンパワー」は「力を与える」や「権限を委譲する」と訳されることが多いのですが、「人間のもつ本来の能力を最大限にまで引き出す」ことです。

 これら2つについて言及している資料を二つ紹介します。
 一つは、いま訳していて3月に発売予定の『あなたの授業が子どもと世界を変える ― エンパワーメントのチカラ(仮題)』の中に描かれている図(76~77ページ)です。(たまたま、ゲラ校正をしているのでコピーできました!)

 あなたは、図に納得したでしょうか?
 数学教師の井本さんの授業には、最初の「選択」はありませんでした。井本さんが提示した「良問」を解くことしか、生徒たちは許されていませんでした。しかし、みごとなぐらいに、「オウナーシップ」はもっていましたし、「エンパワー」されていましたし、「深い学び」をつくり出していました。
 しかし、教師の役割は、常に良問を提示することでいいのでしょうか?
 あなたは、他にどのような質問や疑問をもたれましたか?
 図に示されている順番には、納得できますか?

 もう一つは、このブログでだいぶ前に紹介している絵本の『てん』から私が導き出した(というよりも、『エンパワーメントの鍵』で紹介されていた)図です。
 その図も、カタカナばかりですみません。
 このサイクルを回すことによって、人がどんどんエンパワーされることは理解できると思います。
 さらには、最初は「クリティカルな問いかけ」は教師からされるわけですが、サイクルを回し続ける(練習する)ことによって、徐々に自分で(ないしは、クラスメイト相互に)問いかけられるようにもなります。

 教師ないし教材が主役の授業から、生徒たちが主役の授業にはやく転換しないと、いつまでたっても正解におどおどする生徒たちを拡大再生産するだけです。(後者の「生徒たちが主役の授業」が、「主体的・対話的で、深い学び」の中身だと思うのですが、言い始めた人たちはそのことを理解していたでしょうか?)

★ 文科省のすることは、宿命的にそういうところがあります。しっかり普及・定着させるノウハウをもっていないので。もちろん、それは本気度も問われます。自分たちはアドバルーンを上げるのが役目、と考えている節が多分にあります。また、責任者がいないという大きな問題も。言い出した人たちは、数年でどこかに異動してしまいますから。そういえば学校(特に管理職)の人事もそうでした。
少なくとも、文科省や教育委員会が上で書いたようなエンパワーする組織になっていないことは確かです。それをモデルとして示すことが一番大切なのに、そんなことは頭のどこにもありません。そして、エンパワーの真逆の「従順、服従、忖度」をまき散らす組織になっています。困ったものです。学校や授業は大丈夫ですか?

2020年1月12日日曜日

NHKのプロフェッショナル仕事の流儀 数学教師の井本さんの授業を考える


先日、NHKのプロフェッショナル仕事の流儀をご覧なりましたか? 数学教師の井本さんの紹介でした。
プロフェッショナル 仕事の流儀 答えは、子どもの中に~数学教師・井本陽久~
見逃してしまった方は、再放送 114日火曜日 午前020分〜NHKでご覧ください。

生徒たちが夢中になって学ぶ姿がとても魅力的でしたね。考えることそのこと自体が「自分たちのもの」になっていました。生徒たちは教室内を自由に歩き回り、井本先生がまるでいなかったかのように、問題について夢中になって話し合い、考え合っていました。そう、学習者中心の授業でした。

今回のPLC便りは、なぜあのような姿が生まれるのか? 井本さんの授業づくりについて予想してみます。

従来の一斉授業と比べてみると、その特徴がとてもわかりやすいため、下にリストを作ってみました。すでに放送をご覧になった方は、下のリストを読む前にペンをもって、一斉指導型の授業との違いについて考えてみてから、読んでください。
(リストは、前半は一斉授業にありがちなこと、後半が井本さんの授業でVTRから見取れることを/(スラッシュ)で分けています)

教師について
・教科書の問題を扱っている/先生が教えたい問題を扱っている
・たくさん問題をとく/一つだけ問題をとく
・教えることがいっぱいある/考えさせたいことをしぼりこんでいる
・答えのある問題しか扱わない/答えがない問題を多く扱う
・知識をカバーする/知識を少なくして学びのプロセスをつくっている
・間違いをできるだけ減らす/間違いを歓迎して活かそうとする
・正答を誰が発言するかを予想する準備している/間違えを予想して徹底して準備している
・分からないと進めないから教える/分からないことは夢中になれると考えている
・先生は教えることに忙しい/先生はひまなのでうろうろしている


生徒の様子
・教師に指名されて発表する/勝手に考えを共有しようとする
・自分の席で独りで学ぶしかない/教室内、自由に立ち歩き、どこで誰とでも学び合える
・言われたことをうつす/自分で必要なことを書き出す
・先生が満足/生徒がぷるぷるしている(幸せを感じている)

どうして井本さんのような授業が可能なのでしょうか? 教科書を使わないとこうなるのでしょうか? 多くの教師は教科書を使って(に頼って)よりよく教えようとしています。もし、その教科書をとっぱらって、あなたが本当に教えたいことを教えていいとしたら、一体何を教えますか? それを何で見取って、そのためにどんな教材を選択しますか? あの授業には、教科書はありませんでしたが、生徒の「学びのプロセス」をつくっていました。つまり、何をよりよく教えるのかではなく、人はどのように学ぶのかがよく理解されている授業でした。

この授業のしかけのひとつは、教師が配った問題にあります。一つの授業でたった一問だけ。そのぶん、じっくり考えさせるものです。難しいからこそ誤答をふり返り、修正し、一人では解けないことで仲間同士の交流が自然と生まれ、関係性を引き出し、さらに問題に夢中にさせてしまうんですね。これはうまいやり方です。この授業は何かを教える教師主導型の授業ではなく、生徒に考えさせたい学習者中心の授業なのです。

作家の時間、読書家の時間を算数授業に応用した「数学者の時間」に取り組んでいる先生たちは、このように生徒を夢中にさせてしまい、答えが一つに限らない問題を良問と呼んでいます。同じように1時間でたった1問だけを扱います。ときにはその問題だけに、4時間もかけることだってあります。それでも、子どもたちにとって挑戦しがいのある問題となっています。

きっと、問題を用意している井本先生自身がその問題を本当に好きなのでしょう。その熱量によって、生徒たちは誰もがついうっかりと問題へ誘い込まれてしまいます。だからこそ、井本先生は生徒たちがどのように解いたのか、また間違えたのか、その解答に夢中になれるんですね。VTRでは休日にもかかわらず、朝から晩まで夢中になって授業準備をしている姿がありました。その生徒たちの一見正答のような誤答例を使って、さらに深く考えられるように問題を準備していました。先生自身が自立した学び手であることがなによりも伝わってきます。

「間違えの中にこそ発見がある。その発見が面白い。面白いから生徒は考えることに夢中になれる。その夢中は、人を自然と試行錯誤する人へと高めてくれる」、問題はそんな井本先生の哲学があります。「自分で考えない限り、教師が教えたことは身につかない」と繰り返し訴えていました。言われたことや教えるべき事をカバーするのが先生の仕事と思っていません。生徒に考えさせることが教師の仕事だと、その矜持が伝わってきます。

教科書をカバーすることだけに縛られず、よりよい問題を扱っていくことはできないのでしょうか? 私たち多くの教師は、教科書をいきなり捨てることはできませんし、そう簡単に良問を用意もできそうにありません。どの教室でも、現行のカリキュラムを活かしつつ、よりよい学習者中心の授業を実践する算数ワークショップ「数学者の時間」を、今年中に提案する予定です。「数学者の時間」でも、同じように子どもたちは考えることをもがきながら、楽しんでいます。こういった授業をつくれるように、計画的なミニレッスンで短く教え、試行錯誤できるワークタイム、それを支える教師の個別カンファランス、考えの道筋を記録する数学者ノートを活かし、深く考え、学びを共有し合うことを目指します。今年の出版、期待していてお待ちください。



井本先生は、毎朝、学校で生徒たちに会えるのを楽しみにしていました。先生自身が教えたいことを教えたいように、自由に、ありのままに活きる姿が、生徒たちをもまた魅了しているのかもしれません。数学を通して、自分を信じ、認め合おうと輝こうとする生徒たちに、愛情を伝えているんですね。

皆さんはこの授業のハイライトはどこにあると予想しましたか? よい授業を紹介されると思考が刺激されますね。まだの方は今週の再放送があります。是非ご覧ください。よかったら、ご意見、ご感想をお聞かせください。

2020年1月5日日曜日

2020年。あなたたにできることは何ですか?

新年、あけましておめでとうございます。

2020年。オリンピック・イヤーの幕開けです。

まだ小さかった私には、1964年の東京オリンピックの時の記憶はほとんどありませんが、当時の日本人が抱いていた高揚感のようなものを感じたことを覚えています。なんだかよくは分からないけど、明るい未来が訪れるような、そんなワクワクした気持ちに胸が高鳴ったものです。

戦災からの復興と国際社会への再デビュー。高速道路も新幹線も全て東京オリンピックを目指して作られたインフラでした。いわば、戦後日本の高度経済成長の礎を築いた大会だったと言えるでしょう。

あれから、50年以上の年月が流れて、迎える2020東京オリンピック。1964年当時は、国全体がナイーブに肯定していたのでしょう。オリンピックに対する捉え方もずいぶん変わりました。多様で、複雑な価値観が取り巻くようになってきた。皆さんは、どのような思いを抱いて、この大イベントを迎えますか?

1964東京五輪へのノスタルジーに浸る人もいるでしょう。商業主義のスポーツ大会に何の意味があるのか、強い疑問をもつ人もいるはずです。選手目線で考えると、もっと純粋なものが見えてきます。自分自身の限界への挑戦、努力、チームワーク、絶叫、感動。スポーツには人の心を動かす様々な要素があります。

皆さんは、どのようなスタンスでこの大イベントに接しますか。オリンピック反対の論陣を張って、SNSなども活用しながら、世論に訴えて行きますか?それも一つの方法でしょう。仲間を募って、デモ隊を組織しますか?日々、テレビにかじりついて、日本選手に声を枯らして応援を送るのも、一つの選択です。オリンピック観戦を契機にして、ジョギングを始めて、健康で豊かな人生を送ろうと決意する人もいるでしょう。

しかし、どのような反対意見があろうが、どのような賛成意見があろうが、確実にオリンピックはやってきます。私たちが抗うことができないところで、進んでいく物事はたくさんあるのです。

賛否の議論は大切です。大局を見た議論や学びは不可欠だと思います。一方で、今自分にできることは何か、考えて行動することも、同じように大切だと思います。

「意見が一致しないので、自分は何もやらない。」つまり、ゼロかイチかといったデジタル思考のみでは、この複雑な時代を前に進めることは困難だと思います。

今、学校教育も、複雑で混沌とした時代に入ってきました。

本質を見極める議論はもちろん大切ですが、この大きなうねりの中で、今、私たちにできることは何かを考えて行動していきたいものです。

“Do one thing everyday that makes you happy.” ★

今年もよろしくお願いします。

★Elena Aguilar (2013) The Art of Coaching, Jossey-Bass, p40.