2022年3月20日日曜日

先生同士で「学年開き」をやろう

いよいよ学年末。私たち教師にとっては一年間の成果と達成感、そしていくばくかの反省とともに子どもたちとの別れを惜しむといったそんな季節。そして、来年度の人事も気になるところ。どの学年、どんな同僚と学年を組むのか、噂話を耳にしはじめる季節でもあります。今が一番、期待に燃え「来年こそは!」と思いを新たにできる時期ではないでしょうか。

 

しかし、新年度の学年主任がとても管理的で、「やりたいと思っていたワークショップ授業の実践にブレーキがかかりそう」「学年なんでもそろえないと怒られそう」「いっそのこと、こっそりやってしまおうか?」 と、不安は尽きません。しかし問題の多くは、コミュニケーション不足だったりします。事前のちょっとした確認不足が誤解を生んでしまい、せっかく思いをもってよく学び、取り組もうとしていることなのに、同僚に否定されてしまうことだってあります。

 

新しい学年が発表された時、お互いどんな教師なのかはまだ分かっていないことがほとんどです。まずは先生たち同士が、気軽に話し合える関係性を築くことから始めてみませんか。学年内の心理的負担を減らすためにも、学年の先生を理解し、そして理解され、学年の先生と一緒に取り組めるための協力関係を耕すことです。何より、わかってくれる人が身近にいることが実践を続ける中で一番の励みとなるはずです。

 

 

 

そこで、新学期に向けて「学年開き」をしかけてみましょう。子どもたちとではありません。まず、先生同士の学年開きからです。自分は何者なのか、学年として子どもたちをどんなふうに育てていきたいのか、そんな思いを共有することから始めましょう。始業式が始まる前までに、学年内で1時間ほど時間をつくり、お互いの自己紹介から始めます。新学期の準備期間は様々なやるべき事は多いのですが、その多くは学期が始まってからでも可能です。今、学年団に必要なことは、お互いを知り、わかり合うことです。

 

ウォーミングアップにおすすめのテーマは、「その担当する学年だった子どもの頃の自分」です。誰にもある若かりし頃。その当時を思い出し、自分を少しだけ開いてみる経験をしてみます。当時の自分がどんなことを考えていたり、どんなことを夢中だったのか、それをもとに今度、出会う子どもたちとは、どんなことを大事にしたいのか改めて考え直すきっかけをつくります。もちろん話したくないことは自己選択することを事前に確認しておきましょう。そういう安心感の中で対話をする文化をまずは学年内に築き上げていきます。

 

実際に小学校時代の思い出の一品を用意して話し合うと実に面白いものです。ベテランな先生ほど、「まさか○○先生がその漢字ドリルでそんなことをしていたなんて!」といった話題も出てきますし、また、それを聞くのも楽しいものです。秘密を共有するかのように自分を開き、オープンマインドで話し合うことで、お互いどんなことを大切にしている教師なのか少しずつ分かり合えるきっかけをつくっていきます。

 

ここには学年に関わる全ての先生、支援員といった、あらゆる人たちを巻き込むことです。その人たちは学年の願いを委託する人ではありません。一緒に子どもたちたちと学年をつくり上げていく人なのです。大人の声、一人ひとりの声を大切にしていく。こういったことがまず先生同士でやれることで、子どもたちへ民主的なモデルとしての一歩となるはずです。

 

ここで、注意したいことがあります。自分のやりたいことをエンジン全開と打ち明けてしまうと、よけい怪しまれます。まずは同僚の人となりを理解することからです。関係が築き始めてから、「相談」とう形で投げかけていけばいいのです。時には、否定される不安もあるかもしれませんが一方で、率直に伝えた方が、のびのびとやれるように助けてもらえることが多くあるはずです。関係性の浅いままで、同僚の知らないところで勝手に何かやっているから、不審がられるのです。

 

年度の初めにつくった共通の学年のテーマやめあては、目の前の子どもたちを見てつくられたものではありません。次に5月の学年会で、学年のテーマやめあてをメンテナンスしていく必要があります。大事にしていたことできたことやもう少しこうしたかったことなどを毎回、話題にしていくことです。学年の願いは、具体的な日常とつなげてこれを話し合わなければ前に進むことはできません。

 

新学期は大人であっても心理的に不安になる時です。そんな不安を受け止めてもらったり、今後、支えたり、支え合ったりするため、学年の先生と「一緒に話しませんか?」と声をかけることからはじめてみませんか。いつも怪訝な顔をしていた先生ほど、自分の話を聴いてもらうことで、その鎧がとけるかのように笑顔となるものです。先生同士の関係性のストレスから少しでも解放されるように、また自分が居心地良く働けるように、新学期できることはありそうです。

2022年3月13日日曜日

『もしもあなたがコロナに感染したら』 6年道徳

   213日(日)のPLC便りを拝読し、道徳で、コロナ感染に関する授業をしてみました。実施したクラスは、6年生の1クラス。普段は英語を担当しているクラスです。(私は学級担任ではありません。)

 元々、その時間は不在担任に代わり、「差別や偏見」をテーマに道徳の授業をすることになっていました。前々週、6年生にも陽性者が出ていたのでタイムリーな教材と判断して取り組んでみました。

 飛び入りの道徳。いつも担当している英語の授業では、あまり話し合ったり聴き合ったりという活動がなく、しかも1時間目だったので、子供たちは戸惑ったかもしれませんが、概要は以下のとおりとなりました。(T:教師 C:児童)

 

T「学校からのメールには、陽性者が出ましたと書かれるが、名前はでないよね。どうしてだと思いますか。」

C「いろいろ噂される。」「誹謗中傷が起こるからでは。」

T「今日は、『コロナの感染について考えよう』というテーマで道徳をします。」

 「もしも、あなたがコロナに感染したら、①周りの人にしてほしいことは何ですか。②反対にしてほしくないことは、何ですか。理由も教えてください。」

二つの問いが書かれたワークシートに自分の考えを書き、その後発表してもらいました。

ワークシートに記入しながら「これは差別につながる」とつぶやいている子もいました。

<あなたが感染したとき、してほしいこと>

C「友達には、近づかず離れておいてほしい。うつしたくないから。」

C「予防してほしい。自分のせいで感染してほしくないから。」

C「そっとしておいてほしい。感染理由や症状を聞かれるといやになるから。」

C「『大丈夫?』などの、優しい言葉をかけてほしい。不安だから安心できる。励ましになる。」

C「でも、あまりしつこく優しい言葉をかけられるのは、嫌だ。特別な感じがして変な感じがする。普通に休んだときと同じように、いつもどおり接してほしい。」

T「優しい言葉はかけてほしいけれど、コロナだからといって特別なのは嫌なんだね。」

<あなたが感染したとき、してほしくないこと>

C「差別をしてほしくない。」

C「感染した人がだれか、探さないでほしい。避けられたり差別につながる。」

C「感染理由を聞かないでほしい。自分はちゃんと予防している。感染するのは仕方のないこと。」

C「ウイルス扱いをやめてほしい。自分は人間だ。」

C「避けたり、仲間外れにされたりするのは嫌だ。差別されている。」

CSNSなどで、○○がコロナになったなどと拡散してほしくない。差別されそう。」

C「差別したいならすればいいけれど、自分が差別されても文句はいえないと言いたい。」

T「差別する人は、自分が差別される可能性が高くなるということかな。」

T「あなたは、自分が感染した後、学校に来なかった理由を聞かれたら、コロナに感染していたと答えますか。」

C「答える。軽く『ごめんな。』と言って、『俺、コロナに感染していた。でももう大丈夫。』と、普通に言う。だって、感染は悪いことをしたわけじゃない。」

C「私も答える。黙っていたら、隠し事をしたみたいになる。あとで分かったら、なんで言ってくれなかったの?と友達関係が悪くなるかもしれない。」

C「ぼくは言わない。やっぱり差別されるかもしれない。『あいつ、コロナだったらしい。』と言ってうわさが流されるかもしれない。

T「このクラスの中だけでも、感染したことを話す人と話したくない人がいます。コロナに感染したことで、差別されるのを恐れている人もいます。そういうことも考えて、今度は、周りの人になって考えましょう。コロナに感染した人があなたの周りにいたら、どういうことをすればいいと思いますか。どういうことはしない方がいいと思いますか。ワークシートに書きましょう。」

<コロナに感染した人に対して、自分がどうするか>

 授業の締めくくりとして、書いてもらいました。すべてが、「そっとしておく」「大丈夫?など、体調を気遣う言葉をかけるが、普段通りの態度にする」というものでした。

 

コロナ感染は、あくまで差別や偏見について考える手段の一つであると考えます。コロナ感染をとおして、差別や偏見がなぜ起こるのかを、もう少し子供たちと考えたいと思い、もう1時間、以下のことを考えてもらいました。

(1)コロナに感染した人に対する差別が、なぜ起きるのか。

(2)差別をなくすことはできないのか。

 

<コロナに感染した人に対する差別が、なぜ起きるのか>

T「あなたは、コロナに感染した人が差別された話を見たり聞いたりしたことがありますか。」・見聞きしたことある2名 ・見聞きしたことない23名。

C「高校生が仲間外れのいじめにあったニュース。」

T「差別が起きたことを知っている人は2人しかいないのに、みんな差別がおきるって考えている。おかしいね。なぜだろうね。そういうところも考えたいけれど、今日は、同じ伝染病のインフルエンザでも差別は起きないのに、どうしてコロナだと差別が起きるのか、そのことをについて意見を聞いてみたいと思います。なぜだと思いますか。」

C「恐怖心」

C「薬がない」

C「治らないかもしれない」

C「死者が出ている」

C「よくわからない病気」

C「感染したときどうしたらいいか分からない」

<差別をなくすことは、できないのか>

T「感染するのが怖い。だから排除、仲間外れにするという考えなのですね。ワクチンはあるけれど、100%感染予防できるわけではないし、完全に治る薬もないね。コロナ感染だけでなく、世の中に差別があるのを聞いたことはありますか。」

C「ある。障碍者の差別とか。」

T「差別って、なくすことはできないのでしょうか。」

C「できない。」「むずかしい」

C「できるけれど、時間がかかる。」

C「なくせるかどうか、分からない。」

T「なぜ?」

C「人間には悪い心がある。」

C「差別する人が、悪いことだと納得、理解するのに時間がかかる。説得するのに時間がかかる。」

C「世界は広い。いろんな人がいる。人が多いから説得するのに時間がかかる。」

C「心がよごれている。」

C「道徳を学んだらよい。よいこと悪いこと。」

T「よいことと悪いいことを判断することを『理性』といいます。」

C「でも、学んでも『きらい』とか、感情があるから無理だ。」

C「感情は無意識に出る。」

C「くせは、直しにくい。」

C「むりやりなおすべきだ。」

C「差別とかは集団でする。まず周りの人を説得して、中心の人を一人にする。一人だと差別はしにくい。」

T「あなたも、コロナに感染する可能性がある。ということは、差別されるかもしれない。差別されてもいい人は? いませんね。どうすれば差別がなくなるのかを考えることは、自分を差別から守ることにもなると思いますよ。」

 

 差別をなくすには、まず理性を育てること。次に感情に負けてしまわないようにすることを子供たちは指摘しているように見えました。

学校から配信されるメールには、(保護者スマホに、学校や市教委からメールを配信するシステムができています。)「誹謗中傷やプライバシーの保護には十分お気をつけください。」という決まり文句が書かれています。そのため、子供たちは「誹謗中傷」「プライバシー保護」という言葉は、知識としては知っています。

しかし、誹謗中傷とは実際にどんなことが発生したのか、プライバシーとはどういうことなのかは、実感としては分かっていないと思います。配信文を教材として読んでみる。いったい誰がどんなことを誹謗中傷するのか。「あなた」は、あるいは「あなたの家の人」は誹謗中傷やプライバシー保護に努めないのか。学校は保護者を疑っているのか。反対に知りたいこと(陽性者の名前)を知る権利はないのか。(憲法ともつながります)陽性者の名前を知ろうとする保護者は、だめなことをしているのか。配慮のない自分勝手な人なのか。

陽性者の匿名問題を扱ったとしても、いろんなことができそうな気がしてきました。

コロナ感染は、来年度も収まらないかもしれません。行事の中止と感染。その中から差別につながる事象が浮かぶかどうか、先ほどの陽性者匿名問題なども含め、自分に自己の生き方を突きつけられた状況になる学習が、道徳には必要だと感じました。

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 以上の実践報告を送ってくれたのは、S先生です。最初は1時間のみの記録でしたが、「もう1時間やれたらいいですね」という返信に対して、なんとかやりくりして2時間続きの実践になったので、(内容はともあれ?)紹介しないわけにはいかなくなりました。今の問題を扱う価値は、教科書教材をカバーするだけの授業よりも何倍もあると思いますから。

2022年3月6日日曜日

新刊紹介『感情と社会性を育む学び(SEL)』

 二人の紹介文を載せます。

 一人は、翻訳協力者の佐野先生ので、もう一人は、訳者の一人の大内さんのです。

 

  佐野先生の紹介文

あなたのクラスの生徒は安心して教室の席に着けているでしょうか? 苦しいときに誰かに助けを求めることができているでしょうか? 私たち大人は学習活動に注目するばかりに、生徒たちの感情を置き去りにしてはいないでしょうか? そして自分自身の感情も。

教師は生徒の幸せを願って、多くの学びの場を提供しますが、それらは往々にして認知(知識)的なものに偏りがちで、感情的なものが取り扱われることはほとんどありません。認知的思考も感情的ふるまいも同じ一人の人間のなかで起こっていることで、それぞれが大きく影響し合っていることは、私たち大人が毎日のように体感していることです。

生徒によりよく学んでほしいと心から願うのであれば、目に見える現象だけでなく、生徒の背景にあるものや心の状態を理解することが大切になります。生徒は自分が安心できる居場所が確認できたとき、周囲の大人との良好な関係性が築けたときに、自ら学ぼうとする健全な心(成長マインドセット)を養っていきます。

とは言え、日常の教育活動にどのようにして「感情と社会性の学び(SEL)」を取り入れることができるのでしょうか? また、SELの観点を学習活動に取り入れるとき、教師自身は自らの感情にどのように向き合っていけば良いのでしょうか? 本書では、あなたの教室で明日から使える具体的なアイディアと豊富な実践例が紹介されています。さらに、SELの効果について脳科学の見地から述べられており、SELを実践するうえで、その有効性について同僚や保護者への説得力を添えています。子どもたちの主体性を育むうえでプロジェクト学習や探究的な活動に魅力を感じ、授業に取り入れてはみるものの、自身の想い描くような授業にはならず、悩まれている方にとっても大きな気づきやヒントをもたらしてくれることでしょう。       協力者・佐野和之(かえつ有明中・高等学校)

 

  訳者の大内さんの紹介文

 本書のテーマ、Social Emotional Learning (SEL)は、日本語に訳すと、感情に向き合い対応する力であるEQ(感情知性)と、社会性に関わる力のSQ(社会的知性)を育てるための学びです。本書では、この感情と社会性の学びをSELと呼び、そのスキルをSQEQと呼びます。(「EQ」と「SQ」で検索すると、たくさんの関連図書を見つけることができます。)

 SELには、社会認識と人間関係の構築、維持、修復などの社会性(SQ)と、共感する力、自己認識、自己管理能力などからなる自分と他者の感情と向き合い対応していく力(EQ)を学ぶことが含まれます。これらの力は、学校を越えて、社会で必要な力、学び続けるために鍵となる力です。子どもたちにとっての社会である学校では、子どもたちが日々の生活を通じて、SQEQを鍛えていくことが必要です。学習レベルが異なるように、EQSQも一人ひとり異なります。EQSQを子どもの特性や性格と捉えるのではなく、学力と同じように、現時点での子どものEQSQをふり返り、目標を立て、それに向かって学べる環境をつくることが必要です。基礎的な認知能力である読み書きや計算がその後の学びに必要不可欠なように、EQSQも学ぶために必要な基礎的なスキルとみなし、その発達に取り組んでいくことが大切です。

 アメリカでは、SELは、この二〇年間で大きな広がりを見せ、実践や実証研究が進んでおり、SQEQは学びと人生において鍵となるものだと考えられています。SELの実践により、学力が平均11%向上することや、子どもの向社会的行動を促し、鬱やストレスを軽減すると指摘する研究もあります(参考文献45)。現在、CASEL: Collaborative for Academic, Social and Emotional LearningEASEL: The Ecological Approaches to Social Emotional Learningなどの団体をはじめとして、SELに関する研究、実践、政策提言を行う機関やプログラムは数え切れません。日々の学びにSELの視点が重視されている学校が増え、教員向けのSELのトレーニングも普及し、SELに関連する本も数多く出版されています。そのなかで、EQSQは働きかけ伸ばしていくスキルの一つとして捉えられ、客観的に目標と指標を立て、成長が評価されるようになってきています。課題の多い子どもには、個別やグループでの対応がされているところもあります。 (中略)

  本書の文章で印象に残っているのは、「生徒たちは、カバンと教科書だけを持って教室に来るわけではありません。生徒一人ひとりが精神的・感情的・身体的に異なる状態で登校しており、学ぶことに対する準備や意欲も異なっています」(76ページ)という文章です。

子どもたち一人ひとりの状態を知ることは、日々の業務に追われる先生方にとっては、多大な努力を要することと思います。しかし、本書にある具体的な実践方法は、数分でできる小さな方法が多岐にわたって紹介されています。最初から一度にたくさんの方法を取り入れようとはせずに、自分のクラスの生徒に合った方法を一つ、二つと見つけて試し、徐々に増やし続けてほしいと思います。 (中略)

 より多くの子どもたちの日々の学びに、SEL(感情と社会性に関する学び)が取り入れられていくことを願っています。 (以上、訳者まえがきより)

    大内さんは、現在The Right Question Instituteにて、問いづくりのトレーニングと問いを立てることが学びや行動に及ぼす効果についての理論的研究に携わっています。日米の教育にふれるなかで得た知見(特に、学ぶ力を伸ばす取り組み)について広げていきたいとのことです。

 

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2022年2月26日土曜日

中学校理科とリニア中央新幹線

突然ですが、中学校学習指導要領・理科の目標は次のとおりです。

「自然の事物・現象に進んでかかわり,目的意識をもって観察,実験などを行い,科学的に探究する能力の基礎と態度を育てるとともに自然の事物・現象についての理解を深め,科学的な見方や考え方を養う」

 

ここで、最後に書かれている「科学的な見方や考え方を養う」が義務教育段階の理科の究極の目標であると思います。一般国民の教養としても、「科学的な見方・考え方」は重要です。

 

戦後、わが国が目覚ましい経済成長を遂げている時代においては、科学技術は私たちの生活を向上させてくれる非常に便利なものでした。その後公害やさまざまな環境問題により、科学技術の進歩に対してはかなり疑問符がつくようになりました。そして、20113月、東日本大震災により福島第一原発での事故が起きました。巨大な科学技術とどう向き合うか、このときは多くの国民が真剣に考えたはずでした。しかし、しばらくすると再び原子力発電所の一部は再稼働を始めました。

 

実は、この2011年の福島事故の2か月後に政府は「リニア中央新幹線計画」を整備計画として決定しました。総事業費の見積は9兆円にもなるそうです。このあたりの事情は、『リニア中央新幹線をめぐって』(山本義隆・みすず書房)に詳しく書かれています。原発もリニアも巨大科学の範疇に入るプロジェクトです。リニアの磁気による車体浮上及び走行の原理は中学校理科の「フレミングの左手の法則」により説明がつきます。科学の原理が技術として私たちの生活を豊かにする具体的な事例の一つと考えることができるでしょう。

 

しかし、原発もそうですが、リニアも本当に社会に必要なものなのかという点に関して、議論をきちんとやっているのかというと、どうも心もとない気がします。公共的なプロジェクトである、あるいは利便性追求、経済効果などの視点からやや強引に進められている感じもします。東京から名古屋を1時間以内で接続する意義はもちろんあるのでしょうが、コロナ禍により対面での打合せや会議などが必要なくなってきていることも考え合わせると、いささか疑問を抱くところでもあります。

 日本アルプスの自然環境をいささかも破壊することなく、巨大トンネルを掘り続けるということが果たして可能なのかどうか。また可能だとしても、環境倫理として正しいのか、正直そんな気持ちになります。古代、自然の脅威に恐れおののいていた人間が、いささかの技術を手に入れたからと言って、自然の力を克服できると思い上がっている、そんな姿に見えてしまいます。そのようなことを言っていたら、経済的な発展は望めないという意見をお持ちの方々もいるでしょうが、そもそも右肩上がりの発展などもう夢物語に過ぎません。地球がすでに悲鳴を上げています。そのあたりを考える理科の授業や学校教育であってほしいとつくづく思います。 

2022年2月20日日曜日

『社会科ワークショップ』を読んで、実践に挑戦

 『社会科ワークショップ』のメインのライターの横浜の冨田明広さんが、その本のオンライン・ブッククラブで出会った大阪の永井健太さんにお願いして、書いてもらった単なる本の感想ではなく、実際に本を実践に移してしまった記録を紹介します。(その記録に添付された冨田さんの下線部分へのコメントも追加で一番下に紹介します!)永井さんは、1986年生まれで、教師歴13年の公立校の先生。「コロナ禍の休校期間中に学びを自走させられない子どもたちの姿を目の当たりにし、自分の授業を見直し始める。そこから『自立した学び手』を育てることについて学びながら、日々実践している」とのことです。

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同じ本を3回読んだ目的


 2021年の夏に『社会科ワークショップ』が発刊されてからこれまでに3回読みました。読むたびに自分のマインドセット(考え方)が変わっていくことを実感すると共に、ワークショップ初心者の僕にも分かりやすく、丁寧な本だなと感じました。

 1回目は「ワークショップで学ぶ」シリーズの社会科版が出たということで、興味津々で読み進めました。2回目は社会科ワークショップを教室で形にするために、実践に必要なことを集めるという目的で読みました。3回目は社会科ワークショップの実践を振り返ると共に、今後どのようにブラッシュアップしていけばよいかを模索するために読みました。それぞれに目的が違っていたので、読むたびに新しい発見がありましたし、この先読み返した時にはまた新しい気づきが生まれるのだろうと思います。



1回目は「憧れ」


 これまで一斉指導の形で授業を進めていた自分にとって、ワークショップで社会科の学習を進めるということが理解できず、初めは「これは社会科の学習といえるのか」「必要な知識を獲得することができるのか」と正直逃げ腰でした。しかし、本書に紹介されいてる子どもたちの様子★1 と自分の社会科授業を受ける子どもたちの様子を比べると、その違いは瞭然で、本書に登場するような学びを教室につくりたいと願っている自分もいました。おそらく「自分にできるのか?」「失敗したらどうしよう」という不安★2 から先程のような言い訳をつくってしまっていたのだと思います。

 そんな僕の不安を取り除くように、本書には新米教師からの視点で眺めたワークショップの様子(第1章)や本来のゴールから外れていく子どもに対する西田先生の戸惑い(第6章)などが描かれており、内容を飲み込んでいくうちに「思い切ってやってみよう」「できることからスタートしてみよう」と少しずつ前向きになっていきました。そして読み終えた時には、自分の授業を変えて「自立した学び手」を育てたいという強い思いをもつようになっていました。


2回目は「実践」を意識して


 実践すると覚悟を決めた時、社会科ワークショップを通して、探究することやその中で友達と協働することを楽しむ「自立した学び手」を育てたいという僕の思いは最高潮に達していました。ちょうどその頃は4年生「県内の伝統や文化」の学習に向けて、教材となる天神祭について調べていた時期で、子どもたちにとって身近だけれどあまり知らない天神祭について探究するのはおもしろそうだとワクワク感も高まっていきました。

 実践を形にするためにもう一度本を手に取り、具体的な進め方に関する内容をピックアップしながら読んでいきました。その時に作成した箇条書きのメモを見返すと「①ユニットのゴール設定、②ユニットシートの作成、③探究サイクルの説明、④テーマの卵に関するロング・レッスン、⑤1時間のサイクルの説明、⑥カンファランス、⑦共有」とあります。本書には、どれに関しても説明と事例や実際の子どもたちとのやり取りが載せられているので、実践のイメージがしやすく、構想を練るのにとても参考になりました。わからないところは、何度も読み返しながら準備を進めていきました。


子どもの変化


 しかし、実際の授業は上手く進みませんでした。★3 初めのロング・レッスンの時は勢いがあった子どもたちも、時間を重ねるうちに進め方がわからず悩んだり、教室をただウロウロしたりする姿も見られるようになりました。また一斉指導であれば数十分で解決できそうな内容にとても時間がかかり、なかなか学習が前に進まない様子も見られました。これまでの自分の授業がいかに「与えるもの」になっていたのかを痛感しました。でも、その痛みは自分の実践をさらに前に進めようという刺激となり、「もっとよい学びをつくりたい」「自立した学び手に近づける支援がしたい」と思いを新たにしました。

 ワークショップを始めて数時間が経ったある日、嬉しいことがありました。これまで「社会が一番嫌い」と言っていた千穂(仮名)が、猛烈にメモをとっている様子に気がつきました。近くに寄って「今どんな感じ?」と尋ねると「今めちゃくちゃおもしろい。また次の時間も早く探究がしたい」と伝えてくれたのです。千穂は休み時間もずっと、自分で見つけた資料を読みながらメモをとっていました。後で聞いたところ「自分のハテナを自分で見つけた情報で解決できるのがスッキリするから気持ちいい」ということでした。一斉指導を続けていたらおそらく見られなかった姿だと感じると共に、ワークショップのパワーやそれを受けて変化する子どもの姿に驚きました。


その他の実際の授業の様子については、ブログに簡単にまとめております。https://nagaken.hatenablog.jp/entry/2022/01/23/152704をご覧ください。


3回目は「振り返り」


 生き生きと活動する子どもたちの姿に励まされながらユニットを締め括ることができましたが、色々と課題が浮き彫りになりました。これまでの自分の授業がいかに教師主導で誘導的なものであったのかを思い知りました★4 が、ここがスタート地点だと自分に言い聞かせ、自分の実践に何が足りないのかを知って次に活かすために、もう一度本を手に取りました。

 1回目、2回目に読んだ時よりも細かな描写に着目している自分がいました。例えば191ページの西田先生のミニ・レッスンではクラス全体へのメッセージでありながら、和明くんに推測することの大切さに気づいてほしいという思いが込められています。またその後のカンファランスでも和明くんに直接問いかけており、それが結果として探究を加速させることにつながっていました。ここには和明くんの見取りから、どのような支援が適切かを考え、実際の関わりへとつなげる細やかな対応があります。★5

 このように、さりげないけれどワークショップの中核になるような部分が「読める」ようになっていった感覚をもてたのが3回目でした。


大切な、教師自身の探究


 振り返りを通して自分に足りないものが見えてきました。大きくは二つあり、一つ目は「テーマを育てることへの支援が足りないこと」です。これまでの一斉指導でもハテナを大切にすることは伝えてきたのですが、「このハテナを解決したから次のハテナの解決へ」というようにハテナを次々に消費させてしまっていたことに気がつきました。今後は一つのハテナを追究する中で出会った事実から自分の考えをもつようにし、その考えから次のハテナへとつなげていくようにしていきたいと考えています。よく言われる「目に見えることから目に見えないことに迫る」という社会科学習のポイントを子どもたちとも共有していこうと思います。

 もう一つは「子どもたちの探究をおもしろがる」ということです。まだまだ自分は教え導くという意識が強く、結局カンファランスの内容も教える要素が強いということに気づきました。まずは子どもたちの関心に寄り添って一緒におもしろがっていこうと思います。教えることを手放すには覚悟と勇気が必要ですが、自分も一緒に探究をするという意識で取り組んでみます。★6

 「子どもたちの探究」を探究する。そんな教師でありたいと思わせてくれたこの本に心から感謝しています。これからも子どもたちと共にワークショップを楽しんでいこうと思います。


  *****


 最後に、教えること、学ぶこと、学校という場所のことを考えるのに役立つ、永井さんがすすめる5冊をリストアップしてもらいました。こちらも参考にしてください。


  ①上田薫『人間の生きている授業』黎明書房


  ②平野朝久『はじめに子どもありき』東洋館出版社


  ③中村高康/松岡亮二『現場で使える教育社会学』日本標準


  ④マイクエンダーソン 吉田新一郎『教育のプロがすすめる 選択する学び』新評論


  ⑤西村佳哲『かかわり方のまなび方』筑摩書房

 

 

◆永井さんの実践記録に対する冨田さんのコメント


★1 私たちが書く上で大切にしたのが、子どもたちの元気な姿、楽しそうに学習を行う姿でした。くどくど理論的な小難しい話を重ねるよりも、先生たちを刺激するのは、子どもたちの姿以外にはないと思ったので。


★2 まさに、探究を始める前の子どもたちの心境だと思います。これを経験するからこそ、子どもに優しい声かけができるのだと思います。『改訂版・読書家の時間』に同じようなことを書いています。


★3 そうですよね。ここでやめてしまう人も多いと思います。「上手く進む」の考え方がちょっと違います。子どもがウンウンうなづいて先生の話を聞いてくれるとか、先生の出した課題に子どもがワシワシ取り組むとか、そういう感じが上手く進むではないですから。だから、より自分のやりたいことを選びやすい生活科の段階から、問いを発する力を子どもたちに譲り渡す必要があるように思っています。


★4 ワークショップも子どもへどの程度委ねていくか、枠組みで調整することができます。子どもたちが混乱しない程度に、少しずつ枠組みを広げていって、最終的には広い公園のようなところ(しかし、公園という境界はある!)で探究という活動をのびのびできるようにしてあげるといいですね。


★5 ここが、たくさんあるワークショップによる授業の最も大きな特徴かもしれません。見取りが大切とは言われますが、一斉指導ではそれを実際に行うことは至難です。でもワークショップならば、個々の子どもの見取りおよびそれを踏まえた支援や対応が容易になります。それこそが、多くの教師が求めている本来の教える姿ではないでしょうか。


★6 一単元で子どもの学ぶ力が格段にアップすることはないので、同じような枠組みで繰り返すことが大事です。永井先生の見方や感覚で社会科ワークショップをチューンナップして、新しい形を作っていってほしいです。



2022年2月13日日曜日

コロナいじめを未然に防ぐ「コロナ感染したらどうしてほしい?」

「出席停止が終わり登校したら、コロナ感染したことでいじめに会うのではないか?」という相談を保護者から受けました。幸い、子ども自身は友だちやクラスの友だちを信頼しているためその心配は親のみでしたが、このことはどの子も親もあたりまえのように感じていることかもしれません。そしてコロナいじめや差別などは、どんなによい学級・学校経営をしていたとしても、どこにおいてもこれから起こりうる問題の一つです。オミクロン株が猛威を振るっている今だからこそ、改めて子どもたちと考え合いたいことがあります。それは「コロナで欠席すること」についてです。

 

この数週間、コロナ感染者が出たため学級閉鎖や学年閉鎖、中には学校閉鎖となる学校が多々ありました。休み中は「学校が休みになってラッキー。漫画読める!サイコー」「コロナのせいで学校が休みだ。友だちに会えない!」「げげ!オンライン授業あるの!?あれ疲れるんだよね」なんて子もいたかもしれません。しかし、もっとも素直な子どもの反応として「コロナになった人はだれだろう? 知りたいな」とか「自分がもしコロナになってしまったら、ヒミツにしておかないといけないのかな」「コロナにぜったいなっちゃいけないんだ」などと、考えてしまうこともあるはずです。

 

こういう気持ちを助長してしまっているのが、学校から配布される「コロナ感染者1名、濃厚接触者1名、引き続き感染予防に〜」といった手紙です。匿名で繰り返し子どもや家庭へ知らせることで、問題が生じています。学校側としては、コロナ感染者や濃厚接触者を特定させないことで、いじめや差別を起こさないよう未然に問題を防ごうとしているのかもしれませんが、このような手紙の匿名性により「コロナは秘密にしなければいけないことだ」「コロナにかかることは悪いことだ」と間接的に子どもたちの不安や差別を生んでいます。多くの学校では、職員会議でこのような手紙が子どもたちの不安を増してしまう事の懸念が話し合われていないことが現状です。

 

もちろんプライバシーを保護されることは必要なことです。しかし、実情を匿名で知らせるだけでは、片手落ちなのです。このような手紙が配られると同時に、子どもたちの気持ちにフォーカスする事を忘れてはいけません。

 

まずは子どもたちを安心させる必要があります。それには前提として、コロナになっても、濃厚接触者になったとしても、誰も「自分が悪かった」とか、思わないでほしいことを伝えることです。これだけ世界中に広がってしまっているコロナ。感染予防でマスクや手洗いをしていても、どこかで知らず知らずのうちに、誰もが感染してしまうかもしれません。これはしかたのないことです。もし感染したり、濃厚接触者となってしまったら、まずは何よりも自分と身近な人の心と体の健康を大切にすることを教えてあげることです。そして、「コロナになってごめんなさい」とか「コロナになったからナイショにしなきゃ」「コロナになったらいじわるされそう」などと心配することは全くないことを大人が条理を尽くして伝える必要があります。もちろん、マスクをとって大声で話しかけたりなど、必要最低限の感染予防を怠っている場合は、避難されてしかるべきですが。

 

自分が言われて嫌なことは言わないし、自分が聞かれてほしくないことは聞かない。もちろん、自分が話したくないことは話さなくていいし、自分が話したいことだけを話せばいい。コロナはだれもがかかってしまうことがある。変に恐れずに、できる感染予防をしっかりして、コロナで人を差別しないし、相手が嫌な気持ちなってしまうような意地悪なことを言わないで、思いやりをもっておだやかな生活をただ送ることです。

 

そして子どもたちと話し合いたいこと。それは、「もし自分がコロナにかかったらどうしてほしいか?」「そういう友だちがいたらどうしてあげたいか?」を考え合うことです。私の3年生の学級でも実際に話し合ってみました。すると、もし自分がコロナ感染してしまっても「いつもどおりにふつうにせっしてほしい」「いっしょにあそぼといってほしい」「あまり根ほり葉ほり聞かれるとちょっと困ってしまうので、あまり聞かないほしい」など、ふだん通りに接してほしい意見が多く出されました。

 

一方で「僕は何を聞かれても平気だからどんな質問されてもいい」「私とあそんでいてかんせんしているんじゃないかと心配しているかもしれないので、大丈夫だよって教えたい」「ずっと休んでいたんだから、ちょっとは心配してほしい」などの気持ちも共有されました。また、コロナ関連で欠席していた友だちに対しても同様に「ひさしぶり」「大丈夫だった?」と声をかけ、一緒に話をしたり遊んだりするとのこと。「お休み中にお手紙を書いてあげたい」といった子もいました。もし、これがコロナ欠席ではなく、風邪や腹痛だとしたら一体どのように子どもの反応は変わるのでしょうか。高学年で考えてみるコロナをどう捉えているのか、子どもたちから見えてくることでしょう。

 

優しくしてほしいのか。そっとしておいてほしいのか。何も気にしないで、元気になったらまたいっしょに遊んでほしいのか。自分がしてもらいたいように、その人にもしてあげられるよう、思いやりもって関わってほしいと願っています。それでも、嫌な思いや辛い思い、苦しい思いをするようだったら、家族の人、友だち、そして先生に正直に伝えてほしいこと、解決していけるように一緒に考えていこうとメッセージを伝えました。


本来ならば、コロナ感染したとしても、堂々としていればいいことなのです。中には自分から「風邪みたいなもんで案外大丈夫だったよ」と話したい人もいることでしょう。一方で「コロナのこときいちゃいけないみたいでなんだか心配だな」などずっと抱えてしまっている子もいるはずです。子どもには権利があります。子どもの権利条約12条「自由に自己を表現する権利」です。安心できる学級内だからこそ、コロナ感染についてはタブー視し一切話題にしないといった不自然を教師が装うのではなく、子どもたちとコロナ不安について話し合う機会をみつけ、その心配や思いやりを話し合えるといいです。




2022年2月6日日曜日

成長のサイクル:現状を正しく知ること

今年度も、1年間の振り返りをする時期が近づいてきた。★1


私の授業ジャーナルにも、たくさんのストーリーが貯まってきている。声を上げて、その成功を喜びたいものもある反面、とても困難で、解決策が見出せないように思えるものもある。悔しいことに、ここ数年毎年似たような課題で格闘している。進歩がない。

ただ、成果であれ、課題であれ、それらに思いを巡らすことは、心踊ることでもある。来年度の教室の様子を思い浮かべることができるからだ。より良い方法や新しいことを教室で試すことができるからだ。また、悩ましくも、ワクワクする日々が始まる。

あらゆる実践が、いわゆるPDCAのサイクルで行われることは、今や常識的なことになってきた。計画も見通しもなく、教科書の1ページ目から始めるといったことは、少なくなったし、年度末には振り返りや反省、省察の機会を設けている人も増えてきただろう。

この実践のサイクルの中で、難しいことの一つが、現状(Reality)を的確に捉えることである。教育コーチングの普及や研究に携わってきたジム・ナイトによれば、実践の現状分析を誤らせる要因として、「認識の誤り(perceptual errors)」と「防御機制(defense mechanism)」があるとしている。★2

認識の誤りには、次のようなものがある:

 ・確証バイアス(自分の信念や仮説を支持する情報のみを集めようとする傾向)
 ・帰属の誤り(うまくいかない原因を他者に求める傾向)
 ・ステレオタイプ(先入観、思い込みなど)
 ・初頭効果(初対面の印象が固定化されること)
 ・ハロー効果(目立ちやすい特徴に引きづられてしまうこと)
 ・馴化[じゅんか](刺激が繰り返されることで、それに対する反応が弱くなること)

防御機制とは、自分自身にとって不快な現実から、自己を守ろうとする機能のことである。次のようなものがある:

 ・否定と最小化(不都合なデータを見ようとしない傾向)
 ・合理化(正しくないとわかっていても正当化しようする傾向)
 ・他者のせいにする
 ・自分自身のせいにする

ただし、防御機制は、ストレスフルな社会から自分自身を守る役割も果たしており、人間の生存にとって、不可欠なものだえると言える。重要なことは、このようなメカニズムが備わっていることを認識できているかどうかであろう。

どれも思い当たるものばかりではないだろうか。自分自身が、確信をもって実践したことを、否定したり、客観的に、かつ、冷静に分析するのは、思いの外難しいことだ。これは、専門職であっても、容易なことではないとする調査もある。

このような認識の弱点を克服する方法として、次のようなものが紹介されている。

(1)ビデオで授業を録画してみる
(2)生徒の声を聴く(インタビューなど)
(3)生徒の学習成果をみる(テスト結果や書いたもの記述など)
(4)第3者による観察(指導主事やメンター、同僚など)
(5)いくつかの方法の組み合わせ

現状を的確に分析できる力を磨くことは、教職という専門職としての成長の重要な柱であろうと思う。

一歩づつ成長していきたいものだ。

★1 私がジャーナルの振り返りに使っている問いかけは、次の3つだ。もともとはもっと多くの問いがあったのだが、何年か使い続けるうちに、この3つに絞られてきた。
<毎月の振り返り質問>
1.この間、心が動いたことは? 嬉しかったこと、悲しかったことは? 人に伝えたいことは? 
2. 実践のハイライトは何でしたか? 特に、よかったことや成功したことです。  うまくいった要因は何だと思いますか? 
3. うまくいかなったことはどのようなことでしたか。児童・生徒が動かなかった時や自分らしさを発揮できなかった時です。  それらに共通することは考えられますか? パターン/傾向のようなものです。 
「1年間の振り返りに役立つ10の質問(Ten Questions To Help You Reflect On Your Practice This Year)」を参考にしている。
 https://mindstepsinc.com/2017/05/ten-questions-help-reflect-practice-year/

★2 出典をお知りになりたい方は、pro.workshop@gmail.comに連絡ください。