2021年3月21日日曜日

スパイダー討論の実践紹介

 横浜市の平先生が、『最高の授業 ― スパイダー討論が教室を変える』(アレキシス・ウィギンズ著)を読んで、早速実践した報告を送ってくれました。

 

  *****

 

横浜市で6年生を担任しています。

スパイダー討論と出逢い20213月「実験してみよう!」と、思い切ってスパイダー討論にチャレンジしました。結論から言うと、スパイダー討論のおかげで自分の教育観をガラリと変えることができました。子どもはスパイダー討論が楽しみでしょうがないようです^^

以下、自分が「道徳」の授業で実践しているスパイダー討論の様子を報告させていただきます。

 

私はスパイダー討論と1番相性の良い教科は道徳だと思っています。さらに「どう解く?」という答えのない問いに挑む教材がジャストフィットします。流れさえ掴めば、この本を購入するだけで15時間分の教材研究が手に入ります。つまり定時で帰れます(笑)

スパイダー討論×「どう解く?」の実践を紹介します。

 

まず、「どう解く?」の教材から話し合いたい議題を1つ決めます

ちなみに私のクラスでは最初の議題は「正義の味方はなんで悪者を殴ってもよいのだろうか」という問いでした。

 

役割を決めます。

私のクラスでは、

司会→1

レコーディング→1人決めています

スパイダー討論をやる中で輪の中に発言回数を記録する役が自然と生まれました。

フレームを超えて自分たちでより良い討論にするために自考する姿がもう素晴らしいですよね^^

 

クラスを2つの輪に分け、15+3分でスパイダー討論を始めます。

本の中で紹介されているアプリを活用することで、自分の話し合いの姿がメタ認知でき、効果絶大です(特にクラスに1人はいるだろう優秀な児童が、自分が話しすぎているという事実に気が付きます(笑))

→1つの輪は多くて14人程度が理想だと感じます。

 

討論の評価

ルーブリックをもとに話し合いを評価します。

私のクラスのルーブリックは

全員が平等にテーマを意識して参加した

一度に話す人は一人で、良いペースで活発な話し合いだった

チーム内で出てきた疑問や質問はみんなで解決する努力ができた

小さなつぶやきも無視されず、おとなしい人にも発言しやすい雰囲気や声かけができた

誰かが話している時には、話し手が不快になる態度や行動をとることなく、何を言おうとしているのか一生懸命分かろうと努力できた

 

以上の観点をもとにAE5段階で評価します

 

アプリを活用したフィードバック

ここが1番盛り上がります(笑)

AIが客観的にデータをもとに話し合いを判定してくれるという点が私も気に入ってます。

本にはBを獲得するには、8ヶ月程度実践する必要があると書いてありましたが、私のクラスは2回目でBの評価をいただきました!学級ができあがっている3月の実践ということで少しずるい気もしますが、すごいです!

自分で言うのもあれですが、私のクラスはすごく育っています。「指示ゼロ」で自考して動ける児童が何人もいます。

つまり良いクラスはスパイダー討論がうまい。

逆説的に考えると良いクラスにするにはスパイダー討論を上達させればいいとも言えるのではないでしょうか?

あくまでも1つの考えとして、、、

 

子どもたち同士で学びの深化を図ります

今、道徳では「考え、議論する道徳」が求められています。3分ほど自由にテーマについて話し合いをすることで、子どもの考えを発散させます。

私は勝手に居酒屋交流と名付けています(笑)

自由にワイガヤできる感じが気に入ってます!

 

テーマをもとに振り返りを行います

「どう解く?」のホームページから振り返りシートがダウンロードできるので、そのまま活用しています。ここで私がこだわっている点は「即時フィードバック」することです。即廊下に掲示し、子ども同士が繋がれる環境を作ります。

例年は一人ひとりコメントを書いてから返却していましたが、それだと無駄なことも沢山あります。

コメント返却式だと教師と子どもしか繋げない点です。あと時間がかかります(笑)

しかし、公開することで、子ども同士を横で繋ぐことができます。さらにコメントを記入できる環境を作ることで、SNS教育にもつながると私は考えております。他人の考えに対して誹謗中傷は子どもでも書きません(笑)

 

最後に説話を話して終わります

「どう解く?」の良い点は答えのない問いに対して、著名人の方々からのアンサーがあることです。

「これが正解ではないけど、こんな考えもある」と最後に伝えて終わることで良い感じで終われます。大事なことなのでもう一度言いますが、教師がラクして子どもの思考をグルグル回せます。

 

しかし、教師は「授業で勝負」とよく言われます。私は今まで自分が一生懸命考え、授業を練っていました。教師が教えないことに疑問を持つ方もいるかもしれません。私も最初はすごく不安でした。でも、「ラーニングピラミッド」が私の背中を強く押してくれました!そこには驚愕の事実が記されています。子どもたちに任せる学びは勇気が入りますが、その豊かさを見たらやめられなくなります。

こんな実験結果があります。

スパイダー討論に慣れてきた頃、1度だけ私が輪の中に入って討論をしたことがあります。AIが判定したスパイダー討論の結果はどうだったと思いますか?

 

...結果は過去最低評価のDでした(笑)

教師が日頃いかに喋りすぎているかが分かります。

 

以上の実践から私はスパイダー討論にハマりつつあります。幸い私の学校では学年主任も一緒に研究を進めてくださり、管理職からも「おもしろい!」と言っていただいています。この伸び伸びスパイダー討論ができる環境でどんどん実験して、スパイダー討論の可能性を広げていきたいです!

 

長々と書かせていただきましたが、始めて1ヶ月も経たない初心者なので、至らぬ点が沢山あると思います。気付いたことがあれば、ご指摘、ご意見、感想いただけたら幸いです

沢山の方と磨き合い、高め合えたら嬉しいです😄


  *****


 平先生への質問+指摘・感想等は、pro.workshop@gmail.comへお願いします。

 あなたもスパイダー討論に、ぜひ来年度から挑戦してください!



2021年3月14日日曜日

コロナに負けるな! サークル(輪)になろう

 「話し合いは横並びで!」 お互いの呼気に気をつけるようグループ活動を行っていても、子どもたちはいつのまにか輪になってしまいます。休み時間や外遊び、放課後の様子を見ていればなおさらのこと。本来、人とはそういうものです。自然と身体距離を縮めながらつながりあって関わります。それがオンラインのリモート学習では無理なことだったことが痛いほどわかるこの一年間でした。頭を寄せ合ってその場の空気を共につくり、共有しながら過ごすことが本来の自然な子どもの姿。

 

今年度を振り返ってみて、どれだけ子どもたちとソーシャルディスタンスを気にせずに話し合えてこられたのでしょうか。輪になって親密に笑い合い、ゆずったり譲られたりしながら話し合うその機会がことごとく失ってしまったことは大きな反省です。

 

教室の子どもたちは、日々、トラブルの宝庫。意地悪を言われた。無視された。ルールを守らないでたたいてきたなど、対応に追われがち。しかし、それらは先生だけが率先して解決するものでは決してなく、トラブルは子どもたちにとっての成長のチャンスでもあります。この日々の問題を自分たちの手で解決し、お互い育ち合うコミュニティを築いていける強力なツールが「サークル」です。

 

海外の学校では日本だけに限らず、問題行動を起こした子どもは別の教室に移動させられることがあります。クラスのみんなと関係修復や自らの責任を持つ機会が遠のいてしまいます。それでは、問題行動は教室から出られる方法だと間違った学習をする子もでてくるかもしれません。大切なことは、クラス集団の中で起こったことをそのクラスの中で修復できるように話し合うことです。

 

サークルは輪になって集まること。クラス全員がお互いに見えるように輪になって座り、オープンで率直なコミュ二ケーションをします。このサークルは心理的にも身体的にも安全かつサポーティブな場です。ここでは誰もが教室での困りごとや失敗を種にして、取り扱いの難しい話題についても自由に話し合え、多様な考えや気持ちを受け止めながら、集団としての合意形成を図る場です。

 

 

 

このサークルの詳しいやり方をコミュニティづくり・集団づくりの視点から紹介した本は、ネイサン・メイナード、ブラッド・ワインスタイン著、高見佐知、中井悠加、吉田新一郎訳『生徒指導をハックする育ちあうコミュニティーをつくる「関係修復のアプローチ」』(新評論)です。

 

その中の「ハック2 サークルになりましょう 問題が起こったところですぐに対応する」に詳しく載っています。タイトルに生徒指導とありますが、問題行動解消のためにフォーカスしたものだけではなく、民主的な集団づくりに効果的な具体手法がまとめられています。

 

サークルのやり方(同書P.41より)

    クラス全員が輪になって座ります。

    教師は経営者としてではなく、ファシリテーター及び生徒の発言の聞き手として輪の中に入ります。

    最初は、チェックインの質問から始めましょう。例えば「昨日、読んだもので面白かったものは何ですか?」などです。

    もし、必要と感じれば、緊張状態を取り除くためにマインドフルネスの簡単なエクササイズ★を付け加えましょう。生徒たちの緊張を和らげ、意識を「今、ここ」に持ってきます。

    最初は毎朝少なくとも5分間のサークルから始めて、生徒が徐々に慣れてきたら時間を増やしていきましょう。

    サークルで発言したくない場合は、常にパスをできることを伝えてください。関係修復のアプローチは、常に「尊重し合うこと」を基本にしていることを忘れないでください。

 

もしあなたがこれから初めてサークルに取り組むには、以下のステップ(本書P.48P.50)を使ってみてください。また、改めて始める人にとってもサークル実践の質を振り返るよい規準となるはずです。

 

    安心安全なスペースを作る。

お互いの顔が見えるように内側を向いて輪になって座ります。このサークルでは何かを判断したり評価したりする場ではありません。生徒の思い込みや主観的な発言から自由になり、身体的な安全が守られ、安心できる場でもあります。もし守れない場合は、サークルに参加することができません。この約束はとても効果的です。

 

    「期待」を根付かせる★★ 

話し手が何か手に持てる「話し手のしるし」を用意します。これがあることで、みんな同時に話すことが防げます。さらに、事実(出来事も感情も含まれる)だけを話すように徹底します。その際、「私は〜の時、〜ように感じます。なぜなら〜だからです」といったように、肯定的な「私メッセージ」の話型を使います。

 

    コミュニケーションを促進する

素直な気持ちを明らかにしたり前向きな話し合いには、励まして一緒に参加するみんなに感謝を伝えていきます。肯定する事は積極的に取り組もうとする意欲につながります。

 

    共感を促進する

共感が大切であるという意識を育むために、生徒が共感を示したときは取り上げて認めます。自分の気持ちや相手の気持ちを認識することで感情リテラシーが向上しサークルの中で共感の輪を広げるのに役立ちます。これは生徒が他の場で共感を使うときの練習にもなります。

 

    サークルを終わりにする

サークルの最後には、何が話し合われたのかについて要約します。計画とステップが決まっていればそのことについても説明します。

 



サークルは子どもたちが協力し意見を出し合って、問題に向き合う機会が提供できるとてもパワフルなツールです。一日を前向きにスタートするためにも使いますし、問題解決に向けて前向きなコミュニケーションを図る力も高めることになります。

 

しかしサークルの成果はすぐに現れるものでもありませんし、決して労力のかからないものでもありません。実際に行ってみるとわかりますが、明らかに問題解決のサークルを行う回数が減っていきます。子どもたちがこのプロセスから学び、不必要な問題行動を起こさないようになるということです。

 

人と一緒に生活することでトラブルは絶えませんが、自分たちなりの規範をつくり、守り維持して、さらにはよりよいものへ変えていく、誰もが納得できるものに磨いていけることを知っています。そして、ルールとともに、話し合う技術、自分の主張だけでなく、相手の話をしっかりと分かろう聴き取ろうとする気持ちが育ってくることも知っています。

 

コロナ禍のこの一年間のうちの半分以上はサークルになることなく終わってしまいました。

年度末の学級じまいには、子どもたちが一人一言、語る場面があるかと思います。ぜひサークルでやってみませんか? 換気をしながらマスク越しではありますが、サークルでは、話す人だけではなく、話を聞いている他の子の様子も見られ、安心してその場にいることができます。コロナに負けずに来年度に向けても、ぜひ計画してみてください。

 

 

★教室の中のマインドフルネスには、6秒間かけて息をゆっくり吸って吐く。教室の中を見回して「ありがたい」とか「すばらしい」と思える気づきを共有する。日々の生活の中で感謝したいことを1つずつ発表してもらうなどがあります。

 

★★本書では「期待」となっていますが、日本では「話し合いのルール」といったニュアンスでしょうか。しかし「期待」と「ルール」の違いは大きすぎます! この違いに興味のある方は、本書ハック4「ルールを期待に置き換える」を読んでください。この転換できないと、ひょっとしたら教育自体が変わらない可能性すらあります。

2021年3月7日日曜日

あなたは、誰の先生?

 そう問いかけるのは、『悩みや不安を抱えた生徒』(現在翻訳中)の著者です。

 著者いわく、そういう生徒はドンドン増えていると!

 そうなると、教師は自分がいったい誰の教師かを問う必要が出てきます。

 「生徒の教師」か? それとも、「学校の教師」か? さらには、「自分自身優先の教師」か? 「保護者の教師」という人はほとんどいませんが、多少は「文科省ないし教育委員会の教師」はいるでしょうか?

 あなたは、誰の教師ですか?

 

 「生徒の教師」は、「生徒のための教師」というか「生徒との接点がもてる教師」というか「生徒に受け入れられる教師」というか「生徒一人ひとりを理解したうえで対応/授業ができる教師」★です。

 それに対して、「学校の教師」ないし「自分自身優先の教師」は、「生徒よりも教師自身ないし学校の都合優先の教師」というか「生徒との接点を大事にしない教師」というか「生徒に受け入れられることを気にせず、生徒が自分に合わせることを強要する教師」というか「生徒一人ひとりを理解することは考えず、一つの指導案で教えていればよく、それに合わせられないのは生徒に問題があると責任転嫁をはばからない教師」です。

 実際の教師は、100%の生徒の教師と、100%学校の教師や自分自身優先の教師の間に存在していうと思います。

 

 前者の視点、つまり「生徒の教師」の発想から生まれているのが、

・成績をハックする

・宿題をハックする

・教科書をハックする

・「学校」をハックする

・生徒指導をハックする

・読む文化をハックする

・学校図書館をハックする

・子育てをハックする

の「ハック・シリーズ」の本です。

 いま学校で当たり前のように行われていることで良しとせずに、生徒のために常にベターを目指す発想です。(それに対して、「学校の教師」や「自分自身優先の教師」からは、いま学校で行われていることを改善したり、修正したり、より良くしようとする発想および行動はなかなか出てきません。あるのは、偉大なる前例踏襲主義です。)

 

 いま「ハック・シリーズ」には、スピンオフが出てきています。

 すでに翻訳が終わり、編集・校正段階に入った『静かな子も大切にする』や『挫折ポイント』そして上で紹介した『悩みや不安を抱えた生徒』などです。

 これらは、生徒たちを一律に捉えるのではなくて、多様な子たちがいることを前提にしたところから生まれました。たとえば、内向的というか、あまり発言することのない(しかし、元気に発言する生徒たちと同じか、それ以上によく考えている可能性がある)静かな子たちが教室の中には半分ぐらいいます。しかし、私たちはよく発言してくれる生徒との共演(静かな子たちを観客にしたまま!?)で授業を進めていくことに慣れ過ぎています。いったい、発言しない静かな子たちとどのように授業をつくり出せるのでしょうか? 考えたことはありますか?

 あるいは、生徒が努力をあきらめる、学ぶことから挫折する理由は一様ではありません。やる気の研究はそれなりに行われてきましたが(実践は、どうでしょうか??)、これまで省みられてこなかった「あきらめや挫折」に焦点を当てて研究し、そして実践した結果をまとめたのが『挫折ポイント』です。今まで見えていなかったことが、いろいろと見えてくる本です!

 このように、視点を変えられると、ハック(改良・改善)できることがたくさんあります。

 あなたは「誰の先生」ですか?

 どんなことをハック(改良・改善)したいですか?

 時間割? 教科の存在?(世の中は教科で動いていません。教科で動いているのは学校の中だけです!) 就労時間? 教員研修(教師の学び★★)? 人事?

 

★これを実現するためには、ライティング・ワークショップとリーディング・ワークショップのアプローチhttps://sites.google.com/site/writingworkshopjp/teachers/osusume (それが、他教科に応用されたものとして、『だれもが科学者になれる!』や、今月出る予定の『歴史をする―生徒をいかす教え方・学び方とその評価』https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784794811776 や夏前には出る予定の『社会科ワークショップ―自立した学び手を育てる教え方・学び方』などがあります)と、『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784762829598 で紹介されているアプローチが効果的です!!

★★以下は、『「おさるのジョージ」を教室で実現』の100~101ページからの引用です。生徒を教師に置き換えると、そのまま教員研修に言えてしまうのではないでしょうか? 授業と研修の両方で、「ボタンの掛け違え」が起こり続けています!!

学ぼうとする動機が内側からではなく外側からもたらされる場合、生徒の焦点は他人を喜ばせることに集中してしまいます(同僚や私が「学校ごっこ」と呼ぶものです)。それは、学習プロセスや活動自体に生徒をあまり関与させることなく、権力者によって提示された問題に対して正しい答えを得るという学習結果に焦点を当てるパフォーマンスとなっています・・・・たとえば、過大にストレスを感じたり、退屈だったりすると、生徒が内容を理解したり、覚えたりする可能性がかなり低くなります。学業の課題全体に子どもが興味を失ってしまうと、それらをすることによって得られるものはほとんどないと言ってもよいでしょう。[参考文献152]・・・・ 一方、学ぶ動機が学習者の内側からもたらされている場合、生徒の情熱と取り組みはほぼ無限に膨らんでいくことになります。



2021年2月27日土曜日

組織文化を考える

この2月は都道府県・市町村などの自治体の次年度予算案が発表される時期です。

私の住む県の20212年度予算案が発表されました。毎年、教育関連の予算がどうなっているかを必ず見ているのですが、相変わらずだと思うことばかりです。

「学力向上」の柱の一つとして、「学力向上コーディネーター派遣費」という項目がありました。「学力定着に課題を抱える市町を対象に学力向上コーディネーターを派遣」がその内容です。退職校長を中心としたコーディネーターを対象校に派遣するということですが、年に何回そのコーディネーターが対象校に行くのでしょうか。自分たちの「やっている感」を出すために、言わば「アリバイづくり」のための事業だとしたら無駄もいいところです。

 

このようなやり方はもう40年以上続いています。そもそも文科省が「◎◎研究指定校事業」「〇〇推進研究事業」などと銘打って施策を進めている以上、それをただ真似しているのが各自治体の教育施策なのかもしれません。発想の貧困さを通り越して、呆れるばかりです。

 

先ほどの話で言えば「コーディネーター派遣費」は年間3,400万円だそうです。私の住む県の公立中学校区は150余ですから、その三分の一の50校区に60万円ずつ補助金として支出してあげたほうが、よほど学校としては有難い予算になるはずです。

かつて中学校の校長をしていた経験から言えば、学校では独自に使えるお金などほとんどないのが実情です。校内研修で図書を買いたくても買えないし、民間主催の研修会に職員を派遣したくても、出張旅費もぎりぎりしか配当されませんから、そんな余裕はありません。オンライン研修会ですべて賄えるはずもないと思いますが。

 

全国でも首長と議会に教育に対する理解のある自治体の教育センターが、各学校のニーズに応じた研修や出前相談に乗ってくれたりするところもあるようですが、まだまだそのようなところは少数です。

 

教員が学び続けられるような体制や文化ができれば、それは自ずと子どもたちへよい影響を与えることになるでしょう。そのために必要なものの一つが「研修」であると思いますが、それを支えるのは校長の学校経営における「方向づけ」です。

教員も子どもも学ぶことを最優先するという重点主義が求められます。コロナ禍により、児童・生徒の健康管理という新たな命題が課せられ、英語教育やGIGAスクール構想と次から次に解決すべき課題が押し寄せる学校現場にあっては、すべての課題に同等に向き合うことなどできるはずもありません。これだけは必ず達成するという重点主義でいかないと「働き方改革の推進」などいつまで経っても実現できません。

 

現在、校長の職にある人も、将来そうなりたい人もぜひ「優先順位」を考えながら仕事を進めてほしいと思います。校長が覚悟を決めれば、相当のことができるはずです。教育委員会に忖度する必要などどこにもありません。「学ぶことを最優先する」という学校文化をぜひ創り上げてほしいと思います。それには、まず校長自ら「学ぶ姿勢」を学校全体に示し、みんなが学び続けられる仕組みを構築してほしいものです。そのための方策は、このブログで紹介しているハックシリーズなどの本を参考にして、自分の学校に合ったやり方を見つけて、ぜひ進めていただきたいと思います。

2021年2月21日日曜日

算数ハカセが算数ギライをつくる!?

あなたのクラスには数学が得意な子、または苦手な子はいませんか。

 

その子たちは数学脳を上手に駆使したり、論理的な思考が生まれつき得意な子なのでしょうか。または、数学脳を働かすことができずに数学が嫌いになってしまったのでしょうか。 もしそうだとしたら、いつから数学が苦手になってしまったのでしょうか。「自分には向いている・向いていない」と早々と決定されてしまう教科、それが数学(もちろん算数も含まれますが)です。★

 

しかし、これらはすべて神話の類いであり、そもそも数学脳などというものも存在しません! 繰り返しますが、そんなものはありません! ただの勘違い。私たち大人も数学へ多くのコンプレックスを持っていて、世界では「女性や有色人種は数学が得意ではない」などの固定観念が持たれ、都市伝説のようにひっそりと語り次がれています。なんと人口の約半数もこの神話に感染しているとスタンフォード大学数学教授のジョー・ボアラーは言います。そして恐ろしいことにその固定観念はしだいに信念へと変わり、数学ができなくなるマインドセットをじっくりと育ててしまうのです。それでも、ジョー・ボアラーは「すべての子どもたちには膨大な数学の可能性がある」と希望を語ります。★★

 

“ 数学は公式を覚えて使うような授業ではなく、そしてテストで総括評価するものでもありません。生徒が数を使って考える探究を奨励することで、重要な数感覚を構築します。様々な方法で数学の学習内容を理解するプロセスをつくるため、オープンで創造的な質問を導入しなければなりません。そのためにも、生徒たちの考え方や自分自身の考え方を変えるための時間を費やすことです。 ” edutopiaAre We Teaching the Math Kids Need?」より

 

長年にわたって数学は「伝統的な教え方」、つまり教師が解き方を教え込み、生徒はそれを練習するといった正解/不正解を素早く導き出してテストで厳しく評価されるアプローチが続いてきました。これは、思春期の生徒たちには不評でしかありません。生徒たち一人ひとりは自分の考えを持ちたいと思っています。そして一人の思考者として尊敬されたいと思っています。しかし伝統的アプローチによって、数学は自分らしさを充分に発揮できない教科だと考えてしまい、途中で挫折し諦めてしまう理由の大きな部分を占めてしまっています。

 

この数学嫌いの中心には、早く正解にたどり着いた人こそ数学が得意である! といった「スピードの問題」があります。小学校の教室では日々、繰り返し計算ドリルの復習が課され、子どもたちは早く解けることがよいことだというメッセージを受け取ってしまっています。ボアラーは言います。「計算ドリル問題は最初の5問ほどできれば、その子ができるかどうかはすでにわかる。あとはもっとじっくりと考える問題を解いた方が意味もあり理解が深まる」とし、自身の娘の担任に訴えに行ったエピソードもあるほどです。数学を生業とするプロの数学者たちは、問題解決のスピードが速いということでは決してありません。むしろ逆で一つの問題をじっくりと繰り返し多くの方法で思考する、最も思考の遅い人たちのことなのです。

 

“ 私は生徒たちに「もがいて問題を奮闘してほしい、それはあなたの脳にとって本当に良いことだから」と言います。それが数学におけるひとつの目標と知ることで、生徒は固定化された数学への得意/不得意から解放されると考えています。このことは、毎回の授業で共有し、励まし続けるべきことです。 ” edutopiaAre We Teaching the Math Kids Need?」より

 

ボアラーは生徒たちが良き思考者になるためにも「もがくこと・間違えること」を推奨しています。分かる/分からないギリギリのところで、問題解決が困難な状況の中ではミスを繰り返しながらも修正し前に進みます。そしてまたミスを繰り返すといったその苦労している時や困難に直面している時こそ学習に最適な時であり、脳のシナプスが活性化されているときなのです。★★★

 

生徒には自分の考えを修正するチャンスが常に与えられ、たった一度きりのテストで評価されないことが重要です。できないとき/苦労しもがいているときに「速やかに問題解決することができない生徒」といった間違った評価を下すのであれば、もがくことは良いことだと教えていません。最初にうまくいかなかった場合でももう一度取り組めることは、学習への奮闘が評価される素晴らしいメッセージを送ることができます。これこそが本当の学習のための評価(Assessment for Learning)なのです。

 

 

 

“たったひとつの解法とたった1つの正解のある問題をたくさんする必要はありません。生徒が創造的に、視覚的に様々な方法で考えられるようなオープンな質問でもいいのです。もがくことを奨励し、人は何でも学べることを思い出せれば、人の学びに限界はないことがわかっています。隣の子が早く正答にたどり着いたとしても、それは全く問題ではないということを生徒たちは知るべきです。生徒たちは成長したい願いを持って学校に入りますが、それは学校生活を追うごとに低下していきます。他の子を見て「あの子は私より早くできる。私より上手だ」と考えてしまうこともその原因の一つです。このような考えに対抗し、オープンで創造的な数学を導入しなければなりません。そうすれば物事が変わります。”★★★★

 

日本の小学校の授業では、今でも「算数ハカセ」というキーワードを聞きます。「はやくて」「かんたんで」「せいかく」の頭文字をとって「ハカセ」。しかし、数学の真実と照らし合わせてみると、どれも間違いです。むしろ「じっくりと」「いろいろな方法で」「まちがえながら」こそ、本当の算数ハカセなのです。

 

いよいよ学年末。学年末の復習やため込んでいる計算ドリル練習の呪いから今こそ解き放たれるときです。わかりきった計算ドリルを課すことはますます算数ギライを増やしかねません。課題を消化したり、スピードを競い合うことよりも、学んだことを使ったり、他の方法はないか試したり友だちと相談しあったりと、じっくり考える問題に取り組むチャンスです。素早くできないこと、間違えることは深く考えるために不可欠な学び(遊び?)の要素です。学年末、友だちと一緒にもがきながら解いてみる、そんな問題を出してみませんか?★★★★★

 

 

 

 

今回の記事はブログedutopiaの「Are We Teaching the Math Kids Need?」を基にまとめたものです。https://www.edutopia.org/article/are-we-teaching-math-kids-need

 

★★

スタンフォード大学といえば、心理学教授である成長マインドセットのキャロル・ドウェックが有名ですが、ボアラーは成長/固定マインドセットを数学へ関連させる共同研究が行っています。日本と違って、専門分野の垣根を越えていつでもコラボレーションしようと試みようとするのがおもしろいところです。

 

★★★

「間違えこそが分かるの種」といった子どもたちの授業のエピソードを踏まえて語り続けること。これは間違えの文化を教室の中で醸成する一つの強力なツールです。私の教室でも同じように語ってきましたが「間違えてもいいんだよね」とお互いが声を出し、間違いを子ども同士がオープンになり学び合うには、やはり時間がかかります。しかし、間違えこそが理解を深める機会と捉えられるようになった子たちは、どんな問題にも粘り強く考えようとする態度が育っていくことを実感しています。

 

この最良の大人のエピソードが語られているのがオリバー・キーン著/吉田新一郎・山元隆春訳『理解するとはどういうこと〜「わかる」ための方法と「わかる」ことで得られる宝物〜』新曜社の第5章「もがくことを味わい楽しむ」にあります。教師であってもスマートにこなせなくてもいい、もがいていい! と学ぶことを肯定的に捉えられます。

 

★★★★

ジョー・ボウラーのHPyoucubedhttps://www.youcubed.org には、数感覚を養う学習コンテンツが豊富に紹介されています。数学は教え方だけではなく教える内容そのものを刷新しなければならないと、ビッグデータを扱う「データサイエンス」についての教員向けのオンラインコースも昨年より開設されました。データサイエンスは、生徒たちがデータリテラシーを身につけるのにも役立つので非常に刺激的です。この授業では生徒にとって身近なデータグラフを読みとって議論するものです。①データを観察し質問する、②データからパターンをみつける、③そのパターンに意味づける、④それぞれの仮説について議論をします。すでに様々なビッグデータが生活の中に、これは小さな子供でもデータリテラシーを身につける準備をする必要があります。日本の小学校でも「データ活用」の領域が整理され、新設されました。今後の授業実践が期待されるところです。

 

★★★★★

ジョン メイソン、リオン バートン、ケイ ステイスィー著/吉田新一郎訳『教科書では学べない数学的思考「ウーン!」と「アハ!」から学ぶ』新評論には、一つの問題をじっくり考えられるオープンな良問が紹介されています。

2021年2月14日日曜日

生徒が『私にも言いたいことがあります!』と言える授業

 それは、誰にとっても学びが最大化することではないでしょうか? もちろん、おとなしく聞いていても、考えている人はいます。が、話している人ほどではない可能性は高いです。話すことは確実に考えた結果ですから。

 それでは、生徒(それも、できるだけ多くの生徒)が考えて話す授業はどうつくり出せるのでしょうか?

 一つ確実にいえることは、教師が口を閉じることです!


 この本の、50ページには、それがコラムの形でまとめられています。

生徒の声に耳を傾ける=教師が口を閉じる(ジェフ・ウィルヘルム)

教師の力量というものは、話すこと、目的を示すこと、コントロールすることを通して生徒に働きかける技量を示すものではありません。むしろ、聴くこと、配慮すること、協働することといったように、生徒と一緒になって活動する姿勢にこそその真骨頂があります。そうするからこそ、生徒たちは自ら活動するようになるのです。

「口をふさいで教える」には、新しい考え方やこれまでとは違う学習の進め方、そして目的が明確となっている活動が必要です。

「身につけること」には、思考、会話、記述、構成、演出、そして考えること、話すこと、書くこと、構成すること、演じること、応用することなどが含まれます。

 「チームで取り組むこと」には、傾聴、観察、反応、見ること、反応すること、そして生徒に継続的な刺激をもたらし、学ぶ技量を育てるといったさまざまなやり方で協働することが含まれます。

「教えること」には、時に知識だけでなく、知りたいという意欲やそれを知るためにはどうしたらいいのかということにまで及びます。

「学びそのもの」には、なぜ学ぶのか、どのようにして学べばよいのかも含まれます。恐らく、生涯にわたる継続的な自己探究の姿勢とスキルにもかかわってくるでしょう。

こうしたことのすべてが、「口をふさいで教える」ことの意義であり、ドナルド・フィンケルが『Teaching with Your Mouth Shut.(教師が自分の口を閉じて教えること)未邦訳』という本のなかで書いていたことと同じです。フィンケルは、教師が口を閉じて教えるときにはやるべきことがたくさんあることを示し、それは、生徒が活動に主体的に取り組み、理解を構築する際に貢献するものだと指摘しています。

活動のすべては、生徒に自分の声とお互いの声に耳を傾けさせるものです。そして、教師に対しては、生徒の声に耳を傾けさせるものともなります。

『私にも言いたいことがあります!』の著者は、同じ第2章の別なところで、次のようにも書いています。

生徒たちが自らの力への自信を高め、自分たちの可能性に気づき、能力を最大限に引き出し、個人の成長につながる自己決定ができるようになれば主張(=自分の声)はより明確なものになり、それを外に向かって表現できるようにもなるのです。生徒の声が熱を帯び、教室や学校の活動に参加する意欲が高まるのですから、私たち教師はそれを促進し、価値づけるようなやり方を生みださなくてはなりません。

 生徒は、教室で起こることについて決定したり、企画したり、組み立てたり、反応したりするための「声(意思・主張)」があるとき、初めて学習内容を身につけるより良いチャンスを手に入れることになります。これらの機会は、生徒たちの思考に対する有意義な挑戦となるでしょう。またそれは、生徒が協働的・協力的な授業を通して、学習、成長、変更、修正、そして理解の深化を振り返ることにも直結しています。

 これは、このブログで繰り返し紹介してきた「エイジェンシー(主体者意識)」https://projectbetterschool.blogspot.com/search?q=agencyや、文科省が5年ぐらい前から言い出しているアクティブ・ラーニングそのものと言えないでしょうか? この本には、それらを実現するための具体的な方法と事例が満載です。

ちなみに、この最後の引用に対する翻訳協力者のコメントを紹介します。「賛成です。黙ってノートを取ることを求められてきた生徒たちに、自分の思うことを書いてよい、話してもよい、助けてもらってもよいという場を提供しただけで、生徒の顔つきが変わりました。今年度はまだ対話のドリル的なものしか提供できていませんが、これからどんどん解放していこうという気持ちになりました!」

 

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2021年2月7日日曜日

チームワークと分断

他教科のことには口をはさまないこと。同一教科であっても、他の人の授業には口をはさまない。不文律のように学校に残ってきた文化だ。いまだに、声高にその正しさを唱える人がいることは、驚いてしまう。

「おいおい!我々は誰のためにこの仕事をやっているんだ」と言いたくなってしまう。子どもたちのためでなかったのか。子どもたちのためだったら、同僚にも堂々と主張しようではないか。仲間の誤りを正そうではないか!我々のミッションは、お互いの保身ではないはずだ。

正論だ。でも、自分自身の仕事や作品に批判的なコメントをされることをよろこぶ人はいない。それがいかに建設的で、正しいコメントであってもだ。正論とはやっかいなものだ。

外国語のテストづくりに関する本に、よい問題作成者の資質とは、自分が書いた項目の正当な批判を受け入れる用意があることだ、といった趣旨の記述がある。引用しよう[翻訳筆者]:

「良いテスト問題を書くことは恐ろしく難しいことだ。完璧な問題を作り続けることのできる人はおそらくいないだろう。差し替えの必要があったり、修正が必要な場合もある。改善するにしても、差し替えるにしても、それができるベストの方法は、チームワークを生かすとことだろう。同僚であれば、真剣に仲間の間違いを見つける努力をすべきだ。作成者にとっては、自分が作った問題は、自分の子どものようにかけがえのない、愛おしいものに思えるだろう。たとえそうであっても、出された批判に対しては、つねにオープンで、受け入れる姿勢をもたねばならない。それを可能にする良い人間関係こそが、問題作成チームの望ましい性質なのである。」★

最近「炎上」ということばが流行っている。炎上を恐れていたら口をつぐむしかなくなる。今の社会にはそのような風潮があるのは確かだ。批判を受け入れることのできる器量。それこそが、真の賢明さだと思うが、どうだろう。

ここで強調されているのが、チームワークや人間関係である。

最近の日本社会(もちろん学校も)において、正論はチームワークを育てるどころか、チームを分断する役割を果たしていたりする。異議をとなえる者は「敵」とみなされるのだ。

学校の同僚は、ともに力を合わせて、より良いものをつくる仲間に、なれないのだろうか。そのようなチームづくり、言い換えると、学校文化づくりが、学校の重要な課題であることにもっと多くの人に気づいてほしいものだ。

★Arthur Hughes (1990) Testing for language teachers, Cambridge University Press. p. 51.

原文 “The writing of successful items (in the broadest sense, including, for example, the setting of writing tasks) is extremely difficult. No one can expect to be able consistently to produce perfect items. Some items will have to be rejected, others reworked. The best way to identify items that have to be improved or abandoned is through teamwork. Colleagues must really try to find fault; and despite the seemingly inevitable emotional attachment that item writers develop to items that they have created, they must be open to, and ready to accept, the criticisms that are offered to them. Good personal relations are a desirable quality in any test writing team.”