2021年8月15日日曜日

探究に関する2冊の本の比べ読み

 これまでにも、理科やカウンセリング関連の記事を書いてくれている創価大学の大関健道さんが、2冊の理科(探究)の本の比べ読みをしてくれましたので紹介します。

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 小学校に続き、この4月から中学校では2017年に改訂された学習指導要領が完全実施されています。新学習指導要領が目指している「主体的・対話的で深い学び」を実現するためには、子どもたち一人ひとりの疑問や問題を基にして、仲間と協同しながら共にその疑問や問題を解決していく「探究的な学習」をどれだけ実現できるかどうかが極めて重要なポイントです。端的にいえば、今までの教科書に書かれている内容をカバーするような教師主導の授業を、どこまで子どもたちの疑問や問題を解決する子どもたちの自立的な学習「探究」に転換できるかということです。

 今回は、「理科の探究」について書かれた以下の2冊の本を読み比べてみました。

1.『探究する資質・能力を育む理科教育』小林辰至(編著),大学教育出版,2017

2.『だれもが〈科学者〉になれる!~探究力を育む理科の授業』チャールズ・ピアス(著)門倉正美ほか(翻訳),新評論,2020


『探究する資質・能力を育む理科教育』

 やはり、特筆すべき内容は、この本で紹介されている6つの「探究する資質・能力を育むための具体的なアプローチ・手立て」です。

【1】自然と触れ合う「原体験」(理論編:第2章、第3章)

【2】仮説を立てる力を育む指導方略“The Four Question Strategy4QS)”とこれを生かした仮説設定シート(理論編:第4章、第5章、第9章、第14章,実践編:第3章、第4章、第5章、第6章、第8章)

【3】日本版プロセス・スキルズ「探究の技能」(理論編:第7章、第13章)

【4】観察と実験の「問い」の立て方(理論編:第8章)

【5】小学校中学年(34年生)の子供を対象とした仮説を立てる力を育む指導方略“The Two Question Strategy2QS)”とこれを生かした仮説設定シート(理論編:第10章,実践編:第1章)

【6】探究の過程の8の字型モデル(理論編:第11章,実践編:第2章、第4章、第6章)

 どれも、子どもたちの探究的な理科学習を推進していくうえで役に立つ、極めて重要な探究のアプローチの方法です。

しかし、本質的な問題として、書かれている内容の視点がやはり教師側にあるのです。つまり、本の内容が、教師による理科の授業・指導を通して、子どもたちの理科における「探究」を推進していくために必要な資質・能力を育てるためには、「理科教育」はいかにあるべきかという視点で書かれているのです。探究・学習の主体者である子どもたちの視点ではありません。

それを端的に表しているのが、【2】仮説を立てる力を育む指導方略“The Four Question Strategy4QS)”云々に書かれている「指導方略」という術語(テクニカル・ターム)です。指導方略とは、目標達成のために教師がどのような方策・手立てをもって子どもたちを指導するかというものです。

もちろん、この本は教師を主たる読者として書かれた「理科教育」の本ですから、当然のことかもしれません。本の内容は、多くの理科教育の実践的研究と学校現場での研究的実践に基づいて、理科における子どもたちの探究を推進していくために必要な資質・能力について書かれています。「問い」の立て方や「仮説」を立てる力などを含め、子どもたちが探究を進めていくために必要なさまざまなプロセス・スキルズ「探究の技能」について具体的に書かれている、素晴らしいものだと思います。

しかし、私には、この本を読みながら、子どもたちが「学びの主体者・当事者」として生き生きと目を輝かせながら探究しているイメージが湧くことは、ほとんどありませんでした。

 もう一つ、この本に物足りなさを感じたところがあります。それは、【4】観察と実験の「問い」の立て方に書かれている内容です。「問い」の立て方については、理論編の第8章「観察と実験の「問い」の立て方」で解説されているのですが、理科室や教室で実践するために具体的にどのようにすればよいのか、いま一つよく理解できませんでした。その理由を私なりに考えてみると、その原因が、この本では理科の教科書に載っている観察・実験を基にして「問い」の立て方を考えているところにあるということがわかりました。

学習の主体者である子どもたち一人ひとりの「不思議に感じたこと」や「疑問に思ったこと」、「もっと調べてみたいこと」など子ども自身の疑問や興味・関心から「問い」を立てることは、自立的な学習「探究理科」の過程の中で最も重要なプロセスの一つです。この意味で、この本に書かれている「問い」の立て方は、子ども主体の「問い」の立て方になっていないのです。


◆『だれもが〈科学者〉になれる!~探究力を育む理科の授業』

 この本の特筆すべきことの一つ目は、大阪大学医学部大学院で研究と医学教育に携わっている仲野  氏もこの本の書評で書いているように、大学院教育で行われていることが小学校の理科の授業を中心に行われていることです。https://honz.jp/articles/-/45579

すなわち、チャールズ・ピアス先生の教室では、教師が小学生の子どもたちを「科学者」として認め、子どもたちがもっている「可能性」と「潜在能力」を信頼すること、信じ抜くことを教育の原点として授業が行われているのです。このことによって、子どもたちは自分自身を科学的な素養をもっていると思うようになるのです。そして、ピアス先生の理科の授業では、その目的地が、子どもたち一人ひとりを自立した学習「探究理科」ができる人に育てることなのです。

まさに大学院では、ゼミや授業、実験・実習を通して、一人前の研究者・科学者として研究・探究していくために必要な資質・能力の育成が図られるわけですが、ピアス先生の教室では、自立的な学習「探究理科」の中核に子どもたち自身の「問い」を位置づけています。その「探究理科」の原動力となる「問い」を子どもたちが立てられるようにするために、以下のようなさまざまな手立てと工夫を行っています。これが、本書の特筆すべき二つ目の特徴です。

「クエスチョン・ボード」:ホワイトボードの掲示板で、子どもたちが思いついた「問い」を自由に書いていくものです。

「問い探し」の活動:籠の中に入っている奇妙な形の貝殻や電気器具の部品、種子、おもしろい形の岩石、分解された機械の部品、道具などの中から一つを選び、それをじっくりと観察し、「問い探し」のシートに記録する。記録する内容は、自分が選んだものの名前や状態、スケッチ、それについての問いと問いに対する答えを見つけるための方法です。

「実証しやすい問いの立て方」:「実証できる問い」の立て方を学ぶ際に行うミニレッスンのためのワークシートです。

「発見ボックス」:電気、ミールワーム、飛行、工作(模型づくり)、光と色、液体と固体、磁石、シャボン玉など、テーマに応じて、さまざまな素材や器具が入っているものです。発見ボックスの外側には、科学的発見をするための具体的な「指示」と中に入っているものを使って子どもたちが探究したくなるようないくつかの「問い」が書かれた紙が貼ってあります。さらに、箱の中に入っている素材などを見て、子ども自身が独自に考えついた「問い」をそれらの素材を使って探究していきます。

「科学発見シート」:自分が思いついた「問い」を書き留めたり、「発見ボックス」に取り組んだりしたときに試行錯誤してみた内容やその結果を記録するものです。科学者の「研究ノート」に相当するものです。

「発見ブック」:子どもたちが、発見ボックスの中に入っているものを自由にいじくりまわしたり、ボックスの外側に書かれている「問い」に答えるために試行錯誤したりした内容と結果を、「科学発見シート」に記録します。これをバインダーに綴じて、誰でも見ることができるようにします。

「野外活動」:校庭の樹木を生かした「自分の木」の観察、定期的に行われる「野外教室」での捕虫網を使った昆虫やクモなどの観察と生物調査、水辺の生き物である両生類の観察調査、「生物多様性の日」に行う野外調査などです。

このように、子どもたちがさまざまなものを自由にいじくりまわしたり(自由試行・Messing About)、校庭や公園などを自由にフィールドワークしたりしながら、たっぷりと時間をかけて、子どもたち一人ひとりが興味をもったことや、「なぜだろう?」、「どうして?」、「どんなふうに?」、「何と関係があるのだろう?」と疑問をもったことを基にしながら、クラスの仲間と共に、さらに先輩たちの「探究理科」での取り組みを参考にしながら、「実証できる問い」を練り上げていくのです。

自立的な学習「探究理科」にとって最も重要なプロセスの一つである「問い」を立てることが、子どもたち自身の手でしっかりとできるのは、上記のようなさまざまな手立てや工夫を行っていることと、子どもたちの「探究」のために時間を保障しているからです。こまごまとした「指導方略」を駆使しているのではありません。この点が『探究する資質・能力を育む理科教育』との大きな違いです。

この本の特筆すべき三つ目の特徴は、子どもたち自身が自立的な学習「探究理科」を進めていくために「書くこと」と「読むこと」を重視していることです

読むことと書くことを関連づけるためのものとして、科学読み物を自分たちの探究に生かすための「理科と本とのつながり」シートや、科学読み物についての話し合い活動を行ったり、書評を書いたりするための「おすすめの本」シートがあります。さらに、それぞれの子どもたちが、探究してきたプロセスをふりかえって自己評価したり、探究している内容を記録したりする「探究ジャーナル」、発見ボックスや野外活動に取り組んで発見したことを記録する「科学発見シート」、さまざまな探究テーマごとの「シート」、発見ボックスを使った活動を行うための「教師と生徒の契約書」「探究実施計画書」など、自分たちの探究を進めていくために、本当に子どもたちは多くの機会に書くことに取り組みます。

 そして、四つ目の特徴は、科学者と同じように、子どもたち自身が自分たちの探究に必要な費用を取得するための「探究助成金申請書」を作成したり、「子ども探究大会(研究発表会)」に参加して、ほかの学校の子どもたちや科学者を含めたさまざまな人々から「探究理科」で取り組んだ研究に対するフィードバックをもらったりしながら、人とのつながり・科学者コミュニティを醸成していることです。まさに大学や企業などの研究者や技術者=科学者と同じことを行っているのです。このような視点と具体的な学習活動は、『探究する資質・能力を育てる理科教育』には見られないことです。

 今回の比べ読みを通して、子どもたちに「~させる」という使役表現を用いるような、教師が中心の授業観ではなく、子どもたち一人ひとりが自立した学習者として学び・成長するために、教師は何ができるのか、どんな工夫や手立て・支援ができるのかを考えていく、子ども中心の学習観をもつことが大切であることを改めて感じました。


2021年8月8日日曜日

テストよりも学びのための評価を

 先月末、福岡市の男性教諭がテスト28回分、昨年度の休校期間中の宿題を放置して処分しようとした際、不審に思った同僚により密告され!?ニュースとなりました。男性教諭は「子どもたちとの時間がほしかった」としていましたが、福岡市教育委員会は「残業も多くなく当然行うべき業務で、教育への信頼を損なった責任は重いとして」として、一ヶ月の停職処分となりました。この記事を読むとどのような文脈でこのようなことが起こったのか、様々な憶測がよぎります。私たちはこの問題をどう受け止めると良いのでしょうか? 

 

このコロナ禍の期間中の課題の量や単元末テストは教員にとって本当に負担のない妥当な残業量だったのでしょうか。これを働き方改革の一環として労働環境の問題として捉えることもできそうです。またはコロナ禍における教員のやるべきことが多すぎて全く手が回らない問題とも受け取れます。授業そのものの準備や研究への時間をどう保障されていたのでしょうか。若手教員の学級事務処理能力の問題として、職場内の教員育成・研修が機能していたのか気になるところでもあります。保護者より集金している業者テストだけに、最後まで全てやりきって返却できなかったことが問題だと管理職は言いそうです。もしそうだとしたら、テストさえ行い、返却さえしていれば、なんら問題がなかったのでしょうか。そしてこのことを行政処分だけで片付けて思考停止してしまっていいものなのか、一度立ち止まって考えてみる必要がありそうです。

 

この男性教諭は「子どもとの時間をとりたかった」と語っていますが、これは私たち教員ならばだれもがもつ同じ願いです。そして、この子どもとのどのような時間をとりたかったのかに焦点を当ててみると「本当はテストなんかでは、子どものことを分かることはできない」と思っていたのではないでしょうか。だからこそ、こっそりを秘密裏にダンボール箱にしまって、車で持ち帰って処分してしまおうと思ったのかもしれません。もちろん、ペーパーである程度の子どもの理解を図ることは可能です。しかしやはりそれは「ある程度」でしかありません。そして、単元末テストでは子どもが自分で学び直すには「もう時、すでに遅し」です。

 

本当に子どもを理解するには、評価についてあらためて捉え直していくことです。最近、読んだスージー・ボス/ジョン・ラーマー著・池田匡史/吉田新一郎訳『プロジェクト学習とは』新評論★★からの「第5章 生徒の学びを評価する」の一節は、決して単元末テストだけに頼ることのない具体的な実践例が豊富であり、私たちの教室の見取り、さらには教え方まで影響を与えてくれる分かりやすいものでした。

 



 

 

それではペーパーテストに変わる評価とは一体どのようなものがあるのでしょうか? 探究学習のPBL(プロジェクト学習)における評価場面は、なによりも「生徒の成長」にこそ向けられるものです。生徒をより高いレベルへ導くためのものであり、落ちこぼれというレッテルを貼るための順位づけをしたり、生徒を能力別に分類したりするためのものでは決してありません。

 

評価には学習を通して頻繁に行われる形成的評価の「学びのための評価」と学習の終わりに行われる総括的評価の「学んだことの評価」があります。単元末のペーパーテストはこの総括的評価ですが、その中の一例に過ぎません。そして効果的な評価方法を計画するために、①評価基準の透明性を保つこと、②形成的評価を強調すること、③個人とチームの評価のバランスをとること、複数の情報源からフィードバックを奨励することの4つが本書で紹介されています。これらの評価は決してプロジェクト学習だけのものではなく、様々な授業においての基礎となります。ぜひ、ご自分の授業に引き寄せて考えてみてください。

 

① 評価基準の透明性を保つこと

教師は学習の全体像を生徒に伝え、それに沿って学習を評価します。本書の例にあるニューバーン先生は、生徒たちに評価基準を既に理解できるよう、クラスのウェブサイトに明確に記載していました。先生はまた、学習の到達点となるような課題の内容や締め切りも事前に知らせていました。生徒たちは学習の最終段階で自分たちが理解したことを行動計画にまとめあげて提案することも分かっていました。このように生徒の評価に関する計画を事前に生徒と共有します。さらに、この評価基準(ルーブリック)を生徒と一緒に作成することで、素晴らしいクラス文化を創り上げていくことができます。自分たちで評価基準を設定することで、質の高い活動とはどういうものなのかを生徒自身が考え、理解することにもなるのです。

 

② 形成的評価を強調すること

既に知っている予備知識を調べ、学習のゴールとなる具体的な課題を与え、生徒の学習進捗状況を観察し、質問します。これはワークショップ授業の肝であるカンファランスを呼ばれるものです。形成的評価には他にも出口チケット(授業の終わりの本時の理解を問う小テストのようなもの)、生徒が自分の学習を振り返るジャーナル、生徒同士でお互いのノートや成果物へのアドバイス(上手くいっていること、困っていること、疑問に思っていることなど)を出し合えるギャラリーウォークなどを駆使します。教師にとっては、これらの情報が次に教えることを計画する貴重な情報源となります。

 

③ 個人とチームの評価のバランスをとること

アクティブラーニングと呼ばれる対話を通して、グループ学習をするには、チームでの協働が重要な役割を示します。チーム学習ではグループとしての全体の評価はできたとしても、一人ひとりの個別評価が難しいと思われがちです。それには個人としての課題とチームとしての課題とを明確に分けて求めることでバランス良く評価することができます。このチーム課題については、生徒がお互いの協働スキルを評価し合い、自分のチームがどの程度うまくいったのか、一緒に活動できたのかを生徒が振り返ることも行います。

 

④ 複数の情報源からフィードバックを奨励すること

これまでは教師からのみ評価することが一般的でしたが、生徒は様々な意見をもらうことで、効果的に学習することができます。自己評価に加え、仲間から、発表を聞いている聴衆から、学習について相談した専門家からなど教師以外のフィードバックを効果的に使います。仲間同士のフィードバック能力を育てるために、あるチームの話し合いや練習を他のチームが観察しアドバイスをするといった「フィッシュボウル(金魚鉢)」と呼ばれる方法もあります。また、学習の途中で相談した専門家からのフィードバックは教師のどんな言葉よりも重みのある言葉となり、生徒たちは学習改善への情熱を燃え上がらせます。

 

 

 

このような形成的な評価をもとにするならばテストを何十枚やるよりも子どもの学習を支援する一番の支えとなるはずです。「子どもとの時間がほしかった」という言葉は、子どもを一番に考えるのならば子どもの学習を見取るために使われるべきです。学習末の単元末テストで測れるものはその中のほんの小さな一部分でしかありません。生徒や教師にとっても負担感の多いテストの呪いから解き放たれるために、私たちには何ができるでしょうか。この夏、2学期の授業準備に形成的評価を取り入れてみませんか? あなたが思うほんとうの評価とは何ですか? 

 

テスト28回分未実施の男性教諭を停職1カ月に 福岡市教委処分(西日本新聞)


テスト行わず宿題も放置…小学校教師を停職1カ月(Yahoo!ニュース)

 

★★

スージー・ボス/ジョン・ラーマー著・池田匡史/吉田新一郎訳『プロジェクト学習とは』新評論


2021年8月1日日曜日

「学校リーダーのあるべき姿:リード・ラーナー」

学校が学び続ける組織であるために、学校リーダーはどのような存在であるべきなのでしょうか。

ここ数回連続で紹介している『学校リーダーシップをハックする』★1に、教師が校長と聞いて連想する言葉をあげてもらった結果が紹介されています。それらは、「上司」や「規律を定める人」、「監督者」、「意思決定を行う人」、「マネジャー(管理職)」、「評価者」、「関係が薄い人」、「孤立している人」となっています(p. 17)。また、学校リーダーに関する別の本には、「生徒の規律や文書の締め切りばかりを気にかけている校長は、カリキュラムや授業のことは専門外だと考えているふしがある。」(p.80)★2 という一節があります。思い当たるフシが大いにあって吹き出してしまいました。
 
いずれにしても、多くの人が、校長は、組織を監督し、校長室にこもって問題の処理や文書の管理をする「管理者」であると考えていることが分かります(おそらく洋の東西を問わずだろうと思います)。

では、学校リーダーのあるべき姿はどのようなものなのでしょうか。

『学校リーダーシップをハックする』が、同書の第1番目のハックとして掲げているのは、「校長は、もっと教職員の中に分け入り、学び続けるモデルとしての姿を見せよう("Hack 1 Be Present and Engaged"」です。

校長は、学校コミュニティーとのかかわりをほとんどもたない「管理職」から、「今、ここ」に集中し、学校コミュニティーのあらゆる面に、夢中でかかわり、教え方に関する継続的な改善を行うリーダーになるべきであると訴えているのです。管理職という肩書きから脱却し、子どもにとって最善の利益になることを行い、誰よりも先駆けて学ぶ学習者になる、つまり、「リード・ラーナー」を目指せという提案です。

同書の「あなたが明日にでもできること」というコラムに、リード・ラーナーを目指す人が、まず最初に取り組めることが紹介されています(p.19-22)。

(1)ひたすら聴く
 子どもや教職員、保護者、秘書、同僚、理事などに耳を傾ける。

(2)質問をする
 教師や生徒、保護者に質問を送ることで、おおよその状況を知ることができる。

(3)生徒と一緒に昼食をとる時間をつくる
 計画的に生徒と交流することで、ほかの情報源からは得られない重要な気づきを得ることができる。

(4)目に見える形でお祝いする
 学校で起きている良いこと、すばらしいことをSNSなどを通して紹介する。できれば一日一回投稿することを推奨しています。

(5)校長室から出る
 「もし、あなたが単なる管理職からリード・ラーナーへと生まれ変わるつもりならば、あなたは校長室から出なければなりません。」と断言しています。

どれも、すぐにでも取り組めそうなことですね。「管理者」から「リード・ラーナー」へ。学校が変わる第一歩はこの周辺にありそうな気がします。

同書に引用されているアルベルト・シュバイツァーの言葉です:

「人を動かすにはモデルを示すことが大切だ。というより、それしかない。」


★1近日発刊予定 『学校リーダーシップをハックする』ハック 1 「校長は、もっと教職員の中に分け入り、学び続けるモデルとしての姿を見せよう」

★2 Thomas R. Hoerr (2005) The Art of School Leadership, ASCD.

2021年7月24日土曜日

オフサイト・ミーティングで学ぶ

久しぶりに『「学び」で組織は成長する』(光文社新書2006)を読み返しました。

かつて、中学校教員時代、校内研究のやり方を模索していた時にとても参考になった本です。この中で紹介されている「オフサイト・ミーティング」で思い出すことがあります。それは、30代前半のころに勤務していた「子ども科学館」でのミーティングです。

 当時、企画普及課という部署に所属しており、仕事の一つが展示場での解説を行う解説員の人たちの研修業務でした。解説員と言っても、ほとんどの人が文系の人で、どちらかというと小・中・高校時代に理科が苦手な人も結構いたのです。

 その人たちにどうやって科学に興味をもってもらうかをいろいろと考えたうえで、最終的にたどり着いたのが「オフサイト・ミーティング」でした。 

 会合は月1回、勤務後に科学館近くのレストランの一部屋を借り切って定期的に行いました。そのとき、何もなくては話もできないので、とりあえず『量子力学の冒険』(ヒッポファミリークラブ)という本を話の種として選びました。これは理系の人でなくても面白く読める本だと思ったからです。 

 始まってみると、やはりだれもが楽しく読める内容でしたので、話が盛り上がりました。毎回、量子力学だけではなく、物理や生物などにも話が広がりました。時々、知り合いの大学教員にもゲストとして入ってもらって、専門的な話をわかりやすく解説してもらいました。結局、2年ほどこの会合は続きました。

残念ながら、私が中学校の現場に戻ることになり、そこでミーティングも終わりになりましたが、毎回10名前後の職員が参加し、今でも再会するとそのときの話で盛り上がるほど、各自の印象に残る自主研修でした。712日付の「日本教育新聞」には次のような記事が一面に掲載されていました。 

教員免許更新制について、文科省が現職教員を対象にしたアンケート調査の結果を公表した。更新講習に総合的に満足感を示したのは2割にとどまり、否定的な回答が6割を占めた。受講内容が教育現場で役立っていると答えたのも3割程度にとどまるなど、これまで大学を通じて文科省が把握していた結果とは異なる結果が浮き彫りになった。 

教員研修の一環として始められた「教員免許更新制」もその成り立ちからして、現場の教員にとっては迷惑な話でした。指導する側の大学教員にとっても、決して歓迎すべきものでもありません。今回の結果が更新制の廃止につながるかというとどうも見通しは暗いようです。与党の文教族の一部が廃止には反対していることもあり、関係する当事者たちが望まないことがしばらく続いていくのではないでしょうか。 

これは以前からの私の持論なのですが、教員研修は校内もしくは近隣の学校でやることが一番です。当事者のモチベーションを考えても、時間的なことを考慮しても、小グループを基本とした学びが多くの教員にとって望ましいものだと思います。生徒の自立を言う前に、教師自身の自立が大切です。


2021年7月18日日曜日

新刊案内『静かな子どもも大切にする』

 訳者の一人の山崎さん(創価大学教職大学院)が紹介文を書いてくれました。

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 人と話したり会ったりすることは楽しいけれど、その後は自分の時間が必要。人と関わる仕事をしているけれど、時々「そっと」休憩(自分の時間)が必要。一日が終わると、仲間と集まって何かをするよりも、お家に帰ってゆっくりしたい。こんな人はいませんか? もしかすると「静かな人」かもしれません。

 学校を思い出してください。子どもの声が聞こえ、活気があって、授業は子どもの発言であふれている。こんなイメージが「よい」学校、「よい」授業ではないでしょうか。このイメージに当てはまる「行動」を見せることができない生徒にたいして、「もう少し・・・」と思ったこともあるのではないでしょうか。でも、大人にも、いつも元気で、いつもおしゃべりでいることが辛い人もいます。私も、できれば自分より大きな人の後ろで隠れていたいときがいっぱいあります。仕事終わりには一人でいる方がリラックスできます。

 本書は、「静かな人」も力を発揮できる環境のつくり方や、コミュニケーションのとり方を紹介しています。考える時間を大切にすることや、その人にあった表現方法の選択肢、教室環境のちょっとした工夫、ICTを活用した手を挙げる・口頭発表以外の生徒間、教師-生徒間のコミュニケーションの方法を紹介しています。

 また、生徒の興味関心(教科に関連することに限られません)から発生する学びを尊重する環境づくりについても紹介しています。静かな人も、自分が好きなことや自分の思いが強いものに関しては自然と話すことができます。自分が伝えたいことを話せる環境はどれくらいあるでしょうか。また、お互いにきちんと聴くという環境はどれくらいあるでしょうか。個人の伝えたいことを伝える。お互いの考えていること、伝えたいことをきちんと聴く。このような学びの環境を考えてみませんか。 


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2021年7月11日日曜日

11時の1分前は、10時69分 


 いよいよ1学期末。多くの先生が単元末テストの採点や成績処理に追われている頃。「このテストが本当に子どもの評価に値するものなのか」「時間がない中、わからないままではおわらせられないな」など、本来ならば、もう少し子どもたちと時間をかけて考え合いたかったことや、しっかりと復習してあげたかった気持ちが交錯します。自分の至らなさを振り返り、葛藤する時期ではないでしょうか。

 

今回は、数学者の谷口隆さん★が子どもの間違えについて探究するお話です。お子さんの間違いを「事件簿」と名付け、ほっこりするエピソードが語られています。殺伐としたこの学期末、少し息をついて子どもの思考により沿ってみませんか? 

 

予定の11時前よりちょっと早く家に着くときの話。11時より前の時間が話題になったときに、「11時の1分前っていつ?」と谷口さんはお子さんに聞いてみました。すると子どもはしばらく考えた末に「1069分」と答えました。谷口さんは、69分という存在しない時刻に「ある種の不協和音のような響き」と印象に残ったようです。

 

では、どういう思考の筋道でこの事件が起きたのか、みなさんもぜひ考えてみてください。

 

この問題は複雑な繰り下がりが繰り返される、3つのステップを経ます。

    11時から1分は引けない。11時を10時とし、1時間を60分に繰り下げて引く。

    繰り下げてきた60分から1分を引くが、これにも繰り下がりの引き算がある。

    601は、十の位の6から1繰り下げて、101=9と引き算ができ、601=59である。

 

“こう考えてみると1069分と言う答えは誤ってはいるもののほとんど正解であると言えないだろうか。どうやら601の引き算で繰り下がりに失敗し、69になってしまったようだが、このように3つのステップに分解し2度の繰り下がりの計算は実行したことがうかがえる。

谷口隆著「子どもの算数、なんでそうなる?」(岩波書店)P.70より

 

“人は自分が興味を持ったこと、自分にとって意義があると感じられる事は、自発的に試みて、幾度もの繰り返しから誤りや修正点を見出し、次第に精度を上げていくことができる。時刻について考える機会は、この先この子には無数にある。そう思えば、せっかく子ども自身で考え出した答えの誤りを、とやかく指摘しなくても良いような気がする。”

谷口隆著「子どもの算数、なんでそうなる?」(岩波書店)P.70より

 

 

間違えを、子どもの計算技能の未熟とみるのか、はたまた考える筋道に寄り添うのか、子どもにとっての命運が分かれます。算数は正解・不正解がはっきりしているだけに、苦手をつくりがちの教科です。間違えの中にも部分的には正しい思考の筋道があります。もし、子どもの推論を予想できなければ、子どもに「どうしてそう思ったの?」と聞こうとすることから始められます。そこには、子どもの思考プロセスを汲み取ってあげようとする優しさが伝わってきます。

 

テストを返却するとき、一つ誤答をみんなで考え合ってみませんか。ちょっとスピードを落として「どうしてそう思ったのだろう?」と、子どものつまずきに興味をもって寄り添ってみると、その中に広がる豊かな子どもなりの思考世界が分かってきます。そして、間違えや思考の途中にこそ学びが生まれてくるその意味が分かってくるはずです。海外にはすでにドラフト算数・数学という間違えや下書きを共有しながら対話ですすめる授業実践もあります。★★

 

ある時点で誤った認識をしていても、月日がたち、学びが深まるにつれて、自ら誤りに気付いて修正する力が子どもにはあります。とくに算数のカリキュラムは時期を空けながらも繰り返し学ぶ機会を持てるように、学習単元は配列されています。すべてを今、ここで理解させようとすることを手放して、少しゆとりをもって子どもの事件簿に向き合ってみませんか?

 

谷口隆著「子どもの算数、なんでそうなる?」(岩波書店)

著者の数学者ならではのものの見方とその優しさが伝わってきます。

 

315」にマルをつけた数学者が語る、子どもの算数の見守り方 間違いを否定せず、考えた道筋を共有しよう

2021/06/18(東京新聞WEB

https://sukusuku.tokyo-np.co.jp/education/44649/

 

★★

デラウェア大学教育学部教授のアマンダ・ヤンセン氏は『ラフドラフト算数・数学』で、これまでのような正答を求めるだけの算数・数学から、生徒同士がアクティブに考え合う、共有に重きを置いた新しい数学実践を提案しています。

 

ラフドラフトとは、下書きのことです。ラフドラフト算数・数学は、生徒がその未完成で進行中の自分の考えを共有し、アイディアを修正するために話し合えるようにすることです。答えや計算の手順ではなく、自分の考えについて話してもらうことで、生徒同士が考える機会を増やすことができます。詳しくは以下のPLC便りを参考にしてください。

 

PLC便り「答えよりも考え方へ 下書きアイディアを共有するラフドラフト思考」

20201115日(日)

https://projectbetterschool.blogspot.com/2020/11/blog-post_15.html

 

 

 

 

2021年7月4日日曜日

新刊案内『社会科ワークショップ』

 執筆者の一人の西田雅史先生が、紹介文を書いてくれました。

  *****

 子どもの頃、社会科の授業が大嫌いでした。そんな私が教師になって最初に行っていた社会科の授業は「教科書をなぞる」というものでした。黒板に授業の目的を書く、教科書を生徒に順番に読ませる、教室全体に向けて発問する、発問の意味が分かった一部の子どもだけが参加する――こんな授業を繰り返していました。しかし、本書で紹介する「社会科ワークショップ」が、社会科に対する見方を180度変えることになりました

 上記は「社会科ワークショップ〜自立した学び手を育てる教え方・学び方」の新刊案内の冒頭部分です。現在私は4年生の担任で社会科ワークショップを実践していますが、4月当初、「社会いやだなあ」と言っていた女の子が、「先生!たんきゅうはまだですか!」と言ってくるほどです。また、毎時間Google formでアンケートを作成し、子どもたちに放課後に回答してもらっていますが、高い割合で子どもたちが「たんきゅう」を楽しんでいることもわかります。私だけでなく子どもたちも社会科に対する見方が変わってきているのです。

 これまで実践してきた中で子どもたちが「探究が楽しい!」と感じていることが多かったのですが、その要因は大きく2つだと私は考えています。

自分でテーマを決める楽しさ

 これまでの社会科の学習ではクラス共通の学習課題に取り組んできた子どもたち。それが自分の興味関心に合えばいいのですが、全ての子どもたちがそうなるわけではありません。一方で社会科ワークショップでは学習のゴールは子どもたちに共通としてあるものの、そのゴールまでの道筋はバラバラであっていいという考え方のもと子どもたちは学習を進めています。子どもたちは自分で選ぶことができると知るとその時点でモチベーションがぐぐぐっと上がるものです。

 例えば私が今年度実践している4年生の社会科「お水ハンター〜安全で安心なお水のヒミツを調査せよ〜」では、学習のゴールを「安全で安心した水を安定して供給できるシステムを理解すること」としていますが、子どもたちは「浄水場」「下水道」「ダム」の中から一つテーマを選び、それらのシステムについて調べています。最終的に3つのテーマ同士が集まって発表し合うので、子どもたちは扱っていないテーマについても理解することができます。

共同で考えを作り出すことの楽しさ

 本書の「学習コミュニティーを育てる」の章にも登場しますが、子どもたちは社会科の学習を通して自分の考えをもち、それを発信し、友達と議論するなかで新たな考えを生みだしていきます。5年生の社会科ワークショップの工業ユニットで自動車会社を設立したときには、自動車工場を国内、国外のどこに作るかで2つの会社が議論をかわす場面がありました。

 わいわい盛り上がって楽しいの「fun」ではなく、知的好奇心がくすぐられ、興味関心が湧いて楽しい、という意味の「interesting」の要素をこのとき子どもたちから感じたのを今でも覚えています。子どもたちはこのようなことを繰り返しながら主体的に参加するコミュニティーをクラス内につくっていきます。社会科ワークショップが行われている教室は、ある意味「理想の社会」の縮図になっているとも言えます。

 また、社会科ワークショップでは、教師の子どもたちとのかかわり方も、これまでの授業とはまったく変わってきます。教壇に立って、子どもたちに向けて一斉に指示を出すといった授業を繰り返すのではなく、一人ひとりに対してカスタマイズされた支援を行っていきます。本書では、ライブ感豊かにその様子を紹介していますが、これこそが「自立した学び手」を育てる一助となっています。

 最後になりましたが、私は子どもを変えたいのなら、まずは教師が変わらなければいけないと考えています。変化することを恐れている場合ではありません。そのための一助に「社会科ワークショップ〜自立した学び手を育てる教え方・学び方〜」がなることができれば幸いです。

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