私(杉本智昭)は私立の中高一貫校で生徒指導を担当しています。生徒指導部は中学1年生から高校三年生までの各学年の担当者1名と私の7名からなり、従来のリアクティブな生徒指導や文化祭などの行事のサポートの他、学校がさらに良くなるように、あいさつやタイムマネジメントなどの発達支持的生徒指導や性非行防止プログラムなどの課題予防的生徒指導に取り組んでいます。
昨年度、タイムマネジメントを担当している教員から、生徒がより主体的に時間管理ができるように「チャイムを鳴らさない」ようにしてはどうかという声がありました。私も生徒が自分自身で時間管理ができるようにチャイムを鳴らさないことを考えていましたので、学校のコア会議で提案をしてみたところ、猛反対に合いました。一番の理由は「遅刻の管理ができない」というもので、私はまったく理解ができませんでした。なぜなら、教員自身が時間を守っていれば、生徒は時間を守るからであり、たとえ生徒が遅刻してきたとしても、生徒と教員に信頼関係があれば、チャイムがないことで問題が起こることはないと考えているからです。
早いもので『一人ひとりを大切にする学校』を出版されてちょうど1年が経ちました。『一人ひとりを大切にする学校』は著者のリトキーがMET(the Metropolitan Regional Career and
Technical Center)で行っている、一人ひとりを大切にする教育実践が書かれた本です。読み返してみると、改めて多くのことに気づかされました。例えば、前述のチャイムのことについて著者のリトキーは「(生徒がトイレなどに行きたいときに必要な)許可制も、チャイムも、校内放送も、失礼なやり方です」(p. 55)と書いており、私たち教員がいかに学校を「リアル」な世界と違うものにしようとしているかを指摘しています。考えてみると、リアルな社会で私たちはトイレに行く許可を誰かから得るでしょうか? 私たちがしている仕事の内容をチャイムごとに切り替えているでしょうか? また、リトキーはかつて訪問した学校で、一人の生徒をシャドーイング★した経験から、次のように書いていました。
生徒に対して教師がいかに一方的に話をしているかに気づき、また教師の都合で意 味もなく、生徒のしていることを止めたり、強制的に始めさせたりしていることが信じられませんでした。その生徒の一日のうちに起こったことは、それぞれまったくつながっていませんでしたし、自分の存在が価値のあるものであり、自分の声がしっかり聞き入れられているとその生徒が思えるような出来事は何一つありませんでした。
リトキーはこの経験から、「その生徒に対する敬意と信頼が欠如していることをはっきり感じました」(p. 55)と書いていますが、果たして私たちのしていることはどうなのかと改めて考えてしまいます。
リトキーは「敬意」についても書いています。
アメリカの教育では、「敬意」と聞くとほとんどの人が、生徒が教師を名字で呼び、『はい、先生わかりました(yes, sir)』と言ったり、教師や校長の前でおとなしくしておくということを思い浮かべます。私にとっての敬意とは、生徒や保護者、校務員など、あらゆる人やあらゆるものに向けられるべきです。私たちは他者、自分自身、そして学校の校舎に対しても敬意を抱き、それを表さなければなりません。(p. 68)
では、どのようにして私たちは生徒に「敬意」を表すことの大切さを伝えることができるのでしょか? リトキーは言います。
生徒が敬意を払うようになるには、彼ら自身が敬意を払われていると感じていなければなりません。(p. 68)
私たちは生徒にあらゆる人に対して「敬意」を払うことを求めますが、私たちの生徒は私たちに「敬意」を払われていると感じているでしょうか? 私たちが間違ってはいけないのは、「敬意」を払うということが生徒に対して丁寧に接することとイコールではないということです。もちろん、生徒に対して丁寧に接することは大切なことだとは思いますが、「敬意」を払うということはそれで十分ではありません。リトキーは言います。
生徒に敬意を払うとは、生徒自身に関わる物事について生徒に選択する機会を与えて実際に判断させ、何よりも私たちが生徒の可能性を信じることです。(p. 68)
7月16日のPLC便り(「教え方の「これまでのアプローチ」と「これから求められるアプローチ」(+この転換を実現する本の紹介)」)で「従来のアプローチ」と「求められるアプローチ」のことが書かれてありますが、いかに多くの学校・教師が教師主体で考えているのかがよくわかるのではないでしょうか。『一人ひとりを大切にする学校』の前書きに「日本の教育がより一層生徒一人ひとりを大切にするものになることを願って」と書きましたが、まだまだ道半ばです(というか、半ばまでも行っていないと感じています)。
『一人ひとりを大切にする学校』を読んで実践したいと思ったことのすべてができなくとも、現場でできることを一つでもいいので積み重ねていく。そのことが大事だと改めて感じました。日本の学校や授業が抱えている多くの課題に対して一つでもより良くしていき、今私が勤めているところを『一人ひとりを大切にする学校』にしていきたいと思います
★ 影のように一定期間離れずついて回り、その対象が何を感じ、考えているかなどを体験すること。これは、従来の教員研修と違って、得るものの多いとても効果的な方法です。
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