2022年11月26日土曜日

失敗から学ぶこと

 

このところの円安による貿易収支の赤字が気になります。確かに日米の金利差によるドル買いも大きな要因なのですが、何よりも日本の産業の「稼ぐ力」が衰退としていることが気になります。

 今から30年前は世界の半導体企業のベストテンのうち、6社が日本企業でした。(NEC,東芝,日立,富士通,三菱,松下)ところが今やベストテンには日本企業は1社もありません。(30年くらい前、私はちょうど県立の科学館に出向していました。ある企画展のための準備で日立の中央研究所を訪問して、当時最先端の半導体研究について話を伺ったことがありましたので、まさに隔世の感があります。)

 なぜこのような日本企業の凋落が起きてしまったのでしょうか。その原因解明の手がかりになりそうなのが、『平成時代』(吉見俊哉・岩波新書2019)です。

 同書52ページの記述です。

 

 この失敗の第一の要因は、日本の主要な電機産業が、テレビ時代の終焉とモバイル型ネット社会の到来を十分には認識していなかったことである。2000年代、彼らはテレビの製造工場への大型投資を進めた。パナソニックは07年から薄型テレビに毎年2000億円前後の投資を続け、シャープは09年、社運をかけて大阪府堺に液晶パネルの巨大工場を建設した。いずれもアナログ放送から地上波デジタル放送への移行を見込んだ投資だったが、この頃にはもう「放送」から「ネット」へのメディア転換を予見できたはずだ。プラズマだろうが液晶だろうが、テレビはもはや私たちの生活の基幹的なメディアではなくなりつつあった。その未来を見通すならば、「地デジ特需」を当て込んでこの時期に巨大なテレビ工場を国内に建設するのは、あまりに近視眼的選択だった。

 

 また、もう一つの凋落の要因として、それまでの日本企業が得意としていた「系列」「下請け」の垂直的な分業体制が国際的な水平分業に対応できなかったことが挙げられています。要は「家電から重電までを手掛ける日本企業」にとっては、半導体を始めとする電子産業はいくつかある分野のひとつにすぎず、それで会社が潰れることはないと、甘く見ていたようです。

1990年代「半導体分野」で世界トップに君臨していたNECはその後どうなったのでしょうか。実はNTTの通信部門との取引に安住してしまい、自分の頭で考えることを放棄してしまったようです。また、IBMと互角の戦いをしていた富士通も時代の変化についていけず、脱落しました。想像力の問題と言ってしまえばそれまでですが、コンピュータが計算の道具からコミュニケーションの道具に変化する未来を見通すことができませんでした。こうしてこの30年余りの期間で、「電子立国」(かつて1991年からスタートしたNHK特集の番組タイトルでもありました)は消滅しました。

これに変わる産業と言えば、「自動車」でしょうか。系列・下請け併せて数万社という自動車産業も日本の稼ぐ力の一翼を担ってきました。しかし、クルマもテスラや中国勢を始めとする電気自動車(EV)の台頭により、もはや完全に出遅れです。なまじ技術があるからこそ、ガソリン車とEVの中間を取った「ハイブリッド」にこだわり続けた結果かもしれません。EVになればエンジン製作の関連・下請け会社は必要ありません。その転換を考えると、おいそれとは変われなかったという事情もあります。しかし、結局は先ほどの半導体同様に「先を見通す力」がなかったのです。それまでの成功体験が大きかったために、そこから踏み出して新たな挑戦をする勇気に欠けていました。

そういえば、デジタル庁ができて1年以上経ちます。

デジタル化の究極の目標は、お役所の「紙」をなくすことではないでしょうか。まだ「ハンコ」の廃止すらできていませんから、「紙」をなくすことには相当の抵抗が予想されます。

近年、電子政府先進国として有名なエストニアでは、20年かけてほぼ行政手続きはすべて電子化が完了しました。何と電子化により行政コストは大幅に削減されたそうです。電子化に伴う人員の配置転換なども計画的に進める必要がありますが、国や地方の累積債務を減らすためにも、もはや避けて通れない道です。このあたりの話に興味のある方は、『イノベーションはいかに起こすか』(坂村健・NHK出版新書2020)が参考になります。坂村さんが1980年代に提唱した「TRON」は現在のIoT(Internet of Things)の一つの源流となったものです。なぜかこの「TRON」計画は日本では採用されませんでした。このあたりにも、日本衰退の原因があるようです。

「失敗から学ぶ」

このことを今一度考えてみたいと思いますが、いかがでしょうか。

2022年11月20日日曜日

採用時に教師に求められる資質

 

 このリストは、アメリカのある公立の小中一貫校の教員採用時★に使われているチェックリストです。

このリストのどれだけが、養成課程で扱われているでしょうか?

あるいは、現職研修で?

 それとも、扱うことには無理があるのでしょうか? つまり、これらは持って生まれる(か、あるいはそうでないかの)資質ばかりで、あとから努力しても身につかないものでしょうか?

 

 一方で、これらのほとんどは、教師だけでなく、まともに機能する社会人・組織人としての特徴ではないでしょうか? (その中には、校長、副校長、教育委員会の職員、政治家等も含まれます。しかし、政治家や校長等のなかには、ギヴァーの会 The Giver: 『ギヴァー』と関連のある本 134 『にげて さがして』ヨシタケシンスケ作 (thegiverisreborn.blogspot.com) の最後の方に書かれている人たちが残念ながら少なくありません!)

 その意味では、すべての生徒(人間)にもってもらいたい資質・特徴です。

 いったい、それらはどのようにしたら身につけたり、練習したりできるのでしょうか?

 

 これらのほとんどは、知識というよりは、EQ感情と社会性のスキル(SEL、ソフトスキルないし「habits of mind(思考の習慣)」★★と言われているものです。

 

★欧米の公立学校の多くは、採用が学校単位になっています。学校理事会(保護者、地域住民、教師、そして高校では生徒も、プラス校長の約10~15人ぐらいで構成)が最高意思決定機関です。ここが、校長の人選も、カリキュラムの承認等、学校を運営する際の重要事項はすべて決定します。校長は、教師の採用を含めて、日々の学校運営の最高責任者です。会社組織でいえば、理事会が株主で、校長がCEO=社長という感じです。

いい校長は、30才ぐらいで採用され、定年までいます。理事会が居続けてほしいからです。悪い校長は、任期途中でも辞めさせられます。校長は、自分の教育方針に合った教師を集め、合わない教師は排除することになります。

上記のリストは、20年以上前にデンバー郊外の小中一貫校でもらったリストを訳したものです。実際の選考には、校長ひとりでやる学校もありますし、選考委員会に任せるところもあります。後者には理事会とは別の人たちが選出されます。いまいる教師数人だけでなく、保護者、地域住民、そして生徒まで含まれることもあります。

 それほど、教育における「アカウンタビリティー」やagency, ownership, empowermentなどを大切にしている表れです。「アカウンタビリティー」については、

https://thegiverisreborn.blogspot.com/search?q=%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BCをお読みください。

 ちなみに、上のリストは『校長先生という仕事』は2005年に出た本に掲載されています。資料収集は、2000~2002年ごろにしました。図書館で借りて読んでください。校長ではない人が読んでも参考になることが満載です。以下のアマゾン書評者が書いているように。

2005919日に日本でレビュー済み

私は、非営利の"学校"も、営利"企業"と然程変わらない「組織」、という印象が強く残りました。

ですから、この本の中に度々出てくる組織改善の具体的な手法、"チームワーク""支援型リーダーシップ"は、NPOや企業の方にも参考になると思われます。特に、役員や管理職にある方々には読んでもらいたい1冊です。

地域住民や親としては、"学校"というものを良く知ることで、より良い協働の相手となれるのではないでしょうか。

将来的には、日本の学校の現状と、海外の事例を知り、市民として声を上げていくことで、未来の子供達に良い環境を残せるのではないか。そう感じました。

(小難しすぎず、興味がつのり一気に読んでしまえる本です)

 当然のことながら、校長の採用や教育長の採用にも、同じようなものがあります。しかし、日本にはないでしょう! なにせ、人事は「ブラックボックス」化していますから。その辺のことについても、『校長先生という仕事』には書いてあります。

 

★★「思考の習慣」については、来春に出版予定のStudents at the Centerの訳本の中で詳しく紹介されています。

なんと、この本のサブタイトルはpersonalized learning with habits of mindで、いま日本で脚光を浴びている(? それとも、文科省と教育委員会だけで騒いでいる?)「パーソナライズド・ラーニング」(←これは、いったい何と訳したらいいでしょうか? 「個別最適化」でないことだけは確かだと思うのですが・・・)と「思考の習慣」を扱った内容なのです! そして、後者は学校で扱えるし、扱うべきだし、身につける最大限の努力をすべきものとして捉えられています。ある意味で、「思考の習慣」を身につけずにパーソナライズド・ラーニングをしたところで意味がないという論調です(それに対して、日本でいま言われている「個別最適化」の中でこれらの要素はどのくらい含まれているでしょうか?)

 上の「採用時に教師に求められる資質」と「思考の習慣」には、かなりのオーバーラップがあると思いませんか?

 

2022年11月13日日曜日

教師につかれたときは、日々をていねいに生きること

街ではクリスマスソングが聞こえるようになり、今年もあと2ヶ月弱となりました。この時期、教室の中でこれまで続けてきた教育実践になかなか成果が出ずに、無力感を感じてしまい、あきらめてしまいそうな気持ちになってしまうことはありませんか。

ふりかえってみると、あと一歩、続けていくことが、もう少しだけ丁寧に続けていくことで、今ある教育実践から子どもたちと意味ある学びへとつながっていったことは数多くありました。けれども、授業の準備、学習の評価だけではなく、学校行事に終われ、さらには面談の準備など、ちょうど今が、しんどいとき。

そんなくじけてしまいそうなとき、どうしてこの仕事をしているのか、ふと考えてしまいそうなときにこそ、ぜひ読んで欲しい本があります。

 

中島岳史『思いがけず利他』(ミシマ社)2021


 

 

 

利他というと、他者のために尽くすこと、まさに教育職の原点。しかし、そう思えるほど、子どもたちへ尽くせるほどのゆとりが今ない。本当に子どものために、利他できているのか悩ましいところ。また、その利他の思いこそが、子どもたちにとってはありがた迷惑、つまり利己的になっていないでしょうか。

 

利他という言葉には、ある怪しさ、うさんくささがつきまとうと思えませんか。他者のためになることを尽くすことが、結果、自分への利益を呼び込む未来への投資といった考え(ジャック・アタリのいう合理的利他主義論への批判は本書P.5 P.160に詳しい)は、なにか「自分のために」他人に尽くすといったことはありませんか。それって、利他のもつ本質を捉えているのでしょうか。

 

私たちの教職は、子どもたちのために行っていることが、でもときに、自分の野心・欲望を満足させるための道具となってしまっていないでしょうか。

 

本書では、利他とは、自分のことを精一杯やることであり、自分の能力では及ばないことがあり、それに謙虚になることだと教えてくれます。その繰り返しで自分を育てつくり、その結果、偶然の利他をよびこむものなのです。その一例を陶器職人の窯変(ようへん)を例に語られます。

 

東洋の陶器の鑑賞に偶然性が重要な位置を占めていることを考えてみるのもいい。陶器の制作にあたっては、釜の中の火が作者の意図とは、ある度の独自性を保って制作に与(あずか)るのである。そこから形に歪みができたり、色に滲み出たりする。いわゆる窯変は、芸術美自然美としての偶然性に他ならない(九鬼2012:242-243。本書P.174より

 

窯変とは陶磁器を焼く際、炎の性質や釉薬との関係で、色彩が予期しない色となること。しかし、この窯変は偶然に決して依拠しているのではなく、職人の長い年月をかけた修行と日々の鍛錬の積み重ねの上で、偶然を呼び込みます。蓄積された経験と努力のもとにやってくるのです。

 

人間の力では制御できない火の力によって化学反応が起き、思いがけない美が誕生します。自力の限りを尽くすことで、自力で頑張れるだけがんばってみることで、偶然の美を呼び込んでくるのです。

 

だから、利他的であろうとして、特別なことを行う必要はありません。毎日を精一杯いきることです。私に与えられた時間を丁寧に生き、自分が自分の場所でなすべき事をなす。能力の過信をいさめ、自己を越えた力に謙虚になる。その静かな繰り返しが、自分という器を形成し、利他の種を呼び込むことになるのです。本書P177

 

これは、私たち教育者へ強力な励ましのメッセージとなります。だからこそ、なすべき事をていねいに続けることが今、必要なのですね。モチベーションがわかないとき、ちょっとこの仕事が辛くなってきたとき、そんなときこそ、これまで続けてきた日々の仕事、取り組み、声かけ、授業をていねいに向き合っていくこと。こういったことが、結果、子どもたちがなにがしかの学びを引き取っていくものなのです。

 

この利他観に立ち返ってみて、成果を求めようとするときはまだまだ修行が足りないものだと、ふりかえることがしばしばあります。日々、できることをていねいにこつこつと。誠実に生きること。教育の成果は、もしかしたら偶然なのかもしれません。

 

 

 

この本は、利他の本質に迫るために、落語「文七元結(自分も貧乏なくせに50両もの大金をスパッとあげてしまう人情話)」を引用したり、國分功一郎の中動態の話、はたまた宇多田ヒカルの楽曲「オートマティック」を例に、じつにダイナミックでトリッキーな展開となり、読者を全く飽きさせません。

 

秋の夜長、読書にふけってみませんか。「先生ってなんだろう?」と思いそうなとき、きっと、自分の教育実践をふりかえるヒントを与えてくれるはずです。

 

 

2022年11月9日水曜日

子どもの「居場所」の視点から50の具体的な学級経営(クラスづくり)の方法が紹介されている本

 神奈川県大和市の小学校の先生・藤井健人さんが『「居場所」のある学級・学校づくり』ローリー・バロン&パティ―・キニ―著(新評論)の書評を書いてくれましたので紹介します。

本書は、学校で子どもが「居場所」を感じられることがなぜ大切なのか。そして、そのための具体的な方法が紹介されている本です。また、日本で馴染みのある「学級経営」を「居場所」をつくるための方法として捉えています。具体的な50の方法を紹介してくれているので、自分が取り組みやすいことを選べる実践的な本にもなっています。

さらに、「学級経営」とは何をしたらいいのか? そのような疑問を持っている先生や、先輩からの「子どもをうまくコントロールすることが学級経営」と言うような教えに疑問をもっている先生におすすめしたい本となっています。

 「方法1;居場所について振り返る 居場所をテーマにして、それを学級経営につなげるための効果的な第一歩は「自分にとっての居場所とは何かを考える」ことです。(P14)」

これが、本書の1番はじめに書いてあることの重要性の高さを感じました。自分にとって安心できる居場所とは? 成長できる居場所とは? そのようなことをまず振り返り考えることから居場所づくりはスタートする必要があると再認識できました。

教師としてわかりやすい問いは、「自分が働きたい職員室はどのような居場所か?」ではないでしょうか。管理職からされて自分のモチベーションが下がるようなことは、子どもたちにもしない。これだけでも、多くの子どもたちの居場所ができるような気がします。

 第2章〜居場所は信頼関係で育まれる〜では、子どもと信頼関係をつくることの必要性や、そのための教師の行動や態度について具体的に書かれています。

 「学級経営においては、生徒と築く信頼関係は貯金のような役割を果たします。生徒との良好なコミュニケーションや、生徒一人ひとりへの理解は、後々困難な状況になったときに役立ちます。そのような状況に陥ったときには、貯金してきた生徒との信頼関係をもとに問題を解決することができるのです。P.28

 この考え方はとてもわかりやすい例えで表現されていて、自分自身の経験からもとても納得できるものでした。

 信頼関係をつくる教師の態度を振り返る方法として、「生徒と交わす25の約束(P29)」がとても有効だと感じました。

 この25の約束を振り返ることで子どもたちと関わっていく上で、大切なマインドをもたらしてくれるはずです。

 また、毎朝の挨拶で一人ひとりの名前を呼んで挨拶するという、何の準備も要らずに簡単にできる方法も紹介されていました。名前を呼んで挨拶することで以下のような効果があると書かれていました。

・「挨拶という行動から、これは私たちのクラスで、私たちは仲間です」という共通理解を示すことができます。

・挨拶は、一人ひとりの生徒を大切にしているというあなたの生徒に対する態度を表し、生徒との関係を築くことにつながります。

・生徒の雰囲気や心の状態をすぐに読み取ることができ、誰がこの教室に居場所を感じているのか、感じていないのかを知ることができます。

・誰が熱心なのか、疲れているのか、やる気が起きないのか、ストレスを抱えているのかがわかります。(P34)★

この本を読む中で、私の中の「学級経営」=「教師も子どもも学びやすいコミュニティーづくり」という考えが強化されました。「学級経営」とは、何か改めて考えたい先生たちにおすすめの1冊です。

 

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★この取り組みを、校長が毎朝校門で実践している取り組みが、『一人ひとりを大切にする学校』http://www.tsukiji-shokan.co.jp/mokuroku/ISBN978-4-8067-1639-6.htmlで紹介されています。校長が全校生徒の名前と顔を(願わくは、保護者たちのことも)知っていて声をかけられる関係にないと、いい学校の実現は難しいことが分かります。

 

2022年11月6日日曜日

教師のウエルビーイング

教師は、ほんの少しわがままになってみてはどうか。

誤解をしないでほしいのですが、教職にあるものは、大前提として、子どもたちファーストと考えていることは、疑いのないことだと思います。子どもたちを人質にとって、好き放題やっている人も一部にはいるかもしれませんが、一般的に、大多数の教師は、真面目で、誠実で、正直で、子どもたちのために、全力を尽くそうとします。

しかし、今、学校現場で働いる教師たちは、行きすぎた自己犠牲の精神によって、背中は縮こまり、目は曇り、言葉に力がなくなっているようにも見えます。夜遅くまで働き、休日も学校に出て仕事。部活顧問は当たり前。それでも、生徒たちのためならと、時に無理をしてでも、情熱を燃やす。

そのような中で、多くの教師は、自身のケアを後回しにしている。

「教師のウエルビーイング」という言葉を時々目にするようになりました。★1 教師ウエルビーイングとは、「個人それぞれの権利・自己実現が保障されながら、身体的にも、精神的にも、社会的にも良好である状態を指します。」と定義されています。★2 同書では、「いい感じで過ごしていること」「うまくいっている状態」「幸福な状態」「充実した状態」と、とても分かりやすい言葉で言い換えられています。

この筆者らは、教師が自身のウエルビーイング向上を目指すことは、職務の一つであると考えるべきだとして、公的な職業訓練の一環として実施されるべきであるとの考えを表明しています。教員研修にウエルビーイングを組み込め!というのは、注目に値する提言だと思います。

セリグマンという人は、ウエルビーイングの構成領域を提唱しています。

1  ポジティブ感情(前向きで明るい感情、愛、喜び、感謝、安らぎ、希望、誇りなど)
2  エンゲージメント、没頭、夢中(何かに集中している状態、フローやゾーンとも言われる)
3  よい人間関係(信頼され、愛されている良好な人間関係)
4  人生の意味や意義の自覚(やりがい、自分自身を豊かにする人生の意味の追求)
5  達成感(何かを達成する感覚、熟練していく感覚)
6  バイタリティ(活力、生命力、睡眠、食事、運動など)

今後は、教師のウェルビーイングの向上や維持を目的とした、学びの場がますます必要になっていくように思えてなりません。それは、日々の授業や仕事の中で、あるいは、仲間や同僚との学びの場で、意図的に取り上げていくべきことだと思います。

生徒のウェルビーイング、すなわち、生徒たちが幸福で充実した学校生活を送ることができるようになり、目を輝かせて、生き生きと学べるようになるには、教師のウェルビーイングが前提となるはずです。★3

教師として、息苦しい毎日を送っていませんか?まずは手始めに、無茶な自己犠牲の精神を捨て去り、ほんの少しだけ、自分の楽しみや生きがいにかけてみる。

そんな小さなわがままから再スタートしてみてはどうでしょうか。



★1 「生徒のウエルビーイング」については、令和3年の中教審答申「令和の日本型学校教育」の構築を目指して」に初めて登場するようです。OECD の「PISA2015 年調査国際結果報告書」は、「生徒のウエルビーイング」とは、「生徒が幸福で充実した人生を送るために必要な,心理的,認知的,社会的,身体的な働き( functioning )と潜在能力( capabilities )である」と定義されています。 
「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)(中教審第228号) 【令和3年4月22日更新】https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/sonota/1412985_00002.htm

★2 加藤聡子・山下尚子(2021)『英語教師のための自律学習者育成ガイドブック』神田外語大学出版局, pp. 83-86.
*「自律」と「自立」は全く別物です。学習者の主体的学びと言った場合には「自立」の方を使う方が相応しいかもしれません。
 
★3 教師の充実した働き方、自分を活かす生き方を取り上げた本が最近出版されています。
 アンバー・ハーパーアンバー (著)飯村寧史 /吉田新一郎(翻訳) (2022)『教師の生き方、今こそチェック!-あなたが変われば学校が変わる』新評論.