イエナプラン20の原則が支える学校運営
かねてよりずっと見学したい学校がありました。それは長野県にある「しなのイエナプランスクール大日向小学校・大日向中学校」です。念願かない、見学させてもらうこととなりました。
いざ学校に足を踏み入れると、まず感じたのは、子どもたち一人ひとりの個性あふれる姿を自然に受け入れる温かい空気感でした。人懐っこく話しかけてくる子、自分のペースを決して崩さない子、それぞれが自分らしくありながら、互いを尊重し合っている姿が印象的でした。まるで「ちがいが当たり前」であるかのような空間がそこにはありました。
しかし、それは決して子どもだけではありません。教員一人ひとりが自分の個性や意見を活かしながら、学校運営に主体的に関わっていることが伝わってきたからです。学校づくりについて語る教員たちの姿は、そこに関わるすべての人が「この学校をつくっているのだ」という誇りを共有していることを物語っていました。
この学校では、イエナプラン教育の重要な特徴である「マルチエイジ」(異学年混合)が取り入れられています。設立当初は本来の3学年混合で実践していたものの、現在は2学年混合に転換したそうです。初めてのマルチエイジでは、どんな子どもも初学者でした。そのため、本来の先輩が後輩を支えてあげるその文化をつくるのが大変難しく、子どもたちは落ち着かない様子も見られたそうです。そこで先生方で話し合ってまずは2学年の異学年集団から始めることになりました。この決断は大変大きなものでしたが、結果として子どもたちの生活の安定につながったとのことでした。
その一方で、2学年の中でもマルチエイジの利点はしっかりと活かされています。異なる学年の子どもたちが共に過ごし、学び合うことで、年齢の違いや経験値の差が自然に教育の一部となるのです。例えば、「初心者」として新しい学びに挑戦する姿、「リーダー」として集団を導く経験。そして、ときにはその役割を脇に置いて自由になれることもありました。それぞれが、自分の立場を通じて責任感や協力の大切さを学んでいます。このような多層な経験が、単一学年では得られない幅広い学びをもたらしていると感じました。
こうした学びの形を支えるのは、教員たちの柔軟なサポートと、子どもたちに寄り添う姿勢です。それは、サークル対話のグループリーダーと呼ばれる教師の姿に顕著に現れていました。サークル対話では、教師と子どもという枠を超え、参加者全員が対等な一人の人間として尊重されます。この場では、意見を伝えることも、相手の言葉に耳を傾けることも大切にされており、学校全体に「聞き合う文化」が根付いていることを強く感じました。
イエナプランの理念をただそのまま取り入れるのではなく、現場の状況に即した柔軟な運営を通じて、子どもたちが最も豊かに学び、成長できる形を模索し続ける。その姿勢に、学校全体の本質的な強さを感じてしまいます。
これらの実践を支えているのが、イエナプラン教育の「20の原則」です。
https://japanjenaplan.org/jenaplan/rule/
この原則は、「どんな人も、世界にたった一人しかいない人です。つまり、どの子どももどの大人も一人一人がほかの人や物によっては取り換えることのできない、かけがえのない価値を持っています。」という、人間の本質を示す理念から始まります。そして、「どの人も自分らしく成長していく権利を持っています。」と続きます。これらの理念を支えるために、どのような社会や学校が求められるのかが、具体的に語られています。
これらの原則は、学校運営や教育活動において一貫性のある指針を提供しており、その中には本質的で普遍的な理念が含まれています。重要なのは、これらが単なる理想論にとどまらないということです。学校の日常生活に深く根付いており、教員たちは迷いや課題に直面したとき、「原則に立ち返る」ことで次の行動や判断の道筋を見出しているのです。
職員室を訪れた際にも、学校全体での対話の重要性が印象に残りました。その日の朝もある教員が「もっと話し合いたい」という声があったことを聞きました。教員たちが「どんな学校をつくりたいのか」「どんな子どもを育てたいのか」といった本質的なテーマについて共有する時間を意識的に確保していることは、他校においても大いに参考になる取り組みだと思いました。
見学を通じて、現在の学校現場の状況についても考えさせられることがありました。多くの学校では、職員会議が計画の確認だけで終わり、本質的な議論が行われる機会が限られています。また、働き方改革の影響で、教員同士が深く語り合う時間が十分に取れなくなっている現状もあるでしょう。教育現場においては、目の前の子どもたちにどう成長してほしいのか、そして学校や社会、さらには世界全体がどう変わるべきかについて話し合う場が必要です。このような対話を促進し、全体の方向性を示すリーダーとしての校長の役割も、これからの学校運営には欠かせないと感じました。
「しなのイエナプランスクール」は、近い将来、中高等学校の設立も予定していると聞きました。この新たな挑戦がどのような形で進むのか、非常に期待が膨らみます。学校運営には常に困難が伴いますし、時には迷いが生じることも避けられません。しかし、この学校で感じたのは、一人ひとりの教員が原則に立ち返りながら、学校や子どもたちの未来を信じて挑戦し続ける姿勢でした。
教育現場は、日々の忙しさの中でさまざまな問題に直面します。しかし、そこに立ち止まることなく、少しずつ理想の教育に近づいていく。そのプロセスこそが教育の本質ではないでしょうか。「しなのイエナプランスクール」で見た取り組みは、私たち自身が教育の未来を考えるきっかけを与えてくれるものでした。
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