サッカー関連のコーチング本を読んでいると、「サッカーは状況に応じた判断が求められる」話がありました。それは、点差、残り時間、仲間の状況や相手のディフェンス、さらには自分の体力やスキルまで、その状況に応じたプレーをしなければならないと。一流の選手はその判断を意識する以前にプレーをしています。つまりワーキングメモリが常に状況に応じていつでも余裕を持って判断出来るようになっているのです。
そして、この本の著者は、教育においてワーキングメモリの理解と活用は非常に重要であることを、教育者であるLemov, Dougから学んだとありました。このテーマについて、Doug Lemovの「Teach Like a Champion 3.0」を参考にしながら解説します。
人にはメンタルモデルと呼ばれるものがあります。メンタルモデルは複雑な環境を理解し、迅速な意思決定を支援する知覚フレームワークのことです。例えば、教師が生徒の行動や表情からその内面を読み取る能力がこれに当たります。これにより、重要な情報と不要なノイズを区別することが可能となります。
多くの人は「見えないゴリラ★(黒チームが邪魔する中、白チームが何回パスしたかを数える実験。おどろくことにそこにゴリラが映っているけれど、パスの回数に目も向けてしまうことで気付くことができない)」の実験が示すように、明らかな情報を見逃すことが起こってしまいます。つまり、周囲を正確に観察し、理解するためにはワーキングメモリを開放することで、より多くの情報が見えてくるようになるのです。
★https://www.youtube.com/watch?v=vJG698U2Mvo
ワーキングメモリは、情報を一時的に保持し、処理する脳の能力のことです。しかし、その容量は限られ大変少ないもの。教育では、この限られた容量の中で、いかに効率よく情報を処理し、長期記憶に移行させるかが鍵となります。そこで、教師が知っておくべき原則は以下の通りです。
①人間の認知構造を理解する
認知負荷理論によると、限られたワーキングメモリの容量は、一度に処理できる情報量を制限してしまいます。例えば、運転中に電話をするとワーキングメモリが圧迫され、事故のリスクが高まってしまうこと。読書のような活動においても、基本的な読みの技能が自動化されていなければ、深い思考は難しくなります。このため、ワーキングメモリの負担を軽減することが重要となってくるのです。
学習とは、知識を長期記憶に保存する過程のことです。一度、長期記憶に保存された情報は、ワーキングメモリに負担をかけずに使用することができます。長期記憶の容量はほぼ無制限にあり、スキルや知識を格納することで、ワーキングメモリの限界を解決することができるのです。
他にもいくつか興味深い原則があり、全部で5つ紹介されていました。
②習慣は学習を加速する
習慣をもつことによって、歯磨きのように脳のエネルギーを節約し、重要な活動に集中させることが可能となります。教室での毎回同じルーティン活動である生活習慣、例えばジャーナルや読書は、ワーキングメモリを解放し、理解力や分析にエネルギーを向けてくれます。習慣化されていない活動は、ワーキングメモリを多く必要としてしまうのです。
③生徒が何に注目するかは、何を学ぶかである
生徒は、授業に集中しないことがあります。これは「注意残余★★」の影響で、タスク間の切り替えにより注意が分散される状態のことを指します。集中力と注意力の重要性を強調し、特にデジタル機器の過度の使用が注意力を低下させると指摘しています。学習では、デジタル機器を使わず、鉛筆や紙、本などを活用することで、より深い集中と内省が可能となりそうです。
★★脳がタスクを切り替えるまでの状態を指します。例えば、集中して知的活動を行っているとき、その活動を遮るような刺激を与えられると、再び集中した状態に戻るまでに23分かかることがあります。この現象を注意残余といいます。
④動機づけは社会的なものである
動機づけが社会的な性質を持っています。生徒が仲間に自分の読書や執筆の様子を見せることは、彼らに「読みたい」「書きたい」という意欲を引き出す効果的な方法のひとつとなります。私たちは帰属意識に基づいて行動し、仲間からの尊敬や支援、尊重を感じることで、教師からの刺激がなくても自発的に活動を始めるようにもなるからです。人間関係の重要性に加えて、生徒が認識する規範を通じて築かれる仲間同士のそこでの学習文化も、動機づけにとって少なくとも同じくらい重要なのです。
⑤生徒に上手く教えることこそ、「関係づくり」である
教育において、温かさ、人間性、気配り、励ましは、生徒に対する教師の接し方の重要な要素です。技術や知識だけでなく、これらの人間的要素が、生徒との関係構築の基盤をつくってくれます。
例えば、生徒の名前を呼ぶことは、関心を示す有効な方法であり、生徒がコミュニティからサポートされていると感じることができます。教室は整然とし、安心感のある場所であれば、生徒が馬鹿にされることなく安心して学べるのです。
これらの5つの原則をもとにさらに60近くの教育テクニック(授業ノートの作り方や生徒の間違いを予想すること、話し合い活動のポイントなど様々な活動)が紹介されています。私たち教師は教育活動をするとき、どれだけ生徒たちのメンタルモデルに配慮しているのでしょうか。人が学びに向かうときの原則を思い直したいものです。
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