2025年3月9日日曜日

この問題、解けますか? 考えるための3種類の良問

ある風変わりな女性がホテルにやってきて、となり合った3つの部屋を予約しました。女性は受付係にこう伝えました。「もし私に連絡があるのなら、前日にいた部屋の隣の部屋に必ずいるので、直接、言いに来て!」

 

 受付係は特に気にしていませんでしたが、1時間後にその女性のクレジットカードが使えなくなっていることに気づき、女性を探さなければならなくなりました。しかし、受付係はあまりにも忙しく、1日に1つの部屋しか確かめることができません。はたして、受付係は何日以内に女性を見つけることができるでしょうか。

 

この問題に取り組むとき、子どもたちはどのように考えるでしょうか? 想像してみてください。まずは手始めに部屋を受付係が移動しながら、「きまり」を見つけようとするかもしれません。または、論理的に順序立てて評に整理をしながら、すべての可能性を試す方法を考えるかもしれません。

 

たとえどんな方法で考えたとしても、子どもたちは必ず試行錯誤を繰り返しながら解決策を見つけることになります。こういった考える機会こそ、算数・数学の授業で大切にすべきものではないでしょうか。

 

子どもたちが問題を解いてしまったらそれで終わりではありません。さらに考えてみましょう。もし、部屋が4つの場合はどうでしょうか? 5つの場合は? そこに「きまり」はみえてきませんか? 

 

さらに!

 

もし17部屋あり、女性が30日間滞在する予定だったら、受付係は女性がホテルを出発する前に見つけることができるでしょうか?

 

ぜひ、今、考えてください! 

 

多くの中学校、高校の数学授業では、やり方を教え、それをもとに生徒たちが練習問題を解くという流れがまだまだ一般的です。また、最近の小学校ではこういった教師による教え込みは減ってきてはいますが、教科書ありきの個別最適という名の自学自習が求められています。

 

「方程式を解きなさい」「二次関数のグラフを描きなさい」といった問題は、手順さえ覚えていれば解けてしまいます。確かに、これらは数学の重要な概念を学ぶ上で欠かせませんが、このような問題ばかりでは、子どもたちは「考える」ことをしなくなります。なぜなら、それはすでに正解への道筋が決められているからです。算数・数学の本質は、未知の問題に対して、どのようにアプローチし、解決策を見つけるかにあるにもかかわらず。

 

では、考える力を育てるために、どのような「良問★」が必要なのでしょうか。

 

 

 

①  非カリキュラム型の思考課題

ひとつのアプローチとして、「非カリキュラム型の思考課題」があります。この課題は、学校の教科書に載っている問題とは異なり、公式や定理を単純に適用するのではなく、子どもたちが自ら考えたくなる問題です。

 

1から100までの数に、7は何回現れるのか?」

この問題は、単純な計算問題のように見えますが、実際に解こうとすると、どうやって数えるかを考える必要が出てきます。「70から79の間には10回出てくるな」「772回カウントするのかな?」、様々な試行錯誤が生まれます。

 

4分と7分の砂時計を使って9分を計ることはできるか?」

これは、単なる時間の計算ではなく、どのように2つの砂時計を組み合わせるかを考えなければなりません。このような問題を通じて、子どもたちは試行錯誤を繰り返し、数学的な思考力を高めていきます。

 

 

 

② 再構成されたカリキュラム型思考課題

既存の算数・数学の学習内容を活かしつつ、子どもたちがじっくりと考えられるように再構成した課題も効果的です。

 

100ドルを5セント、10セント、25セントのコインだけを使って作る方法はいくつあるか?」

この問題では、組み合わせの考え方や試行錯誤が求められます。単なる計算ではなく、パターンを見つけたり、異なる方法を試したりすることで、数学的な思考が鍛えられます。

 

252つ以上の数の和で表し、その積が最大になる組み合わせを見つけよう」

和と積の関係性を考えながら、試行錯誤をすることが求められます。「25124の和として表すと積は24」「1213なら積は156」といった具合に、いろいろな組み合わせを試していく中で、最適解を導き出すことになります。

 

こういった良問を通じて、子どもたちは算数・数学の知識をただ覚えたことを練習問題に使うだけでなく、知識を使うことでこそ、概念そのものを深く理解することができます。

 

 

 

③ 直接指導型のカリキュラム課題の工夫

教科書の問題であっても、指導方法を変えることで子どもたちの思考を促すことができます。例えば「因数分解をしなさい」という問題をそのまま出すのではなく、「数を分解するさまざまな方法を考えてみよう」と解法の自由度を持たせることで、子どもたちの思考を広げることができます。そして、計算練習を10問やるよりも多様な方法を考えるほうが効果的です!

 

36をできるだけ多くの方法で分解してみよう」

子どもたちは「6×6」「9×4」「18×2」など、いろいろな方法を試します。もしかしたら3口の計算も考えるかも知れません。この過程で、因数分解の意味をより深く理解し、単なる公式の適用ではなく、構造的な視点から数学を捉えられるようになります。

 

「一次方程式を解きなさい」ではなく、「この方程式の解は何を意味しているのか考えてみましょう」と問いかけることで、子どもたちは計算結果の背後にある意味を考えるようになります。単なる数字の操作ではなく、算数・数学が実生活とどのように結びついているのかを意識することができるようになってくるのではないでしょうか。

 

 

 

授業に良問を取り入れることは、決まり切った解法がない中で子どもたちが多様に問題解決することを求めます。どの方法が効果的かを考え、順序立てて思考する論理的思考力が養われていきます。何よりも、自分の考えがそのまま解決につながる「あぁ!とけた!」といった数学的経験は、「考えることのが楽しさ」を実感させてくれるのではないでしょうか。そしてそれは、子どもたちから「算数・数学って、分かっている問題をただ繰り返し解くんじゃないから好きになった」という声が聞けるようになってくるはずです。

 

算数・数学の授業を「解き方を覚える場」から「考える場」に変えることは、決して難しくありません。課題の選び方を少し工夫するだけで、子どもたちの思考の深さは大きく変わります。「この問題、どうやって解けばいいんだろう?」と本気で悩み考える瞬間こそ、算数・数学の本質が生きる瞬間ではないでしょうか。★★

 

 

 

★最初に示した問題のように、じっくりと多様に考えるにふさわしい課題をここでは良問とも呼んでいます。

 

★★今回の記事は、Peter LiljedahlBuilding Thinking Classrooms in Mathematics』に感銘を受けて、第1章を参照に、良問の視点からまとめ直したものです。

 

以前のPLC便り『「考える教室」をつくるには』では、上記の本の概要についても紹介しています。

https://projectbetterschool.blogspot.com/2023/04/blog-post.html?m=1

2025年3月2日日曜日

エンゲージメントを決定づける要因

前回に続いて、しばらくエンゲージメントの問題を考えていきたいと思います。★1

私たちは、これまでは学ぶ動機ついて考えてきました。カタカナでいえば、モチベーションです。では、モチベーションとエンゲージメントの違いは何なのでしょうか。従来からある動機付けだけでなく、エンゲージメントも考えていくべきなのはなぜなのでしょうか。

モチベーションとエンゲージメントの違いは、モチベーションは「なぜ、私たちが行動するか」を説明するもので、エンゲージメントは、「どの程度私たちがその行動に関与しているか」という説明するものだという定義が分かりやすいと思います。★2 やる気と行動をつなぐものとも言えるでしょう。やる気が具体的な行動につながるプロセスを理解することが、エンゲージメント理解の鍵となりそうです。

そこで、やる気が具体的な行動につながる要因について、サラ・マーサーとゾルタン・ドルニュイさんの、著書を参照しながら考えていきたいと思います。★3

やる気が具体的な行動につながる重要な要因として、学習者がもつマインドセットがあると述べています。同書では「促進的マインドセット(facilitative mindset」と呼んでいます。「学習に積極的に取り組む価値があると感じるようにさせる信念や感情」という言い方で表現しています。

そして、学習者が学びに没頭するためのレディネスと意欲を促進する五つの原則をあげています。

原則1 有能感を高める
原則2 成長マインドセットを育む
原則3 学習者の当事者意識と自己統制感を高める
原則4 積極性を育てる
原則5 粘り強さを育てる

そのうち、今回は、有能感を高める方法についてみてみましょう。有能感というのは、自己効力感(self-efficacy)のことで、「ある状況で特定の課題をうまくやり遂げられるかどうかをめぐる個人の信念」と定義されています。

今では、多くの人が、自己効力感の重要性を認識していて、学習者との関係を築く中で大切にしていると思いますが、具体的にどのようなスタンスで接すれば良いのか、十分な理解が広がっているとは言えないと思います。同書では、有能感を高める方法として次の4つが紹介されています。

1 成功体験
 「自分の努力で獲得した真の成功」をおさめる体験をする。ろくに努力もせずに、転がり込んできた成功では有能感は育たない。

2 フィードバックと足場がけ
 すでに達成されていることに焦点化し、学習者の進歩を肯定的に評価すること。そして、学習者が自分の力で達成できるように課題を細分化するなどの足場がけを行うこと。

3 ロールモデルと代理学習
 自分と似た立場の人がうまくやっているところを見たり、思い描いたりすることで自己効力感が高まると言われている。ロールモデルとなるような人を観察し、その人たちの体験を通して学ぶ代理学習も役に立つ。
 
4 感情調整
 授業内の活動を通じて、楽しさや自尊心のような肯定的感情を得ることができること。授業の中で、豊かで、ポジティブな感情を味わうことができれば、有用感が高まる可能性は高い。一方で、授業で不安や心配、恥ずかしさを感じると、有用感はぐらついてしまう。
 
生涯にわたって学び続ける意欲やスタミナを支える土台は、学習者の心に芽生える、このような自信や前向きな感情なんだろうと思います。

最後に、同書に掲載された引用を掲載しておきます(p.48):

「私たちは理性と感情の生き物である。したがって両者が連動すると、がぜん学び始める。」(VanDeWeghe 2009, 249)  
 
  
★1  「エンゲージメントの周辺」PLC便り, 2025年2月2日 https://projectbetterschool.blogspot.com/2025/02/blog-post.html

★2 廣森 友人/ 小金丸 倫隆(2024) 『エンゲージメント×英語授業 「やる気」と「意欲」を引き出す授業のつくり方 』 明治図書出版

★3 サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイ(2022)『外国語学習者のエンゲージメント』アルク