ある風変わりな女性がホテルにやってきて、となり合った3つの部屋を予約しました。女性は受付係にこう伝えました。「もし私に連絡があるのなら、前日にいた部屋の隣の部屋に必ずいるので、直接、言いに来て!」
受付係は特に気にしていませんでしたが、1時間後にその女性のクレジットカードが使えなくなっていることに気づき、女性を探さなければならなくなりました。しかし、受付係はあまりにも忙しく、1日に1つの部屋しか確かめることができません。はたして、受付係は何日以内に女性を見つけることができるでしょうか。
この問題に取り組むとき、子どもたちはどのように考えるでしょうか? 想像してみてください。まずは手始めに部屋を受付係が移動しながら、「きまり」を見つけようとするかもしれません。または、論理的に順序立てて評に整理をしながら、すべての可能性を試す方法を考えるかもしれません。
たとえどんな方法で考えたとしても、子どもたちは必ず試行錯誤を繰り返しながら解決策を見つけることになります。こういった考える機会こそ、算数・数学の授業で大切にすべきものではないでしょうか。
子どもたちが問題を解いてしまったらそれで終わりではありません。さらに考えてみましょう。もし、部屋が4つの場合はどうでしょうか? 5つの場合は? そこに「きまり」はみえてきませんか?
さらに!
もし17部屋あり、女性が30日間滞在する予定だったら、受付係は女性がホテルを出発する前に見つけることができるでしょうか?
ぜひ、今、考えてください!
多くの中学校、高校の数学授業では、やり方を教え、それをもとに生徒たちが練習問題を解くという流れがまだまだ一般的です。また、最近の小学校ではこういった教師による教え込みは減ってきてはいますが、教科書ありきの個別最適という名の自学自習が求められています。
「方程式を解きなさい」「二次関数のグラフを描きなさい」といった問題は、手順さえ覚えていれば解けてしまいます。確かに、これらは数学の重要な概念を学ぶ上で欠かせませんが、このような問題ばかりでは、子どもたちは「考える」ことをしなくなります。なぜなら、それはすでに正解への道筋が決められているからです。算数・数学の本質は、未知の問題に対して、どのようにアプローチし、解決策を見つけるかにあるにもかかわらず。
では、考える力を育てるために、どのような「良問★」が必要なのでしょうか。
① 非カリキュラム型の思考課題
ひとつのアプローチとして、「非カリキュラム型の思考課題」があります。この課題は、学校の教科書に載っている問題とは異なり、公式や定理を単純に適用するのではなく、子どもたちが自ら考えたくなる問題です。
「1から100までの数に、7は何回現れるのか?」
この問題は、単純な計算問題のように見えますが、実際に解こうとすると、どうやって数えるかを考える必要が出てきます。「70から79の間には10回出てくるな」「77は2回カウントするのかな?」、様々な試行錯誤が生まれます。
「4分と7分の砂時計を使って9分を計ることはできるか?」
これは、単なる時間の計算ではなく、どのように2つの砂時計を組み合わせるかを考えなければなりません。このような問題を通じて、子どもたちは試行錯誤を繰り返し、数学的な思考力を高めていきます。
② 再構成されたカリキュラム型思考課題
既存の算数・数学の学習内容を活かしつつ、子どもたちがじっくりと考えられるように再構成した課題も効果的です。
「100ドルを5セント、10セント、25セントのコインだけを使って作る方法はいくつあるか?」
この問題では、組み合わせの考え方や試行錯誤が求められます。単なる計算ではなく、パターンを見つけたり、異なる方法を試したりすることで、数学的な思考が鍛えられます。
「25を2つ以上の数の和で表し、その積が最大になる組み合わせを見つけよう」
和と積の関係性を考えながら、試行錯誤をすることが求められます。「25を1と24の和として表すと積は24」「12と13なら積は156」といった具合に、いろいろな組み合わせを試していく中で、最適解を導き出すことになります。
こういった良問を通じて、子どもたちは算数・数学の知識をただ覚えたことを練習問題に使うだけでなく、知識を使うことでこそ、概念そのものを深く理解することができます。
③ 直接指導型のカリキュラム課題の工夫
教科書の問題であっても、指導方法を変えることで子どもたちの思考を促すことができます。例えば「因数分解をしなさい」という問題をそのまま出すのではなく、「数を分解するさまざまな方法を考えてみよう」と解法の自由度を持たせることで、子どもたちの思考を広げることができます。そして、計算練習を10問やるよりも多様な方法を考えるほうが効果的です!
「36をできるだけ多くの方法で分解してみよう」
子どもたちは「6×6」「9×4」「18×2」など、いろいろな方法を試します。もしかしたら3口の計算も考えるかも知れません。この過程で、因数分解の意味をより深く理解し、単なる公式の適用ではなく、構造的な視点から数学を捉えられるようになります。
「一次方程式を解きなさい」ではなく、「この方程式の解は何を意味しているのか考えてみましょう」と問いかけることで、子どもたちは計算結果の背後にある意味を考えるようになります。単なる数字の操作ではなく、算数・数学が実生活とどのように結びついているのかを意識することができるようになってくるのではないでしょうか。
授業に良問を取り入れることは、決まり切った解法がない中で子どもたちが多様に問題解決することを求めます。どの方法が効果的かを考え、順序立てて思考する論理的思考力が養われていきます。何よりも、自分の考えがそのまま解決につながる「あぁ!とけた!」といった数学的経験は、「考えることのが楽しさ」を実感させてくれるのではないでしょうか。そしてそれは、子どもたちから「算数・数学って、分かっている問題をただ繰り返し解くんじゃないから好きになった」という声が聞けるようになってくるはずです。
算数・数学の授業を「解き方を覚える場」から「考える場」に変えることは、決して難しくありません。課題の選び方を少し工夫するだけで、子どもたちの思考の深さは大きく変わります。「この問題、どうやって解けばいいんだろう?」と本気で悩み考える瞬間こそ、算数・数学の本質が生きる瞬間ではないでしょうか。★★
★最初に示した問題のように、じっくりと多様に考えるにふさわしい課題をここでは良問とも呼んでいます。
★★今回の記事は、Peter Liljedahl『Building Thinking Classrooms in Mathematics』に感銘を受けて、第1章を参照に、良問の視点からまとめ直したものです。
以前のPLC便り『「考える教室」をつくるには』では、上記の本の概要についても紹介しています。
https://projectbetterschool.blogspot.com/2023/04/blog-post.html?m=1