2020年10月11日日曜日

「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない

“「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない”

 

この言葉は、196456歳で生涯を閉じた海洋生物学者レイチェル・カーソン(〜1956)の言葉です。★感じること。それは、神秘さや不思議さに目を見張る感性のこと。レイチェル・カーソンは「センス・オブ・ワンダー」と呼びました。

 

10月の朝、子どもたちと一緒に校庭を散歩すると、いくつかの心震わせる自然との出会いがありました。そろそろトンボも少なくなってきたこの季節ですが、池に網をいれてみるとヤゴだってまだけっこうとれました。土の上に大きな蝶の死骸を見つけました。蝶の羽は何かにかじられているよう。その脇で、枝のようなものが先っちょだけニョロニョロと動いています。後で分かったことですが、それはハリガネムシでした。

 

雨の日は、子どもたちの五感のセンサーを高めてくれます。キンモクセイの華やかな香り。雨水につけて香水作りや色水づくりもしている子もいました。いつも遊んでいるターザンロープ。足下の窪地に見たことのない大きな池ができていました。子どもたちにとって格好の遊び場。くるぶしまで使って、水しぶきを上げてみる。雨をたっぷりに蓄えた大木の下。枝を揺らしてみると、大粒の雨。それを受け取る傘の音。気がついたらいつの間にかあの夏の蝉の鳴き声がなくなっていたことに気付く子も(私の学校は、東京の世田谷区と調布市の間の局番03地域にあります)。

 

〝もしもわたしが、全ての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力を持っているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見張る感性」を授けてほしいと頼むでしょう。この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、私たちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、変わらぬ解毒剤になるのです。”同書P.23より

 

私たちは今、なにか知識、知ることを詰め込み過ぎていないでしょうか? 毎日6時間授業。土曜日授業など休校中の遅れを取り戻そうと。そして、休校中のオンライン授業においても本当にそれをする必要があったのでしょうか(大学はオンライン授業にとどまっているところもまだありますが)? 知ることと感じることバランスが失われているのではないでしょうか。一度しかない子ども時代に何を感じ、どんな経験をするのか、それは大人になって彼ら、彼女らを支えてくれる土壌となります。

 

〝私は、子どもにとっても、どのようにして子どもを教育すべきか頭を悩ませている親にとっても、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。子どもたちがであう事実の一つ一つが、やがて知識や知恵を生み出す趣旨だとしたら、さまざまな情緒や豊かな感受性は、この趣旨を育む肥沃な土壌です。幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。”同書P.24より

 

その知ることとの出会い方が大切です。もちろん、知ることから感じる事へ深まっていくこともあります。しかし、自然を通して学べること、生命の構造の中に活かされていること、四季を感じること、しっとりと心豊かになること、それはまず感じることからなのではないでしょうか。

 

“いろいろなものの名前を覚えていくことの価値は、どれほど楽しみながら覚えるかによって、全く違ってくると私は考えています。もし、名前をおぼえることで終わりになってしまうのだとしたら、それは余り意味のあることとは思えません。生命の不思議さに打たれてはっとするような経験をしたことがなくても、それまでに見たことがある生き物の名前を書き出した立派なリストを作ることはできます。”同書P.47

 

先週の授業を振り返ってみてください。あなたの授業で子どもたちはどのくらいの割合で「知ること」と「感じること」があったのでしょうか? もし、ほとんど知ることで終わってしまったら、一度、立ち止まって教科書内容をカバーすることから、「子どもたちにとって」の知ることの意味を考えてみてください。私たちには、学習内容をどのようにアレンジするのか、その力があります。教材を今の子どもたち一人ひとりにどのように届けるかは、私たち教師の工夫する最大限の楽しみでもあります。

 

“毎年、毎年、幼い心に焼き付けられてゆく素晴らしい光景の記憶は、彼(甥っ子のロジャー)が失った睡眠時間を補って余りある遙かに大切な影響を、彼の人間性に与えているはずだと私たちは感じていました。”

 

甥っ子のロジャーとの深夜、海に浮かぶ美しい月を観賞した一節。睡眠時間を少し割いてでも、子ども心に残っているなにかを感じるセンス・オブ・ワンダーは、その後の彼を支えているのでしょう。

 

生物学用語に「ネオトニー」という言葉があります。「幼体成熟」と訳されます。ヒトはこのネオトニーの時間が長く担保されています。ヒトとチンパンジーのDNA98%一致するそうです。なぜかヒトの赤ちゃんも、チンパンジーの赤ちゃんもどこか似ている顔立ちをしていますね。けれども、チンパンジーには成人になるスイッチがヒトのそれよりも速く、成人になってしまいます。つまり、ヒトは成人までのネオトニーの時間が長く、様々なことに心震わせられる時間が保障されています。ヒトは子ども時代の好奇心豊かな時間、探究する心を十二分に発揮するための時間を長くとることができるのです。このときに、本当に何を知り、感じる必要があるのでしょうか?★

 

“人間を超えた存在を認識し、恐れ、驚嘆する感性を育み強めていくことには、どのような意義があるのでしょうか。自然界を探検することは、貴重な子ども時代を過ごす愉快で楽しい方法の一つに過ぎないのでしょうか。それとも、もっと深い何かがあるのでしょうか。わたしはそのなかには、永続的で意義深い何かがあると信じています。地球の美しさと神秘さを感じ取れる人は、科学者であろうとなかろうと、人生にあきれて疲れたり、孤独にさいなまれることは決してないでしょう。”同書P.50より

 

秋です。子どもたちと校庭へ、教室から外に出てみませんか? 朝の会に拾った落ち葉を子どもたち一人ひとりが手に取ってなにを感じるのか、聴き合ってみませんか。きっと、そこには知るだけではない、何か感じることの豊かさがこみ上げてくるはずです。

 

レイチェル・L・カーソン著『センス・オブ・ワンダー』新潮社

 

★★阿川佐和子・福岡伸一著『センス・オブ・ワンダーを探して ~生命のささやきに耳を澄ます 』だいわ文庫より。

 

 

 

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