仕事帰りによく書店に立ち寄ることがあります。インターネットで買うことも多いのですが、実際に書店に足を運んで直に本に接することで意外な本との出会いがあります。先日も『「教える」ことの覚え書き』シェリー・ヘンドリックス/ラッセル・クライン(フィルムアート社)という本に出会いました。
本の帯には「教師の仕事に終わりがあると思うな」とありました。編集者の人もうまいキャプションを入れるものですね。そのキャプションに目を奪われて、ついつい手に取ってぱらぱらと中味をめくってみたのです。
そこで、目に入ったのが今日のタイトルの「本質的な問い」というフレーズです。同書の解説では本質的な問いとは、「その科目の根幹にかかわる問い」(同書40ページ)のことです。この本には丁寧にその例まで巻末につけてありました。
たとえば、科学では「太陽は地球上の生きものにどんな影響を与えているか?」、「生きているとはどういうことか?」、「エネルギーの源はどこにあるのか?」、「脳が知識を構成するしくみはどうなっているのか?」などが例として挙げられていました。
実は、私も10年近く前にこの本質的な問いの作成に取り組んでいました。
授業づくりをいろいろとやっていく過程で、課題や問いの重要性を認識したからです。よい授業をするにはどのような問いを子どもたちに提示できるか、それがとても大切だと思うようになっていたからです。残念ながら、この話を若手の先生方にしてもあまり興味をもってくれる人はいませんでした。こんなやり方よりも、教科書通りに教えているほうが楽だからです。
それ以来、しばらく「本質的な問い」については忘れていました。
しかし、福島原発の事故以来、理科のカリキュラムはやはり考え直さなければいけないという思いがありました。原発賛成・反対の立場は別にしても、科学と技術と社会のあり方についてもっと考える機会を作ってもよいのではないか、そんな思いです。それには、子どもたちが科学者のように考え、探究する理科の授業の実現を目ざす必要がありそうです。引き続き、自分の研究課題にしていこうと思います。
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