2025年3月2日日曜日

エンゲージメントを決定づける要因

前回に続いて、しばらくエンゲージメントの問題を考えていきたいと思います。★1

私たちは、これまでは学ぶ動機ついて考えてきました。カタカナでいえば、モチベーションです。では、モチベーションとエンゲージメントの違いは何なのでしょうか。従来からある動機付けだけでなく、エンゲージメントも考えていくべきなのはなぜなのでしょうか。

モチベーションとエンゲージメントの違いは、モチベーションは「なぜ、私たちが行動するか」を説明するもので、エンゲージメントは、「どの程度私たちがその行動に関与しているか」という説明するものだという定義が分かりやすいと思います。★2 やる気と行動をつなぐものとも言えるでしょう。やる気が具体的な行動につながるプロセスを理解することが、エンゲージメント理解の鍵となりそうです。

そこで、やる気が具体的な行動につながる要因について、サラ・マーサーとゾルタン・ドルニュイさんの、著書を参照しながら考えていきたいと思います。★3

やる気が具体的な行動につながる重要な要因として、学習者がもつマインドセットがあると述べています。同書では「促進的マインドセット(facilitative mindset」と呼んでいます。「学習に積極的に取り組む価値があると感じるようにさせる信念や感情」という言い方で表現しています。

そして、学習者が学びに没頭するためのレディネスと意欲を促進する五つの原則をあげています。

原則1 有能感を高める
原則2 成長マインドセットを育む
原則3 学習者の当事者意識と自己統制感を高める
原則4 積極性を育てる
原則5 粘り強さを育てる

そのうち、今回は、有能感を高める方法についてみてみましょう。有能感というのは、自己効力感(self-efficacy)のことで、「ある状況で特定の課題をうまくやり遂げられるかどうかをめぐる個人の信念」と定義されています。

今では、多くの人が、自己効力感の重要性を認識していて、学習者との関係を築く中で大切にしていると思いますが、具体的にどのようなスタンスで接すれば良いのか、十分な理解が広がっているとは言えないと思います。同書では、有能感を高める方法として次の4つが紹介されています。

1 成功体験
 「自分の努力で獲得した真の成功」をおさめる体験をする。ろくに努力もせずに、転がり込んできた成功では有能感は育たない。

2 フィードバックと足場がけ
 すでに達成されていることに焦点化し、学習者の進歩を肯定的に評価すること。そして、学習者が自分の力で達成できるように課題を細分化するなどの足場がけを行うこと。

3 ロールモデルと代理学習
 自分と似た立場の人がうまくやっているところを見たり、思い描いたりすることで自己効力感が高まると言われている。ロールモデルとなるような人を観察し、その人たちの体験を通して学ぶ代理学習も役に立つ。
 
4 感情調整
 授業内の活動を通じて、楽しさや自尊心のような肯定的感情を得ることができること。授業の中で、豊かで、ポジティブな感情を味わうことができれば、有用感が高まる可能性は高い。一方で、授業で不安や心配、恥ずかしさを感じると、有用感はぐらついてしまう。
 
生涯にわたって学び続ける意欲やスタミナを支える土台は、学習者の心に芽生える、このような自信や前向きな感情なんだろうと思います。

最後に、同書に掲載された引用を掲載しておきます(p.48):

「私たちは理性と感情の生き物である。したがって両者が連動すると、がぜん学び始める。」(VanDeWeghe 2009, 249)  
 
  
★1  「エンゲージメントの周辺」PLC便り, 2025年2月2日 https://projectbetterschool.blogspot.com/2025/02/blog-post.html

★2 廣森 友人/ 小金丸 倫隆(2024) 『エンゲージメント×英語授業 「やる気」と「意欲」を引き出す授業のつくり方 』 明治図書出版

★3 サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイ(2022)『外国語学習者のエンゲージメント』アルク


2025年2月22日土曜日

つながりをもつ教師になる

3か月ぶりの登場です。前回11月には『一人一台で授業をパワーアップ!』(学文社・2024)のなかで、当該書籍に収めきれなかった第9章に関連するお話をさせていただきました。今回は残りの一つ、第10章「つながりをもつ教師になる」を取り上げたいと思います。

この章の冒頭で、著者の一人であるニービー先生は、学習評価を見直すために、定期試験の代わりにディジタル・ポートフォリオの導入を同僚にもちかけます。もちろん、同僚も導入に賛成するのですが、具体的にどうすればよいのかわかりません。校内にはそのポートフォリオを知っている人はだれもいませんでした。そこで、彼女は学びのネットワークに次のような投稿をしました。 

国語の九年生と一〇年生の授業でディジタル・ポートフォリオを構築するための情報を探しています。何かよいアイディアはありませんか?」 

すると、次の授業が始まる前までに、「ブログ記事の作成方法」、「ポートフォリオのサンプル」、「ルーブリック」など、多様な情報が隣町からオーストラリアに至るまで、世界中の教師仲間から届きました。このオンラインのネットワークのおかげで、期末試験の代わりとなるディジタル・ポートフォリオは何の問題もなく終了しました。

彼女は「X(:ツイッター)によって、仲間の教育者がノウハウを共有し、いつでも知恵を提供してくれるのは何とも心強い限りです。」と述べています。

そして、それに続けて、マルコム・グラッドウェルの『ティッピング・ポイントいかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』(高橋啓訳・飛鳥新社・2000)の文章を紹介しています。 

「仕事上の関係者、同僚、友人、近所の人に連絡を取れば、おそらく誰かが助けてくれるでしょう。そういう使い方だけではもったいないので、同じ媒体をあなたの教育に活用してください。友人や近所の人は、グーグル・ドキュメントを生徒と共有する方法を見つけたり、どのブログのプラットフォームが授業に最適かを判断したりするのを手伝ってくれないでしょうが、教師仲間にはたくさんいます。彼らも知らない場合はどうすればよいでしょうか? そのためにより広いネットワークが必要です。」 

これを読むと、人々の幅広いネットワークと緩やかにつながることで得られる利点について充分に納得できると思います。ですから、この一文の紹介に続く、次の文言は心に応えるものです。 

「他の多くの職業では、仕事をする際のネットワークの必要性を重視しています。しかし、何らかの理由で、教師は歴史的に最も孤立した職業の一つであり続けています。」 

この翻訳本の作成協力者から「その理由の一つに、教科書の内容をカバーするだけの授業を続けていれば、社会とは隔離されていても何の不都合もないからだと考えます。」というコメントをもらいました。まさにその通りです。社会とつながる学びを教室内で展開しようと思えば、保護者や地域と、あるいは企業や行政とつながる必要が生まれます。煩雑で時間と手間のかかる活動です。しかし、それをやるのとやらないのでは、「学びの質」が格段に違ってきます。しかし、そうせずに教科書をカバーする授業だけやっていても、給料はもらえて、しかもそのほうが楽なわけです。楽な方に身を置くか、面倒でも人とつながる学びをするのか、これはその教師の考え方、生き方そのものです。こうした場面で、身近なところ(校内だけでなく、地位の学校、あるいは広範囲の研究団体、オンラインのネットワーク)にモデルとなる人がいるかどうかが、その教師の生き方を決めるように思います。(これは、教室内で教師が子どもたちの学びのモデルになっているかどうかと同じことです。)

「叩けよ、さらば開かれん」ではありませんが、先ほどのニービー先生のように、アドバイスを周りの教師(オンラインも含めて)に求めれば、必ず助けてくれることが多いと思います。 

『一人一台で授業をパワーアップ!』の第10章の最後は次のような文言で締めくくられています。 

「アフリカのことわざに、「早く行きたければ一人で行きなさい。遠くに行きたければ一緒に行きなさい」というものがあります。ここからの道のりはあなた自身のものですが、あなたの学習をサポートし、あなたの進歩を応援してくれる多くのつながりのある教師とともにそれを成し遂げることができるのです。」 

 つながりをもつ教師であること、これこそが学校で求められているものの一つであることは間違いありません。

 

  

2025年2月16日日曜日

フィードバックの重要性

    初任者教諭や実習生、およびメンターチームにおけるメンティーである教諭との関わりにおいて大切なことは何か。私はいかに「自分を俯瞰するタイミングを設定できるか」、そして「様々な視点で自分を振り返る機会を設定できるか」だと考える。

  先日、以下の記事が掲載され、目に留まった。

https://www.edutopia.org/article/supporting-preservice-teachers-practicum

  記事の中で校内指導教諭と実習生や初任者教諭、メンターとメンティーといった関係性における重要なポイントとして以下の5点が提案されている。

 1. 明確で具体的なフィードバック

 2. デモンストレーション授業の実施

 3. ニーズに応じたワークショップ

 4. 実際のクラスにおけるサポート

 5. メンタル面のサポート

つまり、現状をしっかりと、共に分析する。そして、実践的な対応方法を実際の場面を想定して考えたり、必要に応じてワークショップ等を行ったりして身につけていく。その上で、教室内や実際の指導に立ち会い、指導のサポートを行ったり、日々の悩みや疲れ等に寄り添いながらメンタル面のサポートを行ったりしていくことが求められるということだ。その中でも私は今回、1について着目した。

私は今、初任者3名と向き合っている。それぞれ性別も立場も性格も異なる3名だ。そのうちの1名は初任者指導教諭に毎回、肯定的な言葉かけをされている。

「~ところがいい。初任者としてはもう十分。~をがんばったね。」等

  その言葉かけ自体はとても大切だと私も思う。★ 認められれば認められるほどしっかりと伸びる人もいる。ただ、先日、校内研修をしている際、こんなことをつぶやいていた。

  「私はまだまだ、全然できていない。どこをどうすればよくなるのか、もっと知りたい。」

  そんな彼と私は年間で目標を設定している。『どんな教師になりたいか』という理想の教師像だ。その教師像に近づくために、どんな手立てが必要かを明確にした上で、毎月力を入れる手立てを決める。その手立てに取り組んだ結果を毎月自身で振り返り、私からもフィードバックしている。

このフィードバックを適切にできるように、私は毎日学校を見まわる中で、その様子をしっかりと観察する。実際の場面や指導の様子を共有することで、フィードバックに具体性が増すのだ。フィードバックを受けた初任者は次の月の手立てを決める。

  これに加えて、3名の初任者とのフィードバックの時間も不定期ではあるが設けるようにしている。それぞれの初任者から見た、お互いの成長と課題を対話しながら見出していく。そうすることで、自分には見えない新たな自分の一面を俯瞰できるようにする。新たに視野を広げて、よりよい手立てや自分に必要なこと、自分の強みを見つけることができる。そうすれば自己肯定感も高まる一方で課題も見つけ、手立てを思考することができるようになる。一石二鳥だ。

  例えば、「個別支援に力を入れる」と決めた月には、自身がどのように取り組めたかのフィードバックを決めたその当人まずはする。その目標とフィードバックは校内指導教諭である私も含めた他の初任者にもデータ入力することで「見える化」されていて、どんな点でうまくいったのか、何が思うようにいかなかったのかが分かるようになっている。

…○○の教科では~の形で個別支援を行った。すると今まで■■だったものが、□□となり効果を感じた。

といった様子だ。そのフィードバックに対して、公開授業や普段の学級経営の様子、何気ない会話から感じた成長した点や努力点について他の初任者からフィードバックが提供される。すると自分に見えなかった視点でその月の努力や変化について考えることができる。

「…前の月に比べて、~~なところを意識していたよね」「公開授業でやっていた△△も個別支援の一つに見えたけど、どう思う?」といった感じだ。

そのやり取りを受けて、私が最終的にフィードバックをする。どんな点が良い変化として表れていたか、見たこと感じたことを自分の視点で伝えられるようにする。その上で、次の目標となりそうな点について「問いの形」を意識して、初任者自身が自分で考えて次の目標を設定できるように投げかける。

「…個別支援を続けることで、分かる・できる思いをする児童が増え、自己肯定感が高まります。学級としてもプラスの雰囲気となりますよね。ちなみに学級の雰囲気という視点でみると、今月の授業態度はいかがでしたか? 授業態度は日々の生活を映し出しますよね。そんな姿からも学級の状態というものがよく分かります。先月は個という視点で見ていたものを今月は学級全体で見てみるとどうでしょうか?…今の学級に足りないものは何ですか?…その足りないものを補うためにできる手立てにはどんなものがありますか?…その中でまず、取り組んでみるべきものは何だと思いますか?…」

このようにすることで、その1か月で努力できたことに自信をもち、加えて次の月への取り組みの手立ての意欲をかきたてることにつながった。

  よく「今の若い人の指導は難しい」という言葉を聞く。果たして本当にそうだろうか。そのような発想をすることがよい関係を築くことを難しくしてしまっているのではないのだろうか。「指導する側とされる側」ではなく、共に子どもを見守る教師としてお互いに高め合っていくことができるように、「自分を俯瞰する機会」と「様々な視点をもって自身を振り返ることができる機会」をもつことができるように、フィードバックの充実を図りながら、若手教員の働きやすい環境を構築していきたい。

 以上は、1月19日に第7弾を紹介している、埼玉で教務主任/初任者校内指導教諭をしている田所昂先生の第8弾です。

★これはフィードバックとしては、極めて弱いと言わざるを得ないです。『オープニングマインド』(特に、第4章)を参照ください。

2025年2月9日日曜日

生徒まかせの学習から、しっかりと教えるカンファランス・アプローチへ

近年、日本の教育界では「個別最適化された学び」が重視され、多様な指導方法が模索されています。一人ひとりの学びの進度や理解度に応じた指導が求められる中で、ICT器機を活用した適応型学習が導入され、データをもとにした学習の最適化が進められています。しかし、こうした流れの中で、学習者の主体性を尊重するあまり、学びが「まかせっきり」になってしまうケースも見受けられます。

学習者が「自己調整しながら学ぶ力」を身につけるためには、単に個別の課題を与えるのではなく、教師が個別に一人ひとりに合わせて適切に指導し、学習プロセスを適切に導く必要があります。その強力な解決方法に、自立した学習者を育成する「カンファランス・アプローチ」について考えます。これまでの一斉指導との比較を交えながら、日本の個別最適化の課題を整理し、カンファランス・アプローチの評価の在り方と教育現場での実践について考えてみました。

日本の学校教育は、長らく一斉指導を中心に展開されてきました。一斉指導には「効率的な知識伝達ができる」「全員が同じペースで学ぶため、進度管理がしやすい」といった利点があります。しかし、その反面、学習者の理解度にばらつきが生じ、個々の学びに十分対応できないという課題もありました。

これを補う形で導入されたのが「個別最適化」です。ICT器機を活用し、生徒ごとに異なる課題を提供することで、学びの多様性に対応しようとする試みです。個別最適化の最大の利点は、学習者一人ひとりの進度に合わせた指導ができる点にあります。しかし、学習者の主体性を重視するあまり、「まかせっきり」の学習になりやすい側面も指摘されています。生徒が自ら学びを調整するための土台がないままに、個別課題を与えられるだけでは、学習の質はなかなか向上しません。

ここで求められるのは、「学習プロセスを適切に管理しながら、学習者が主体的に学ぶ力を養うアプローチ」です。教師が個別に生徒一人ひとりを丁寧に指導し、それぞれの理解度や学習スタイルに合わせたサポートを行うことが不可欠です。その手法として、カンファランス・アプローチが有効だと考えています。



カンファランス・アプローチとは、教師が学習者と11で対話を行い、フィードバックを通じて学びのプロセスを支援する方法です。単なる知識の伝達ではなく、「学習者がどのように考え、どのように表現し、それをどう改善していくか」というプロセスに焦点を当てます。

このアプローチでは、教師が学習者の思考を引き出し、適切な問いを投げかけながら、学習を深めることを目指します。ただ生徒に考えさせるだけではなく、教師が的確な指導を通じて学びを方向づけ、一人ひとりの成長に合わせたサポートを提供することが重要です。 これにより、学習者は「なぜそう考えたのか?」「他の視点はあるのか?」といったメタ認知を働かせながら、自らの学びを調整できるようになっていくからです。

ナンシー・アトウェルの『イン・ザ・ミドル』におけるカンファランスの考え方を振り返ると、教師による成績評価はほとんど重要ではなく、形成的評価であるカンファランスこそが学習の中心であるとされています。アトウェルの実践では、教師の役割は学習者の思考を見守り、適切なタイミングで的確なアドバイスをすることであり、点数評価は単なる補助的なもの(大人の都合)であるとされています。学習者を支援する上で大切なのは、「わかりやすく繰り返し教え込むこと」ではなく、「学習者のつまずいている間違った理解(スキーマ)を見つけ、修正すること」です★。

学習者が自分で知識を作り出し自立して学習できるようにするためには、一人ひとりの理解のズレや誤った認識に対して適切なフィードバックを行い、修正を促すことが求められます。そのため、「教えるべきこと」を子ども任せにせず、教師が積極的に関与しながら、学習者が自立した学習者になれるよう支援することがカンファランス・アプローチにおいて重要なのです。

★学習における認知心理学については今井むつみ『学力崩壊』が大変、参考になりました。

教師が一人ひとりに適切な支援を行うことで、学習者は自己評価を行いながら、自らの学びを管理する力を身につけていきます。カンファランスは単なる質問のやりとりではなく、教師の経験を活かした明確な指導が求められる場です。そのため、教師は生徒のつまずきを的確に捉え、どのようなスキルや知識が必要なのかを具体的に示していく必要があります。



カンファランス・アプローチは、「まかせる」のではなく「しっかり教える」ことで、学習者が自立的に学ぶ力を育てる方法です。一斉指導や個別最適化の限界を補いながら、学びのプロセスを重視し、形成的評価を取り入れることで、学習者自身が思考し、自己調整できる力を養うことができます。教育において、教師の役割は「知識を伝える人」から「知識を創造し、学びを支援する人」へと変化してきました。教師が個別に適切な指導を行うことで、生徒が確実に成長できる学習環境を整えていくことが求められています。

 

2025年2月2日日曜日

エンゲージメントの周辺

 エンゲージメントという言葉を聞くことが多くなりました。これからの教育を考えるうえで、重要なキーワードの一つだと言えるでしょう。エンゲージメントは、生徒たちの学習成果、成績、さらには、生涯学び続ける姿勢を身につけるためにも、重要な土台であると考えられ始めているのです。

ビジネスの世界でも注目されているようです。ビジネス界で、エンゲージメントとは、「従業員の会社に対する「愛着」や「愛社精神」のことを言います。従業員が会社の理念・ビジョンに共感し、会社に貢献する意欲を持っている状態はエンゲージメントの高い状態だと言えます。」★1 人材の確保や会社の業績の向上にとってエンゲージメントを高めることは不可欠と考えられていて、従業員のエンゲージメントを向上させる要素として、働きやすさ、やりがい、指針への共感などがあると言われています。

教育の分野において、「学習者エンゲージメント」とは一般に、ある活動に積極的に参加していること(active participation)あるいは特定の行動に関与していること(involvement)を指しています。学校での活動や学習課題に「夢中でとりくんでいる状態」と言えるでしょう。

エンゲージメントということが注目されているのは、主体的な学びを、実現するうえでは、避けてとおることができない考え方だからだと思います。

一見、その活動に夢中になって取り組んでいるように見えても、心の中ではその学びに意義を感じていないこともあります。また、真に没頭しているのではなく、外部から期待に応えるために、夢中で取り組んでいるような素振りを見せるていることもあるでしょう。「うわべだけのエンゲージメント(‘shallow’ engagement)」★2 や「戦略的コンプライアンス(strategic compliance)」★3 といった言葉で表される状態です。

動機づけ、モチベーションが必要であることは間違いありませんが、何かに興味をもち、学びたいという気持ちはあっても、それを阻害する要因や誘惑は数限りなくあると言えます。学ぶためのリソースも、時間も、方法もすべてあるのに、それよりも刺激的で、愉快なことが、私たちの周りには溢れています。

学ぶ必要性は認識しているけれど、実際に行動に移すことができない学習者は、数多くいます。モチベーションが高い人が、必ずしもエンゲージメントが高いわけではないのです。なぜ、その行動をするかという理由や動機はあったとしても、その行動にどの程度深く自分自身が関与するかは別物であるということでしょう。

サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイは、前掲の著書で次のように述べています。★2 

「学習者をエンゲージさせるとは、学習者のモチベーションを喚起し、同時にそのモチベーションを実現するということに他ならない」(p.18)

これこそが、問題の核心であり、エンゲージメントという考え方が重要視されている理由でしょう。

学習者エンゲージメントの周辺には、私たちがこれまで考えてきた意欲や動機といったものに加えて、学習者のマインドセットや学校文化などの学ぶ環境、教師やクラスメートの人間関係、学習行動を引きだすタスクや活動の設定など、実に多くの要因が作用していると言われています。

モチベーションや意欲を超えて、高いエンゲージメントを達成するには、どのような働きかけや環境づくりが必要なのか、これから考えていくべき重要なテーマとなりそうです。



★1 人材育成・組織開発 お役立ち情報・用語集,リクルート・マネジメント・ソリューションズ https://www.recruit-ms.co.jp/glossary/dtl/0000000185/

★2  サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイ(2022)『外国語学習者のエンゲージメント』アルク

★3 Phillip C. Schlechty (2011) Engaging Students: The Next Level of Working on the Work , Jossey-Bass.

★4 廣森 友人/ 小金丸 倫隆(2024) 『エンゲージメント×英語授業 「やる気」と「意欲」を引き出す授業のつくり方 』 明治図書出版

2025年1月26日日曜日

「教育のあってほしい姿」を描いた刺激的な図を見つけました!

 

 日本で行われている教育は、依然として、この図で表されている対極にあると言えるかもしれません。

図に真ん中に位置するのは、文科省、その外側に教育委員会、そして学校・教師、一番外側に生徒です。それに対して、上の図に描かれているのは、真ん中が生徒、その外側に教師、学校と地域の学習環境、そして一番外側が教育システムです。日本には、「地域の学習環境」や「保護者の参加」もまだほぼ存在していません。

その周りにある4つは、日本では、「教科書をカバーする授業」、「教師主導の授業」、「一斉授業」、「学ぶのは時間割の中だけ」です。それに対して、上の図に描かれているのは、左側から時計回りに、

・学習は、特定のスキルや知識を身につけたかどうかに基づいている

・学習は、生徒が主導権(オウナーシップ)をもっている

・学習は、個別化されている

・学習は、授業や学校だけでなく、いつでも、どこでも起こっている

と、このように見事に逆さまです。

 そして、これらの結果も逆さまになります。日本の場合は、テストで役立つ短期記憶のみで終わってしまう(結果的に、身につかないし、好きにもなれないが多い!?)のに対して、上の図で行われる教育は、大学や職場や市民生活のなかで使える知識、技能、態度★を身につけます。

 今の日本を覆っている教育の姿から、ありたい姿/あるべき姿に転換を図るのに、制度/システムに85%の責任がありますが、教師にも15%の責任はあります(これを言ったのは、日本に品質管理を伝授し、戦後の高度経済成長を可能にしたエドワード・デミングという人です。)。しかし、日本の場合は、保護者、マスコミ、企業などが制度/システム側についていますから、現状を維持する力がさらに強固になっています。

 そうした抵抗勢力は強固ですが、上の図のように転換していかない限り、未来がないことは確かです。https://projectbetterschool.blogspot.com/2023/07/blog-post_16.html などを参考にしつつ、教師の努力で図の実現を目指しましょう!

 

★わかりやすく言うと「態度」ですが、原語はdispositionになっていますから、辞書的には「性格」「気質」「気質」などと訳されます。いま、姉妹ブログの「SEL便り」で連載しているhttps://selnewsletter.blogspot.com/2024/11/blog-post.html では、「学習気質」としています。それは、出典で紹介している動画でも紹介されている、SELhttps://wwletter.blogspot.com/2023/02/sel.html の図に示されている)や「思考の習慣」(https://projectbetterschool.blogspot.com/2022/11/blog-post_20.html の2つ目の表)を指しています。日本の授業で、これらのどれくらいが身についているでしょうか? これらこそが、まさに「大学や職場や市民生活のなかで使える知識、技能、態度=SEL=思考の習慣」として求められているものです。

出典: https://www.youtube.com/watch?v=SncjW1AcWlc(6分25秒付近)

    この図以外にも、この動画ではたくさんの貴重な図や表や考え方が紹介されています(SELは16分付近、思考の習慣は23分付近です)!

2025年1月19日日曜日

メンターメンティーチームの2学期のおわりに…

 1224日、私が勤めている地域では終業式。1224日はクリスマスということもあり、本校では納め会が昼となっている。夜はそれぞれの家庭やプライベートで…というスタンスではあるが、やはり同じ職場で2学期の間、共に過ごしてきた仲間たちと共に美味しい飲み物を酌み交わす時間は私にとって貴重だ。そんな中、突然個別で連絡が入り、何人か同じ思いをもっている仲間からの誘いを受け、店が指定された。非常に喜ばしいことだったが、そもそも誰が何人くるのかなど全く知らない状況だった。

仕事をすべて済ませ、一度家事をしに家に帰ったあと、お店に行ってみた。すると、4年次~初任までの、メンターメンティー研修(以下、メンメン研)経験者たちがずらり。もちろん、事情で来られなかった先生もいるが、多くの先生がいたことにまず驚いた。立場上(それを気にするのは悪しき習慣だと怒られると思うが…)自分からこういう席を設けることはよくないと思い、全く誘ってこなかったが、普段、お酒は大好きなので、素直に嬉しかった。

 別に深い意図はなく、話したい・飲みたいという話になったらしい。せっかく最後の日なのだからと。でもその日にまず、このメンバーで…となってくれたことが私にとって、ここまで学校内で取り組んできたことの一つの成果だと思う。そこにおまけで私もつけてくれたことには予想外だったが、せっかくだから、本音を聞きたいなぁと思い、色々尋ねてみた。

質問:このメンメン研から何か学んでいることはある?

 以下、様々なメンメン研のメンバーからの回答。

 ・ 自分が先輩としてもっとしっかりしなきゃいけないという自覚が芽生えた。

 ・ 下の(自分より若い)子たちどうなっているか気になるようになった。力になりたいと思った。

 ・ 横のつながり(同期)の言葉に助けられた面が多かった初任時代。その関係を横だけでなく、縦でもつことは大切だと考えている。

 ・ 学年が厳しかった分(厳しい主任や先輩と組んでいた)、助けてもらったり、話を聞いてもらったりする相手がほしかった。同期がいなくてどうしようと思ったが、それを違う学年の先輩や教務主任が親身に一緒にやってくれたことで救われた。

  ・ 今度は自分が!という気持ちが本当につよい。これからの後輩たちにもそういう思いで仕事をしてほしい。一緒に考えて、言いたいことは言い合いたい。

・ 1番はじめの初任者の研究授業が終わったあと、周りの先生方はみなさん褒めて下さって嬉しかったのに、最後に校内指導教諭である私との会話でたくさんの問いを投げかけられて、それにうまく応えられない自分がいて悔しかった。

  ・ その経験があったから、授業を組み立てたり、手立てを考えたりする時は自分から「なん

で?」「どうして?」「他には?」と問いかけながら作ったり考えたりするようにしている。最後の初任者研の研究授業のときに、問われたことにすべてスラスラと応えられている自分がいて本当に嬉しかったし、驚いた。(校内指導教諭からも)「自分の考えをもって、自問自答しながら、起きたことに対して次どうするか、どうすればよかったかを考えられている。これが1番の成長だね」と言われて嬉しかった。

  ・ 先日の研究授業(2年次研と学校課題研究の研究授業を兼ねて行った授業)でも、研究主任(以前話題に挙げた、初任者を詰める学年主任)に「こうするべきだよ ね」「これはこうだよね」と(授業前に)たくさん指導されたが、「○○だから、こうしたいです」「~ことを狙うので、これでやりたいです」と自分の思いもしっかり伝えられた。1年やってきてよかった。

  ・ 先輩方が本当に優しすぎる。常に声をかけてくれる。一緒に考えてくれる。一緒に動いてくれる。そんな環境でできることが嬉しい。何かあっても相談できる人、考えてくれる人がいれば、(今年初1年で、結構大変な学級)まだまだ乗り越えられると常に思えた。

ここまでコメントを挙げてきたメンメン研を共に過ごした教員たち。私自身が手探り状態で始めた時期に初任者だった者が、今やメンターとなってチームを引っ張る姿が見られるようになった。

また、学校事情や私が初めて教務主任という立場になった時期も重なって、とにかく優しくしてしまった初任者。その初任者が自分なりに考え、経験を引き継ぎたいという考えや組織づくりや同僚性への思いを強くして、メンターとしてメンティーと向き合っている。

そして昨年初任者だった先生は、私が試行錯誤した年なので、1番に「問い」に対する思いが出てきた。それを自分の仕事に活かしたりその後の事案に活かしたりできていることが分かった。加えて、組織づくりにも少し目が行き始めている。上に挙げた、先輩の先生方がメンターとなってチームを引っ張ってきたからこそ、メンティーが新たなメンターとなってチームをよりよくしたいという思いが芽生えたようだ。

  職場が働きやすい。悩みを共有できる。共に切磋琢磨できる。そういった職員室であれば、子どもを輝かせることも協働しながら行うことができるはず。大学院で組織マネジメントを学び、メンターメンティーチームという仕組みを知った私が抱いた思いが、今、目の前で形になってきたことを改めて実感した瞬間だった。このような体験を初任者や若手教員が次々としていき、その後自身の後輩教員たちへ引き継いでいくことができれば、私がいなくても学校の文化・風土として根付かせることができるはず。その実現に向けて、今日も職員とのコミュニケーションを大切に、メンターメンティーチームの行く末を全力でサポートしていきたい。

 以上は、8月18日、9月21日、10月6日、11月17日、12月15日、12月29日と続いている、埼玉で教務主任/初任者校内指導教諭をしている田所昂先生の第7弾です。