2026年1月4日日曜日

教師と学習者の信頼関係の構築 原則5 学習者の自律(立)性を支援する

今回紹介する教師と学習者の信頼関係の構築★ に関する原則5は、「学習者の自律(立)性を支援する(Support Learner Autonomy)」です。

昨年、関わった研究大会のサブ・テーマは、「児童・生徒がエイジェンシーを発揮できる授業づくり」でした。その大会資料では、エイジェンシーを次のように定義しています。「変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する能力(the capacity to set a goal, reflect and act responsibly to effect change)」(OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)より)

学習者の自立ということは、今後の日本の教育における最大のテーマの一つと言っても過言ではないでしょう。教師主導で、一方的に知識を伝達する従来型の指導を、どのように変革していくか。児童生徒がエイジェンシーを発揮できる学びの場に学校を変えていくということでしょう。

「学びの責任の移行モデル」★2 は、とても参考になる重要な考え方だと思いますが、実際に教室でこれを実現するのは難しいという声を聞くこともあります。分かっていても、やはりどうしても、教師である自分担ってきた役割を捨てされないと感じてしまうようです。

先にあげた研究大会で、高等学校の英語の公開授業を担当した先生は、キャッシュレス社会に関する賛否を、生徒たちが英語でディスカッションする授業を計画しました。その授業を計画する過程で、「足場はずし(フェーディング)」という考え方を知ったことが、研究のブレイクスルーになったと述べています。生徒たちを、自ら学び続ける学習者に育てたいと考えていたようですが、どうしても、そのプロセスが思い描けなかったそうで、この「足場はずし(フェーディング)」という考え方に出会って、具体的なイメージが湧いてきたそうです。

「足場はずし(フェーディング)」という考え方は、伝統的な徒弟制の考え方をモデルとして、生まれた「認知的徒弟制」の最後のステップと考えられています。認知的徒弟制とは、教師(師匠)の「考え方」や「問題の解き方」、学習の進め方」、「判断の仕方」といった目に見えない思考の過程(認知)を学べるようにしようとしたものです。★3 基本的に4つのステップがあるようです:

ステップ1 モデリング(教師がやり方を示し、モデルとなる。モデルとなる児童生徒のやり方を紹介する)

ステップ2 コーチング(教師がヒントやフィードバックを与えながらやり方を教えていく)

ステップ3 スキャフォールディング(自力で取り組める部分は任せ、難しいところを「足場かけ」する)

ステップ4 フェーディング(教師の支援を減らしていく。)

この一連のプロセスからも明らかなように、自分一人でできるようになることを最終ゴールとして設定しているところにポイントがありそうです。自転車の補助輪はつけるけどれど、最終的には補助輪を外すことを念頭においておくということです。

「足場はずし(フェーディング)」をゴールとして描いておけるかどうか。ここに、学習者の自立性を支援できるどうかの分岐点がありそうです。


★1 サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイ(2022)『外国語学習者のエンゲージメント』アルク.(原著 Mercer, Sarah and Dörnyei, Zoltán (2020) Engaging Language Learners in Contemporary Classrooms,Cambridge Professional Learning.),p.78.

「教師と学習者の信頼関係を構築するための6つの原則」

原則1 近づきやすさ

原則2 共感的態度で応じる

原則3 学習者の個性を尊重する

原則4 すべての学習者を信じる

原則5 学習者の自律(立)性を支援する

原則6 教師の情熱を示す

注)原則5の「自律性」は”autonomous”の訳語ですが、「自立性」を採用する方が本来の意味に近いと思われます。

★2 ダグラス・フィッシャー&ナンシー・フレイ(2017)『「学びの責任」は誰にあるのかー「責任の移行モデル」で授業が変わる』(新評論)または

https://studylib.net/doc/25543001/kentwood-gradual-release--model-final-june2011#google_vignette

★3. 白杉 亮 (2025)『自己調整につながる学習理論をビジュアルでまとめました』明治図書出版 

2025年12月30日火曜日

今年のテレビドラマの主人公たちが教育関係者に投げかけた言葉

●一つ目は、夏に放映された「僕達はまだその星の校則を知らない」の主人公(白鳥君)はスクールロイヤーです。その6回目「秀才にカンニング疑惑!?」で、彼は次のように言っています!(場面は、スクールロイヤーが一つのクラスの生徒たちに話していたところです。確か、18分当たりだったと思います。)

白鳥:「カンニングの罪深さは、テストと言う存在自体の罪深さに内包される。勉強とは本来自分のため誰かのためになる。宇宙の一部でいるのに役立つ。そういうほわんと温かみのあるものですよね。テストは違う。その温かみとは、全く関係なくただ優劣を測るためだけの鋭敏な物差しです。人間をあえて点数で比較し、1等星をありがたかったり6等星を無視したりする。ただ地球から遠いだけでどんなに輝いているかわからない星もあるのに。

学年主任:何の話ですか。

白鳥:そんなもの差しで未来が決まるなんてぞっとします。その物差しだけを世間がそんなにありがたがあるならカンニングをしたくなるほど、追い詰められる若者が生まれるのも仕方がない気がしませんか。世界には受験がない国もある。この国の価値観や教育のあり方が原因なのだとしたら、若者は被害者ですね。もしね、この国は相手に裁判でもできれば

学年主任:それでも日本の大多数の若者はカンニングをしません。みんな構成にテストを受けより良い大学や職業を目指すんです。

 ちなみに、彼(白鳥君)自身、小学校の6年生のときに学校か文科省を相手取った訴訟を起こそうと、今雇ってくれている法律事務所を訪ねていたという過去がありました!

 

●もう一つは、先週放映された「スキャンダルイブ」の最終回「最終報 歪められた真実」の53~54分と1時間過ぎ~1時間2分です。(こちらは、まだhttps://abema.tv/video/episode/90-2042_s1_p66 で見られます。ちなみに場面は、記者会見での発言です。)

過去を悔やむだけでは何も変わらない・・・私たちが終わらせなければいけない構造が確かにある。忖度、沈黙、犠牲の上に成り立つ成功、そういう仕組みを次の世代に引き渡してはいけない。その構造を終わらせることこそが、今を生きる私たちの、そして当事者である私の、責任の取り方だと思っています・・・

いま私たちは時代の変わり目に立っています。古い価値観と新しい価値観の間で様々なひずみが生まれている時代にいます。でも、その混乱の中にこそ変化の芽があると私は信じています。変わるのは、勇気が必要です。声を上げることは、痛みを伴います。でも、それでも、私は信じたいんです。私たちには、変わる力があると。変わるのは、誰かではなく、私たち一人ひとりです。声を上げること、疑問をもつこと、誰かの痛みに想像力をもつこと、それが新しい風を吹かせる力になります。未来は、待つものではなく、つくるものです。今、この瞬間が、その始まりになればと心から願っています。

 *****

 たかがテレビドラマですが、されどテレビドラマです。教育界の人がほとんど言わないことを、ズバッと言い切っていると思ったので、年が明けてしまっては紹介できないので急ぎアップしました。

 あなたも、このようなテレビ、本、SNSなどいろいろな媒体で紹介に値すると思われた言葉に遭遇していたら、ぜひ紹介してください。お願いします。

2025年12月28日日曜日

教育の新しいうねり ~ 『一人ひとりを大切にする学校』のアクティブ・ブック・ダイアローグ(ABD)へのお誘い

  以下に紹介するのは、そのオーストラリア版です。オーストラリアにおける現在の様子が、よく伝わってきます。しかし、その出発点はアメリカのロードアイランド州の州都プロビデンスに開校したMETという学校でした。一つの学校から出発したうねりは、いま世界に270校(アメリカ国内は、その半分の140校)ぐらいのネットワークに広がっています★。2000年代には、ビル&メリンダ・ゲイツ財団から多額の資金提供を受けていたことでも有名です。

 *****

Big Picture Education Australia(ビッグ・ピクチャー・エデュケーション・オーストラリア)は、オーストラリアの教育における重要な変革を促進することを目指し、地域社会との連携を通じて革新的で個別化された学校づくりを推進・支援しています。

私たちは、画期的な公立学校の設計、新しい教育モデルの研究と普及、学校や地域社会のリーダーとなる教育者の育成、そして若者の教育に地域社会の人々が積極的に関与し、意思決定に参加するための取り組みを行っています。

私たちの哲学の根底には、「一人ひとりの生徒のための教育」という考えがあります。生徒一人ひとりに合わせた教育★★プログラムを提案し、実践しています。

私たちは、本当の学びは、生徒自身が自分の教育に積極的に関わり、教師・保護者・メンター★★★といった身近な大人たちがその生徒を深く理解し、その生徒に合わせたカリキュラム(学習課程)を作り上げる時に生まれると信じています。学校内での学びに加え、学校外での体験が生徒の関心を高め、学びを深めるのです。オーストラリア社会が「テストの点数による成果主義」にとらわれている中、私たちは「一人ひとりに向き合う成果主義」を提唱しています。

現在の公教育システムは、一部の若者のニーズに応えられていません。中には、自分のニーズにより応えてくれることを期待して私立学校に移る生徒もいますが、多くの生徒が公教育から離れ、別の選択肢(オルタナティブ教育プログラム)を選んでいます。もちろん、多くの若者はその後、社会に出て仕事に就くことができています。

 しかし、豊かな国であるはずのオーストラリアで、あまりにも多くの若者が高等教育や就労に進まずに学校を離れてしまっているのは恥ずべき現実です。こうした状況が個人や社会に及ぼす影響は非常に大きく、しかもこの傾向は25年前と比べてもほとんど変わっていません。対策としてこれまでと同じことを繰り返しても、成果は得られていないのです。だからこそ、新しいアプローチが必要とされています。私たちの社会全体で、この教育課題に対して新しい視点で取り組むことが求められています。

Big Picture Education Australiaは、現在の公教育システムでは支えきれていない若者のために、革新的で多様なモデルが必要であると考えています。これは新しい考え方です。これからは、画一的な中等教育のあり方だけが公教育の選択肢であってはならないのです。公教育を支える私たちにとっても、多様な教育モデルが必要です。なぜなら、若者たちのニーズは実に多様だからです。

Big Pictureモデルは、そうした多様なニーズに応えるために生まれました。個別化された学びを通して、一人ひとりの生徒と深く関わりながら教育を行うのが私たちの特徴です。もちろん、私たちのモデルだけが唯一の解決策だとは考えていませんが、私たちはこのモデルが効果的であり、アメリカやオランダの学校で実績があることを証明しています。

私たちは、この課題解決のために新たな対話と行動を呼びかけています。教育成果を向上させるために、新たなパートナーシップや連携、資金調達の方法、学校設計などに取り組んでいきます。

Big Pictureが提供する教育は、リアルで実践的でありながら高度に個別化されたもので、学校での教科学習と実社会での学びをうまく組み合わせています。これまでの教育モデルをひっくり返し、生徒本人の情熱や興味・関心を学びの中心に据えるアプローチです。

海外での取り組みにおいても、この統合型学習フレームワークが生徒の学びを高めるうえで非常に効果的であることが示されています。Big Pictureの学校が成功し普及している理由のひとつは、非常に高い出席率(平均94%)と極めて低い退学率(平均2%)を実現している点にあります。アメリカでは、Big Pictureの卒業生の99%が大学への進学を果たしています。これは、Big Pictureが生徒たちに進学に必要なスキルや支援を提供している証拠です。

  *****

 以上の内容は、かなりの部分、今の日本にそのまま言えてしまう、と思われませんか?

 1月31日(土)に、このBig Pictureの出発点となったMETの創設者であり、20年間以上そこの校長をしていたデニス・リトキー氏が書いた『一人ひとりを大切にする学校』のアクティブ・ブック・ダイアローグ(ABD)を行います。

 本には、これからの学校に求められているものが明確に(しかも、生徒たちの声を中心に)書かれています。私たちに問われているのは、求められているものと現状とのギャップをどうやって埋めていくかです!(その辺まで、当日は話し合えたらいいのですが・・・・ABDは短時間で本の内容を理解することと、対話を通じて新たな気づきを得ることが目的であることを考えると、1月31日以降が大切になりそうです。

テキスト

AI 生成コンテンツは誤りを含む可能性があります。

★そうなんです! 教育には、食べ物、着る物、音楽、ドラマ/映画、ゲームなどと同じように、もはや国境はないはずなのですが、日本の教育界は国境線を引くのが相変わらず好きです。どうしてでしょうか?

★★これの授業版は、『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』と『学びの中心はやっぱり生徒だ!』で紹介されています。

★★★校内のよき先輩的な存在ではなく、地域の仕事をもった(生徒のインターン先の)社会人のことを指します。

出典: https://cookshill-s.schools.nsw.gov.au/our-design/big-picture-network.html

参考: https://www.themethighschool.org/METのホームページ)

    https://www.bigpicture.org/ (Big Picture のホームページ)

    https://www.nextschool.org/ (Big Picture の考えをインドに根付かせようという動き:小学校レベル)

    a town torn apart film - Google 検索 ないし https://x.gd/Bac7v (著者のDenis Littky氏が80年代から90年代の初めにかけて(?)校長を務めたニューハンプシャー州ウィンチェスターにあるThayer High Schoolでの体験を映画化したもの。こんな保守的な高校と地域ですら、METBig Picture に加盟する学校が今していることは、やれてしまった!! ということは、やり方次第と、関係の築き方次第?)ちなみに、本物のリトキーさん、この俳優そっくりです!

 

2025年12月21日日曜日

教師の授業、考え方、あり方を変える研修方法としてのコーチング

 このブログもはじめてから14年が経ちます。

 その目的は、教師のメインの仕事である授業を飛躍的に改善することであり続けています。それを実現するための教員研修(教師の学び)関連の書き込みで主だったものを挙げると、次のようなものがあります。

https://projectbetterschool.blogspot.com/2024/10/blog-post_27.html

https://projectbetterschool.blogspot.com/2012/05/blog-post_20.html

https://projectbetterschool.blogspot.com/2016/03/blog-post_20.html

https://projectbetterschool.blogspot.com/2016/07/blog-post_10.html

https://projectbetterschool.blogspot.com/2015/03/blog-post.html(特に、表の一番右)

https://projectbetterschool.blogspot.com/2012/03/plc_18.html(特に、「学びの原則」)

これら以外の他の記事に興味をもたれた方は、左上の検索欄に「教員研修」や「教師の学び」を入力して検索すると、たくさんの記事を読めます。

 

 教員研修が機能していないという視点で、機能する22の方法を紹介したのが『「学び」で組織は成長する』(光文社新書、2006年)という本でした。しかし、残念ながら、教員研修はそれから20年間、従来の校内研とセンター研修に固執し続けて、教師の学びが確保されているとは言えない状態が続いています。

 時期が熟すのをこれ以上待てないので、22の方法の一つとして紹介していたコーチングに特化した2冊の本を出すことにしました。1冊目は、すでに出版されている『教師のためのアート・オブ・コーチング』https://www.amazon.co.jp/dp/4571102089/refで、2冊目は来年の2月末に出る予定の『インストラクショナル・コーチング』https://x.gd/P7NeI です。

 それら2つの特徴をまとめたのが、下の表です。


 この表から2つのアプローチの違いは、理解できましたか?

 

●『インストラクショナル・コーチング』

 『インストラクショナル・コーチング』は、学級経営も含めて授業(教え方)★で改善したい点を特定し、それを自分のものにするために必要な知識やスキルを学び、実践をしながら新しい知識やスキルが自分のものになるようにすること(インパクト・サイクルを回すこと)が中心です。

 したがって、https://projectbetterschool.blogspot.com/2015/11/blog-post_29.html

の2つ目の表の一番下の段の「サポート」を確実に実現している方法なわけです。コーチの手厚いサポートによって、教師の8~9割は使いこなせるようになりますから。その際、新しい知識やスキルを達成可能なSMART目標(Specific 具体的で、Measurable 測定可能で、 Achievable 達成可能で、Relevant 関連性あり、Time-bound 期間を設定した目標)ないしPEERS目標(Powerful 効果的か、Easy取り組めそうか、Emotionally compellingどうしても達成したいと思えるか、Reachable達成可能か、Student-focused 生徒中心かのすべてを満たしている目標)を設定することが大切にされています(『インストラクショナル・コーチング』の135~6ページを参照)。この目標設定が、極めてあいまいになっているのが日本の教員研修の大きな特徴の一つです。

 授業改善を実現する一つの効果的かつ達成可能な目標(知識・スキルの獲得)を設定することで、教師は6~9週間という比較的短期間のうちに成功体験をもつことができます。そして、それが次のサイクルを回す大きな動機づけにもなるわけです。生徒にとってはもちろん、自分にとってもいいことは、ドンドン繰り返したいですから。

 平等・選択・声・対話・振り返り・実践・互恵性の七つの原則は、それを見るだけでは当たり前のことが書かれていると思いがちですが、設定した目標を実現するために、コーチと教師が協働し、信頼に基づき、そして共に成長できるパートナー関係を築くための不可欠かつ決定的な要因なので、たとえコーチングを受けなくとも、『インストラクショナル・コーチング』を読んで自分が実践できるものにしてください。なぜなら、他の教師のコーチにならなくとも、教師として生徒とのパートナー関係を築く際にそのまま使えるからです(使わなければ、いい授業/生徒が夢中で取り組む授業は難しいでしょう!)。

 すでに紹介した「パートナーシップの原則」と「インパクト・サイクル」の他にもインストラクショナル・コーチングが成功する要因として、インストラクショナル・プレイブックhttps://projectbetterschool.blogspot.com/2024/07/blog-post.htmlの存在や、データ重視の進め方があります。

 

●『教師のためのアート・オブ・コーチング』

 『教師のためのアート・オブ・コーチング』の目的は、もちろん『インストラクショナル・コーチング』と同じように教師や管理職の行動を変えることなのですが、それを実現する方法として対象者の信念、価値観、感情、あり方を扱うところに特徴があります(トランスメーショナル(変革)コーチングという名称を使っているぐらいです!)。そのために、コーチと対象である教師ないし管理職は、心理的安全性と信頼関係を構築するためによく聴き、よく問いかけるだけでなく、ほどほどに自己開示もします。

 「年間サイクル」は、1年間に一つのサイクルを回すのではなく、ミーティング(毎週ないし少なくても隔週)毎に回している感じです。

 そして、行動の変容は、ミーティングとミーティングの間でコーチと合意したことを具体的な授業改善や行動に移し、次のミーティングでそれを振り返り、さらに修正改善した実行に移すというプロセスを繰り返す形で、小さなステップ(成功)を積み重ねることで、変容が現実の場に根づいていくのです。

 本書の他の特徴(成功の理由)については、https://note.com/coachingletter/m/ma24c24afc5bd の12月10号をご覧ください。

 『教師のためのアート・オブ・コーチング』は、欧米では過去10年ぐらいの間に教育書で最も売れた本の一冊です。昨年、その改訂版が『Arise』というタイトルで出ましたが、10年間の蓄積を踏まえて、ほとんど別な本(というか、さらにレベルアップした内容)になっているので、初版をまだ読んでいない日本の読者にとっては、改訂版から読み始めるのは荷が重いのではないかと判断して、比較的理解しやすく、かつとっつきやすい初版の方を訳しました。

 また、原書のタイトルには「教師のための」はありません。著者は、教育関係者以外の読者も読めるように、コーチングの基本を網羅的に押さえながら、これ一冊があればコーチングができると思ってもらえるように書いています。それが、400ページの大部な本になっている理由です。

 

コーチング便り

 なお、この「PLC便り」の姉妹ブログとして、4つ目の教育ブログ★★の「コーチング便り」https://note.com/coachingletter/m/ma24c24afc5bdを先月からスタートしていますので、そちらも是非ご覧ください。

 

 今回の記事からも、「サイクルを回す」ことが学びを確保するための鍵になっていることが分かります。逆に言えば、サイクルになっていないと、学びを得にくいのだと思います。それは、教師対象の研修にも、生徒対象の授業にも、等しく言えます。

https://projectbetterschool.blogspot.com/2025/09/responsive-teaching.html

https://projectbetterschool.blogspot.com/2012/06/blog-post_17.html

https://projectbetterschool.blogspot.com/2023/01/blog-post_15.html(教科書や指導案/書は、必然的に直線になってしまい、サイクルにならない?!)

 

★欧米では、学級経営と授業とを日本ほど明確に分ける傾向がありません。分けることによるメリットって何でしょうか? そして、デメリットは?

★★ 残り2つは、WW&RW便り:http://wwletter.blogspot.com/ と  SEL便り:         https://selnewsletter.blogspot.com/  です。

2025年12月14日日曜日

教育は予定調和ではない! 主体が立ち上がるとき、教室は揺れる 〜高学年を担任する「やりにくさ」から考える教育の意味〜

小学校高学年を担任していると、ここ数年とくに「難しさ」を強く感じる場面が増えてきました。これまでは、先生の言うことを比較的素直に聞いていた子どもたちが、高学年になるにつれ、そう簡単にはいかなくなってきます。やりたくないこと、めんどうだと感じること、大変だと思うことに対して、率直に「嫌だ」「納得できない」と声をあげるようになります。自我が芽生え「自分はこうしたい」「これはやりたくない」という主張が、はっきりと姿を現してくるのです。

 

もちろん、こうした姿は担任との信頼関係があるからこそ見えてくる本音でもあります。学校の先生が言うから従う、という段階を越えて、自分らしさを模索し始めている証でもあるでしょう。子どもの成長として、民主的な学びの視点から見れば、とても大切なプロセスだと理解しています。それでも、正直なところ、担任としてはやりにくさを感じるのも事実です。

 

学校は集団で生活する場。一人ひとりの主張を丁寧に聞き取り、受け止めようとすればするほど、学級がうまく回らなくなるのではないかという不安が、担任すると常に

頭のどこかにあります。この葛藤は、高学年特有のものではありますが、どの学年を担任していても、形を変えて立ち現れる難しさなのだと思います。

 

さらに、中学校への進学を控えた時期の子どもたちは、さまざまな意味で過敏になっています。成長のプロセスとしての主張だけでなく、家庭環境や周囲の状況から生まれる不満や不安が、学校という場で強い言葉や反抗的な態度として表れることも少なくありません。

 

本来であれば、一人ひとりのペースを大切にし、その子なりの伸びを丁寧に捉えていきたい。そう思いながらも、学校の中には、それを簡単には許してくれない空気が常に漂っているように感じます。これは一体何なのだろうか、と立ち止まって考えることが増えてきました。

 

学校は組織として動いています。その組織を管理するために、学習の進路や「こうすればうまくいく」とされる指導法、数値化された評価の仕組みが整えられてきました。しかし、その仕組みそのものが、子ども一人ひとりを主体として認めることを、かえって難しくしているのではないか。そんな疑問を抱いていたときに出会ったのが、ガート・ビースタの『教育の美しい危うさ』でした。

 

ビースタはこの本の中で、教育を「予定通りに成果が生み出される技術的な営み」として捉えることに、強い違和感を示しています。教育は本質的に、結果があらかじめ保証されるものではなく、常にリスクを伴う営みであると述べています。子どもを思い通りに成長させることはできず、そこには予測不可能な応答が必ず生まれる。その不確かさこそが、教育を教育たらしめているのだ、といいます。

 

さらにビースタは、近年の教育が「学習」という言葉に過度に集約されていることにも警鐘を鳴らします。どれだけ学んだか、どれだけ成果が出たかという視点だけで教育を語ると、教師の判断や責任、そして子どもとの関係性が見えにくくなってしまいます。学習者中心という言葉は一見すると魅力的ですが、うまくいかなかったとき、その責任がすべて子ども個人に帰されてしまう危うさも同時に抱えています。

 

ビースタは、教育の目的を「資格化」「社会化」「主体化」という三つの領域で捉えました。知識や技能を身につけることは資格化、社会のルールや文化を学ぶことは社会化にあたります。学校教育では、どうしてもこの二つが前面に出やすくなります。しかし、ビースタがとくに重視するのは三つ目の主体化です。主体化とは、子どもが「自分はどう生きるのか」「この状況にどう応答するのか」を、自分自身の問題として引き受けていくことです。

 

高学年の子どもたちが見せる強い主張や反発、不満の言葉は、まさにこの主体化のプロセスの中で生じていると捉えることができます。大人から見れば扱いづらく、学級経営の妨げになるように映るその姿も、子どもが世界に対して自分なりの立ち位置を探している証なのだと、ビースタは示しています。だからこそ教育は、うまくいかない可能性を含み込んだ営みであり、その不確かさを排除してはならないのだと語られています。

 

また、ビースタにとって「よい教育」とは、成果や効率で測れるものではありません。教育とは、子どもが他者や世界からの呼びかけに出会い、それにどう応答するかを試される場であり、そこでは教師の意図を超えた出来事が必ず起こります。教師の役割は、子どもを思い通りに導くことではなく、応答が起こりうる場を整え、責任をもって関わり続けることなのだと述べられています。

 

このビースタの思想に触れたとき、教育は予定調和ではなく、リスクを引き受ける営みなのだという前提に、大きな安心感を覚えました。学級が揺れ動くこと、意見が食い違うこと、すぐにはまとまらないことは、失敗ではなく、教育が生きている証なのかもしれません。学校の仕組みをすぐに変えることは難しいかもしれませんが、その中で子どもたちが主体としての自分を発揮できるよう、形成的評価や一人ひとりに寄り添う実践の価値を、これからも確かめ続けていきたいと思っています。




 

2025年12月7日日曜日

教師と学習者の信頼関係の構築 原則4 すべての学習者を信じる

教師と学習者の信頼関係の構築★1 に関する原則4は、「すべての学習者を信じる(Believe in all your learners)」です。

ここでいう「すべての学習者を信じる」とは、「すべての学習者に進歩する能力がある」と確信することと言い換えても良いと思います。生まれながらにしてもった才能や能力によって決まるという考え方と対極にあるものです。

スタンフォード大学のキャロル・S・ドゥエック教授が提唱した成長マインドセットの考え方そのものです。人間の能力は努力や練習によって成長できると信じる考え方で、困難や失敗を学びの機会と捉え、粘り強く挑戦し続ける特性を指しています。

「すべての生徒を信じる」とは、教師が学習者の能力に対して、成長マインドセットをもつということ言えるでしょう。

ただし、重要なポイントは、成長マインドセットをもって生徒たちを見守っているだけではなく、「行動」を通じて、マインドセットの重要性を示すシグナルを送り続ける必要があると言えます。単に、心の中で「念ずる」だけではダメで、何らかの行動で示さなければ、生徒たちは「信じられている」とは思えないということでしょう。

どのような行動があるでしょうか?

間違いを恐れない姿勢を身につけさせる。例えば、授業中に間違いをしなければ、それは学んでいないか、全力を出し切っていないだけだと説明する。生徒に「間違いノルマ」を割り当てるという、とんでもない提案をする研究者もいるようです。

自分自身がコントロールできることについて、振り返りをさせる。学習者が費やした時間や努力、使用した学習方法などについて、振り返りをさせることで、成長できる余地があることを実感させる。

「気にかけて」くれているということを生徒たちが感じられる行動をとる。情緒面での支援や声がけも大切ですが、何と言っても、教材や授業準備に、教師がどれだけ熱意をもって取り組んでいるかを見せること。つまり、生徒の学びに対して、教師がどれだけ真剣に向き合い、その結果に対して、責任を果たしているかを示すことが大切であると言うのです。

研究においても、ケアリングの大切さは明らかにされているようです。

「研究によって非常に明らかになっていることがある。教師がケアリングな人(自分たちのことをよく考えてくれる存在)だと学習者が考えている場合、彼らは学習内容にますますエンゲージするようになり、わからないことがあれば調査等の知的冒険をし、たとえ失敗したとしても粘り強く学び続ける傾向があるのだ。」(デービス他 2012)

このようにみてくると、教育という営みが、非常に人間的なものであることを、改めて実感させられますね。

気にかけてもらえる(ケアしてもらっている)というのは、大人にとっても、とても重要な意味をもちます。無視という行為は、相手の存在を否定し、孤立感や精神的苦痛を与える行為なのですから。そこから、信頼関係が生まれるはずはありません。


★ サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイ(2022)『外国語学習者のエンゲージメント』アルク.(原著 Mercer, Sarah and Dörnyei, Zoltán (2020) Engaging Language Learners in Contemporary Classrooms,Cambridge Professional Learning.),p.78.


「教師と学習者の信頼関係を構築するための6つの原則」

原則1 近づきやすさ
原則2 共感的態度で応じる
原則3 学習者の個性を尊重する
原則4 すべての学習者を信じる
原則5 学習者の自律(立)性を支援する
原則6 教師の情熱を示す

注)原則5の「自律性」は”autonomous”の訳語ですが、「自立性」を採用する方が本来の意味に近いと思われます。


2025年11月29日土曜日

AIと教育 その2

 

私の担当した前回の8月の記事で、これからAIが学校教育、特に授業にもかなり入り込んでいくことを述べました。それからわずか3か月しか経っていませんが、その間にも次々とAI関連の進展が続いています。

たとえば、米国のAI企業アンソロピックが開発したAIは、人間の1回の指示で、コンピュータのプログラミング改良の仕事を7時間連続して行いました。また、グーグルの作成したAI科学研究支援システム「サイエンティスト」が新たな研究テーマを考案したことなど、次々と新たな試みが発表されています。(101日付・日本経済新聞)

このAI「サイエンティスト」は、ある科学者が10年かけて考えた成果をたった2日で提案したとのことで、これは実に驚くべき内容です。このようにAIが自律的に作業をこなしていく機能を「AIエージェント」と呼びますが、これが今やさまざまな分野で現実のものとなりつつあります。

教育現場でもこうした「AIエージェント」がいろいろな形で実現していくものと思われます。企業では「AI社長」「AI部長」などと銘打って、経営者・管理職の日々の仕事内容をAIに読み込ませることで、AIが本人に代わりに、部下からの報告を受けたり、相談にのったりすることができるわけです。あるIT企業では、AI社長が社員の人事評価まで行うというところまできているようです。これは極端な例かもしれませんが、これからは管理職の決裁が必要な稟議書などもすべてAIが代行することになるでしょう。学校は企業に比べれば、職階の多くない、比較的フラットな職場であり、それほどのメリットはないかもしれません。それでも事務的な仕事に関しては、確実にその労力は低減されていくでしょう。現状は事務作業が多くて、子どもたちに向き合う時間が確保できないという面もありますので、そこは大幅に改善されていくと思います。

授業に関しては、前回も述べたように、教科書中心の授業を転換する大きなチャンスです。それが実現するかどうかは各自治体の首長と教育長の考え方次第です。これらの関係者の方々には、ぜひその方向転換に全力を注いでほしいと願わずにはいられません。

教師主体から子ども主体の授業へ転換することが、AIの力を借りて、これまでよりもはるかに容易にできるようになります。知識理解の基礎的なところはAIの力を借りて、学習者の興味・関心のもとに進める探究学習をAIと教師のサポートで行うことが可能になります。よくお題目のように言われる「個別・最適化」が本当の意味で実現する可能性が見えてきました。ただ、AI教師が人間教師の仕事のすべてを代行するのは、難しいでしょう。必要なのは人間教師のサポートです。

その際、特に注意すべきことは、次の2点です。

1点目は、基礎・基本の利用以外のところでは、AIに投げかける「問い」の質が重要であることです。AIを使いこなすためには、AIに対して「どう質問するか」が大切だということです。自分がその解決を求めている問題に対して、AIからどのような答えを引き出すのかはすべてこの問いにかかっています。すでにビジネス界では、さまざまな分野で、「こうすると、確実によい答えを引き出せる」といったようなマニュアル本が出版され始めています。今後、その流れはさらに加速されていくでしょう。

教員研修もこれからはAIに対する「問いかけ」の質をどのように上げていくかということが焦点の一つとなります。その方策の一つとして、教育センターも教育における「AIエージェント」の先駆けとして、「AI指導主事」を構築したらどうでしょうか。過去の実践事例、最新の教育データをもとに、ディープラーニングをさせることで、ある程度可能になると思われます。この「AI指導主事」により、現場の先生方はいつでも授業のアイデアや進め方のアドバイスを受けることができるようになります。そして利用者が多くなれば、そのデータから、AIはさらに深化します。学校訪問の形式的な場ではなく、いつでも気軽に相談できる機会が用意されていることで、学校での研修なども大いに変わってくると思います。

気をつけるべき2点目は、AIが根拠とするビックデータには、誤謬やうそが混じっている可能性があることです。これは、なかなか見抜くのは難しいことかもしれませんが、人間教師のチェックが必要なところです。

 

この「質問づくり」にとりかかるにあたって、『たった一つを変えるだけ』(新評論・2015)は触れておきたいと思います。その冒頭の「訳者まえがき」に次のような一文が紹介されています。

 

教育の鍵は、知識よりもむしろ「問いかけること」です。(中略)ワールド・スタディーズが目指すのは、学びかたを学ぶ力、問題を解決する力、自分の価値観を自覚する力、自分で選択できる力です。これは、ひとえに「問いかけ」に、単に質問するだけでなく、子どもたちが自分で疑問点を洗いだし、答を見つけていけるようにすることにかかっています。「問いかけ」は、情報が目まぐるしく移り変わる今日の世界では、私たち教師が子どもたちに提供できる最良のものと言えましょう。(『ワールド・スタディーズ』国際理解教育センター編訳・1991年、15ページ)

 

ここに、AI時代にも通用する「問いかける力」の重要性が指摘されています。

まさに「情報が目まぐるしく移り変わる今日の世界」にあって、マスメディアが流す情報を鵜呑みにせず、それを問い続ける力こそ、民主主義社会を支えていく力になるものと思います。

 

最後に、最近読んだ『タングル』(真山仁・小学館文庫)の一節を紹介します。

(同書131ページ)

「音は波形の曲線で伝わるものです。でも、デジタルは数字で表現するしかない。すると、折線近似と言って、波形を数値として分解して音を構成することになるんです。」

 

AIのすごさは改めて言うまでもないことですが、所詮AIもデジタルで動くものです。先ほどの話は、「デジタルはアナログを完全に再現することはできない」ことを教えてくれるものです。教育においても、アナログの部分を完全にデジタルでカバーすることは困難です。そのデジタルの隙間のところを埋めていくのが、これからの教師の主な仕事ではないでしょうか。その仕事とは、具体的には何なのか。それは後輩のみなさん一人ひとりが実践を通して、ぜひ考えていただきたいと思います。