2026年1月25日日曜日

『ほんものの学びに夢中になる 関わりあい高めあう授業づくり』を読んで

広島の公立高校で国語教師をしている綱川和明さんが『ほんものの学びに夢中になる』の紹介文を書いてくださいました。

 *****

本書は、児童生徒が「夢中」に学ぶ授業を作るためのヒントを提供してくれる書籍です。教育実践者ならば誰もが一度は、「夢中」に学ぶ児童生徒の姿を自分の授業の中で実現したいと考えたことがあるはずです。私もそうした目標を追求してきた(いる)一人です。

しかし、「夢中」を実現するために、「興味を引く教材や面白い学習活動」「授業者の話術や緩急のある授業展開」「成果・成長が明確な学習内容」を端的に追い求めてしまうことも多々ありました。「夢中」が何か1つのコツやメソッドの導入で実現すればいいという願望の裏返しかもしれません。そうした願望を託した授業は、以前の授業よりは何かが進歩してはいるものの、心のどこかにモヤっとしたものを抱えて終わることがほとんどでした。そうして、「夢中」は簡単で表面的な工夫で生起することではないのだと気付くのです。このような認識は間違っていないでしょう。複数の授業の要素に気を配り、一つ一つの工夫をつなげて相互に関連させることで、はじめて質の高い「夢中」が実現するのだと思います。

本書は「夢中」になる授業づくりについての、そうした認識を裏付ける情報の集合体といえるでしょう。実践者がこれまでに感覚的に把握していたことを言葉によって裏付けられる経験を提供してくれる本です。もちろん、これまで気付かなかった新しい要素についても非常に多くのことを教えてくれます。児童生徒を学びに「夢中」にするために本書を貫く方法論は、学びを取り巻く様々な事柄を有機的に関連付けていくことだといえます。詳しくは実際に本書を読んでみることで知っていただきたいと思います。

 

下記は、実際に読んだ私からのいくつかの提案です。この本を有効に使うためのアイデアだと思ってください。

①「訳者あとがき」から読んでみる。

→この本の全体像と各チャプターの要点が把握しやすいです。全体像については原著者よりも訳者の方々の説明の方が分かりやすいと思います。現在の日本の教育への視点を含んでいることも、読者にとっては参考になります。

②誰かと一緒に読んでみる。

→各チャプターの内容は、実践に即応できる具体的なものが多いです。しかし、この本の最も有効な使い道は、他の実践者といくつかのチャプターごとに読書会形式で読み進めていくことです。本書の内容を実践に導入することよりも、それを話題として実践者同士が考えを話し合うことの方が得られるものは多くあると思います。何より、そうした教員研修のような展開を原著者も望んでいる節が見られます。

③脚注や参考文献を楽しむ。

→脚注には下訳を読んだ協力者(実践現場に近い国語教育関係者)のコメントがあり、他の実践者の考えや反応を知ることができて面白いです。訳者の方々の本で時折採用されている興味深い試みであり、特徴だと思います。上記の②「誰かと一緒に」とも関連しますが、他の実践者の「息遣い」を感じながら、読み進めることはとても有意義だと思います。

 

最後に、下記は個人的感想です。誰かへのメッセージというより、自分の理解を整理するメモのつもりですので、読み流してください。どうか、本書が多くの読者に手に取ってもらえる書籍となり、皆さんに何かをもたらす価値ある書となることを心より願っています。

④本書は国語教育関係者の読者が多いと思われるが、国語教育という枠組みに留まらない、教育一般に有益な情報を与える書籍である。

2026年1月18日日曜日

すべての人に(生徒にも教師にも)SELを!

   去年の12月に『教師のためのアート・オブ・コーチング』という本を出したのがきっかけで、その著者のエリーナ・アギラ―さんがあちこちに書いた無料で読める記事(ブログ等)を読んでいます。ここで紹介するのは、彼女が11年前の2014年4月17日に書いたものです(CASELの設立は1994年ですから、アメリカでは20年が経過した段階で、いまは30年経っていることになります!)。~以降の青字は、紹介者のコメントです。

 *****

この10年で、子どもたちのSEL(感情と社会性を育む学び)のニーズは、これまで以上に注目が集まるようになりました。こうした学びは、子どもにとっても大人にとっても欠かせない重要な領域です。そして今こそ、学校が教育者のあらゆる学習ニーズに責任をもって応えるべき時です。たとえば、新しいテクノロジーの活用、新しい基準(スタンダード)の理解と実践、新しい評価方法の導入、そして教育者自身のSELへの取り組みなど、幅広いニーズに対応する必要があります。~日本では、まだ「SELって何?」という段階です。『EQこころの知能指数』は1996年の本の販売で結構知れましたが、残念ながら教育界はその例外でした。

教師とSEL

 大人にとってのSELは、子どもたちに提供し始めている内容と大きくは変わりません。SELには、自分の感情を認識し理解すること、感情をうまくコントロールするための方法、他者の感情を読み取り理解する力を育てること、そして他者の感情に適切に応答するための方法などが含まれます。またSELには、逆境から立ち直る力――いわゆる「レジリエンス」を育てるための方法を、意図的に教え、練習することも含まれます。私は、こうしたSELこそが、教育者向けの研修において、新しい学習指導要領に関する研修よりも、もっと時間と注目を向けるべき領域だと考えています。なぜかというと、SELは、教育者が押し寄せる変化の波を乗りこなし、変化に効果的に対応するための基盤となる力だからです。 ~ エリーナさんは、このこだわりをその後Onward: Cultivating Emotional Resilience in Educators』(2018)という本を出すことで満たしています。そのなかで、感情の扱い方・自己認識・自己管理・希望・エージェンシーなどを学習可能なスキルとして扱っています。なお、『SELを成功に導くための五つの要素』も似たアプローチと内容を扱っている本(アメリカでの出版は2013年)ですので参考にしてください。

なぜ教育者にSELが必要なのか?

学校で働く大人たちがSELから恩恵を受ける理由は、読んでいる皆さんならいくつも思いつくでしょう。しかし私は、教育政策と意思決定を担う立場の人たちに「教育者向けのSELに貴重な研修時間を割くことは必要であり、場合によっては緊急性があり、そして非常に価値がある」と納得してもらうために、特に重要だと考える理由を挙げます。

1) 感情は存在する。

教師(校長、教頭/副校長、コーチなどを含む)にも感情があります。その存在を無視したり、「仕事の外で勝手に処理してほしい」と願ったりすることもできますが、むしろ感情の存在を認め、どう向き合うかを考えることもできます。感情は、誰も触れたがらない「部屋の中の象(見て見ぬふりをしている問題)」に長年なっています。~ もちろん、子どもたちにもあります! 「感情と人間関係は教室の外に置いてきなさい」と言ったところで、それは無理なのです(それは、教師にとっても無理なことです!)。

2) 変化はさらに多くの感情を生む。

そして今、教育の世界は大きな変化の波にさらされています。新しい評価、新しいカリキュラム、新しい教え方、新しいテクノロジーなど、次々と変化が押し寄せています。多くの人間にとって、変化に対する最初の感情反応は「不安」です。これは脳の仕組み上、ごく自然なことです。脳の構造と戦うこともできますが、脳の仕組みを理解してうまく付き合うこともできます。変化に対する反応が暴走しないようにするための、シンプルな方法はいくつもあります。そして素晴らしいことに、脳は変化できるものです。科学者はこれを「神経可塑性」と呼びます。脳の特性を活かすことで、変化に伴って生じる感情をうまく扱うことができます。これこそがSELの核心です。~ この「脳の可塑性(変化する性質)」も含めて、SEL5本の柱(自己認識、社会認識、自己コントロール、対人関係スキル、責任ある意思決定)と脳の構造にも各章で説明しながらまとめられている本が『感情と社会性を育む学び(SEL)~子どもの、今と将来が変わる』マリリー・スプレンガ―著、新評論、2022年)ですので参照ください。

3) 感情は必ず結果を伴う。

感情は、私たちに動機づけや活力を与え、他者とのつながりを深めてくれます。しかし同時に、私たちを病気にしたり、怒りや抵抗を生んだり、排除の態度を強めたり、前向きな変化を妨げる要因にもなります。感情に向き合わなければ、感情のほうが私たちを支配し続けてしまうのです。 ~ かなりやっかいな存在なので、うまくコントロール術(スキル)を身につける必要があるわけです。いつまでも「部屋の中の象(見て見ぬふりをしている問題)」にしておくわけにはいきません!

最後に伝えたい本質的なこと

 この10年間、私はインストラクショナル・コーチとして、大人が自分の実践をより良くし、子どもたちが必要とし、ふさわしい教育を受けられるようにするにはどうすればよいかを考え続けてきました。その中で最も頻繁に現れるのは「感情」でした。感情を理解し整理するための支援、共感してもらう経験、自分が孤立していないと感じること――こうしたニーズが、どんな話題よりも強く表れました。

正直に言えば、これが現実でなければいいのにと思ったこともあります(本当は授業計画やブッククラブの話だけをしたい時もあります)。しかし、感情に向き合わなければ――つまりSELを扱わなければ――その先の話には進めないのだと学びました。
 私はコーチングの多くの時間を、教師のSELのサポートに費やしています。そして、人は感情に圧倒されている状態では学ぶことができません。コーチとしての私の信条のひとつは、「相手がいる場所に寄り添う」ことです。相手が悲しんでいるなら、私はその場所に寄り添う必要があります。

 私はここで、もうひとつ大胆で挑発的な主張をしたいと思います。もし私たち(学校改革や教育の変革に取り組む者)が、大人の感情に向き合い、その感情を丁寧に扱い、そして教師が受けるべき研修にSELを組み込まなければ、すべては終わりです。この戦いは、敗北したのも同然です。

この主張を裏づけるために、私はまず教師の定着率に関する数字を示します。私が働くオークランドの教育委員会では、毎年、教師の3分の1が辞めていきます。5年後に残っているのは、わずか5人に一人です。校長の離職率はさらに高いのですが、教師ほど正確には追跡されていません。私たちは、(せっかく教育に関わることを選び、そして実践を蓄積してくれた人たち人的資源(professional capital)、組織としての知識、そして変革を持続する力を失っています。さらに、さまざまな取り組みに多額の投資をしても、高い離職率のせいで、その多くが失われてしまいます。 ~ この状態は、アメリカの20年、30年前の状態ですが、今も継続しています。日本でも似たような状態が起こりつつあります。そして、その状況は悪化の一途をたどることでしょう。感情を扱わなければ、問題はさらに深刻化することでしょう!

次に重要なステップ

教師が最善の仕事をし、すべての子どもに落ち着いて忍耐強く接することを期待するのであれば、まず教師自身が感情を扱うためのサポートを受けられる環境が必要です。さらに、上司から怒鳴られたり、威圧されたり、評価されないまま働かされているような状況では(残念ながら多くの現場で起きています)、なおさら不可能です。

「感情は職場の外で勝手に処理してほしい」と願うだけでは、もううまくいきません。教育組織のあらゆるレベルの管理職が、学校で働くことによるストレスを教育者がうまく扱えるよう支援する責任を引き受けるべき時です。これは、思っているほど複雑でも難しくもありません。 ~ 彼女のコーチングのやり方は、この感情や価値観、あり方をベースにしたアプローチです。それは、まだ教育界では新鮮なアプローチです。教室で、教師がSELと教科指導を統合することを求められ、かつその実践が展開しているのと同じように、教員研修でも感情(や価値観、教師のあり方)と研修の内容を統合するのが効果的といえます。

  次のブログでは、教師のためのシンプルなSEL(感情と社会性を育むための学び)のアイディアを紹介します(順番が逆になりましたが、すでにhttps://selnewsletter.blogspot.com/2026/01/sel5.html で紹介してあります!)。

出典:https://www.edutopia.org/blog/social-emotional-learning-for-teachers-elena-aguilar

2026年1月11日日曜日

謎めいた教師こそが、学習者の自学自習を育てる

 先日、思想家であり武道家でもある内田樹先生の話を、直接うかがう機会を得ることができました。私は教員になって以来、内田先生の著作を読み続けてきた一人で、何が語られるのか楽しみにしていました。

 

講演では、「教員の役割とは何か?」という問いでした。内田先生は、教育の本質は自学自習にあり、教師の仕事は「教えること」ではなく、子どもたちの「学びが発動する環境を整えること」だと語られました。教師は知識を与える存在ではなく、学びが起こる条件を準備する存在である、という考え方です。この言葉は、日々授業改善や授業法に悩む私たちにとって、根本から立ち止まって考え直す契機になるものでした。

 

その話の中で紹介されたのが、「張良」の逸話です。能楽にもなっているこの話は、中国・漢代の武将である張良が、黄石公という老人から兵法の奥義を授かるまでの出来事を描いています。黄石公は奥義を授けると言いながら、長い間、何一つ教えません。ある日、張良の前でわざと靴を落とし、「拾って履かせよ」と命じます。さらに別の日には、両足の靴を落とさせます。張良は内心の葛藤を抱えながらも、それに従います。そしてその瞬間、張良はすべてを悟り、兵法の奥義を会得した、という不思議な話です。

 

内田先生は、この逸話を通して、学びが起動する瞬間について語られました。師匠の行為は偶然ではなく、すべてがシグナルであり、弟子は「これは何を意味しているのか」と問い続ける中で、自ら学びを深めていく。師匠がすべてを説明してしまえば、弟子は考える必要がなくなります。だからこそ、真の師弟関係では、師はあえて謎めいた存在である必要があるのだ、と。

 

私たちはつい、「わかりやすく教えること」「丁寧に説明すること」を善としがちです。しかし、あまりにわかりやすく整えられた授業は、子どもたちから「考える余地」を奪ってしまう可能性があります。先生が何を言いたいのかを即座に理解できてしまう状況では、自分で問いを立てる必要がなくなるからです。

 

ここで内田先生は、精神分析家ジャック・ラカンに触れて師弟関係を語られました。学びは一人で完結する営みではない。たとえ一人で考えているように見えても、そこには必ず言語や評価、教師、共同体といった「他者」の場が介在している。自主学習とは、他者を排除することではなく、他者との関係の中で自分の問いを立てていく営みです。教師の役割は、答えを与えることではなく、「問いが続く場」を支えることにあるのです。

 

 

わかりやすく教える弊害について、合気道の道場でのエピソードも示唆的でした。初心者と経験者の力量差を考慮し、初心者だけを集めてわかりやすく教える場を用意したところ、逆に初心者が次々と辞めてしまったという話。人は、自分にはまだ理解できない複雑な世界が目の前にあるからこそ、そこに惹きつけられる。わかりやすさは、ときに世界を狭く規定してしまう。教師が「ここまでが君にわかる範囲だ」と先回りしてしまうことで、学びの地平を閉じてしまうことがある、という指摘は、少人数指導や個別最適化を進める今だからこそ、重く受け止める必要があると感じています。

 

教師の仕事は「説明上手」になることではなく、子どもが「自分で考えたくなる」状況をどうつくるか、という一点に尽きるということです。すべてをわかりやすく整えるのではなく、あえて複雑なまま差し出す勇気を持つこと。子どもが問いを抱え続けられる場を守ること。そのための環境づくりこそが、私たち教員に求められている専門性なのだと、強く感じさせられる時間でした。

2026年1月4日日曜日

教師と学習者の信頼関係の構築 原則5 学習者の自律(立)性を支援する

今回紹介する教師と学習者の信頼関係の構築★ に関する原則5は、「学習者の自律(立)性を支援する(Support Learner Autonomy)」です。

昨年、関わった研究大会のサブ・テーマは、「児童・生徒がエイジェンシーを発揮できる授業づくり」でした。その大会資料では、エイジェンシーを次のように定義しています。「変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する能力(the capacity to set a goal, reflect and act responsibly to effect change)」(OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)より)

学習者の自立ということは、今後の日本の教育における最大のテーマの一つと言っても過言ではないでしょう。教師主導で、一方的に知識を伝達する従来型の指導を、どのように変革していくか。児童生徒がエイジェンシーを発揮できる学びの場に学校を変えていくということでしょう。

「学びの責任の移行モデル」★2 は、とても参考になる重要な考え方だと思いますが、実際に教室でこれを実現するのは難しいという声を聞くこともあります。分かっていても、やはりどうしても、教師である自分担ってきた役割を捨てされないと感じてしまうようです。

先にあげた研究大会で、高等学校の英語の公開授業を担当した先生は、キャッシュレス社会に関する賛否を、生徒たちが英語でディスカッションする授業を計画しました。その授業を計画する過程で、「足場はずし(フェーディング)」という考え方を知ったことが、研究のブレイクスルーになったと述べています。生徒たちを、自ら学び続ける学習者に育てたいと考えていたようですが、どうしても、そのプロセスが思い描けなかったそうで、この「足場はずし(フェーディング)」という考え方に出会って、具体的なイメージが湧いてきたそうです。

「足場はずし(フェーディング)」という考え方は、伝統的な徒弟制の考え方をモデルとして、生まれた「認知的徒弟制」の最後のステップと考えられています。認知的徒弟制とは、教師(師匠)の「考え方」や「問題の解き方」、学習の進め方」、「判断の仕方」といった目に見えない思考の過程(認知)を学べるようにしようとしたものです。★3 基本的に4つのステップがあるようです:

ステップ1 モデリング(教師がやり方を示し、モデルとなる。モデルとなる児童生徒のやり方を紹介する)

ステップ2 コーチング(教師がヒントやフィードバックを与えながらやり方を教えていく)

ステップ3 スキャフォールディング(自力で取り組める部分は任せ、難しいところを「足場かけ」する)

ステップ4 フェーディング(教師の支援を減らしていく。)

この一連のプロセスからも明らかなように、自分一人でできるようになることを最終ゴールとして設定しているところにポイントがありそうです。自転車の補助輪はつけるけどれど、最終的には補助輪を外すことを念頭においておくということです。

「足場はずし(フェーディング)」をゴールとして描いておけるかどうか。ここに、学習者の自立性を支援できるどうかの分岐点がありそうです。


★1 サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイ(2022)『外国語学習者のエンゲージメント』アルク.(原著 Mercer, Sarah and Dörnyei, Zoltán (2020) Engaging Language Learners in Contemporary Classrooms,Cambridge Professional Learning.),p.78.

「教師と学習者の信頼関係を構築するための6つの原則」

原則1 近づきやすさ

原則2 共感的態度で応じる

原則3 学習者の個性を尊重する

原則4 すべての学習者を信じる

原則5 学習者の自律(立)性を支援する

原則6 教師の情熱を示す

注)原則5の「自律性」は”autonomous”の訳語ですが、「自立性」を採用する方が本来の意味に近いと思われます。

★2 ダグラス・フィッシャー&ナンシー・フレイ(2017)『「学びの責任」は誰にあるのかー「責任の移行モデル」で授業が変わる』(新評論)または

https://studylib.net/doc/25543001/kentwood-gradual-release--model-final-june2011#google_vignette

★3. 白杉 亮 (2025)『自己調整につながる学習理論をビジュアルでまとめました』明治図書出版