2025年2月2日日曜日

エンゲージメントの周辺

 エンゲージメントという言葉を聞くことが多くなりました。これからの教育を考えるうえで、重要なキーワードの一つだと言えるでしょう。エンゲージメントは、生徒たちの学習成果、成績、さらには、生涯学び続ける姿勢を身につけるためにも、重要な土台であると考えられ始めているのです。

ビジネスの世界でも注目されているようです。ビジネス界で、エンゲージメントとは、「従業員の会社に対する「愛着」や「愛社精神」のことを言います。従業員が会社の理念・ビジョンに共感し、会社に貢献する意欲を持っている状態はエンゲージメントの高い状態だと言えます。」★1 人材の確保や会社の業績の向上にとってエンゲージメントを高めることは不可欠と考えられていて、従業員のエンゲージメントを向上させる要素として、働きやすさ、やりがい、指針への共感などがあると言われています。

教育の分野において、「学習者エンゲージメント」とは一般に、ある活動に積極的に参加していること(active participation)あるいは特定の行動に関与していること(involvement)を指しています。学校での活動や学習課題に「夢中でとりくんでいる状態」と言えるでしょう。

エンゲージメントということが注目されているのは、主体的な学びを、実現するうえでは、避けてとおることができない考え方だからだと思います。

一見、その活動に夢中になって取り組んでいるように見えても、心の中ではその学びに意義を感じていないこともあります。また、真に没頭しているのではなく、外部から期待に応えるために、夢中で取り組んでいるような素振りを見せるていることもあるでしょう。「うわべだけのエンゲージメント(‘shallow’ engagement)」★2 や「戦略的コンプライアンス(strategic compliance)」★3 といった言葉で表される状態です。

動機づけ、モチベーションが必要であることは間違いありませんが、何かに興味をもち、学びたいという気持ちはあっても、それを阻害する要因や誘惑は数限りなくあると言えます。学ぶためのリソースも、時間も、方法もすべてあるのに、それよりも刺激的で、愉快なことが、私たちの周りには溢れています。

学ぶ必要性は認識しているけれど、実際に行動に移すことができない学習者は、数多くいます。モチベーションが高い人が、必ずしもエンゲージメントが高いわけではないのです。なぜ、その行動をするかという理由や動機はあったとしても、その行動にどの程度深く自分自身が関与するかは別物であるということでしょう。

サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイは、前掲の著書で次のように述べています。★2 

「学習者をエンゲージさせるとは、学習者のモチベーションを喚起し、同時にそのモチベーションを実現するということに他ならない」(p.18)

これこそが、問題の核心であり、エンゲージメントという考え方が重要視されている理由でしょう。

学習者エンゲージメントの周辺には、私たちがこれまで考えてきた意欲や動機といったものに加えて、学習者のマインドセットや学校文化などの学ぶ環境、教師やクラスメートの人間関係、学習行動を引きだすタスクや活動の設定など、実に多くの要因が作用していると言われています。

モチベーションや意欲を超えて、高いエンゲージメントを達成するには、どのような働きかけや環境づくりが必要なのか、これから考えていくべき重要なテーマとなりそうです。



★1 人材育成・組織開発 お役立ち情報・用語集,リクルート・マネジメント・ソリューションズ https://www.recruit-ms.co.jp/glossary/dtl/0000000185/

★2  サラ・マーサー/ゾルタン・ドルニュイ(2022)『外国語学習者のエンゲージメント』アルク

★3 Phillip C. Schlechty (2011) Engaging Students: The Next Level of Working on the Work , Jossey-Bass.

★4 廣森 友人/ 小金丸 倫隆(2024) 『エンゲージメント×英語授業 「やる気」と「意欲」を引き出す授業のつくり方 』 明治図書出版